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ソウルガーデン~宵に咲く花  作者: 木柚 智弥
パートナーであるために
7/19

スキャンダルの余波

「あ、あれ~?」

 阿部は僕の顔を認めると、瞬時に目を見張った。

「高橋君! とんだお邪魔しちゃった? 申し訳ないね……ってマースじゃん!」

 彼は隣に寄り添って座る俊くんに目を向け、すっとんきょうな声を出した。

「ええ~っ! おたくら、そういうカンケーだったの⁉」

 僕がベンチから立ち上がると、阿部眞矢は振り返って後ろに声をかけた。

「ねえ、君は知ってた?」

 見ると優花がそこに立っていた。

「優花! なんでこんなところに」

 僕が声を上げると優花は肩を縮めた。

「えっと、阿部先輩に、話があるからちょっと来てって言われて……」

 僕はついカッとなった。

「健吾と約束してるでしょ! こんなところに来てたら間に合わなくなるよ」

「う、うん。私もまさかこんな奥まで来るとは思ってなくて、待ってくださいって何度も言ったんだけど……」

 ――またかっ!

 僕は怒鳴りそうになるのを健吾のために抑えた。今はコイツの呪縛から優花を引き離すことが先だ。

「じゃあ、まずは先約を優先しなよ。まだ少し時間はあるんだろうけど、遅れるよりいいと思うよ?」

「そ、そうね」

 少しホッとした表情の優花が斜め前に立つ阿部に頭を下げた。

「すみません、先輩。先に用事を済ませてきます」

「ちょっと待ってよ」

 阿部は優花の腕をつかんだ。

「先約ってなに? 誰かと会う約束してたってこと?」

「ええ、はい」

 優花は多少ビクつきながらも答えた。

「誰と何の用事? 僕の誘いより大事なの?」

 畳みかけるような言い方に優花が怯んだ。僕はそばに歩み寄って阿部の腕を遮った。

「先にした約束を優先するのは当たり前でしょう? あなたに問い詰める権利はありません」

「なに言ってんの?」

 阿部は、渋々といった風に優先から手を離しながらも反論した。

「僕が誘ったら返事をしたんだから、僕が先に決まってるでしょ?」

「それはあなたが誤解を招くような言い方をするからでしょう。こんな奥まで連れ込んで何が『ちょっと』ですか。思いっきり怪しいですよ」

「それこそ高橋君に言われたくないね。そっちこそこんなところでナニしてたんだか」

 そこで、阿部の顔に嫌な笑みが浮かんだ。

「人に礼儀がないだの言ったわりにはスゴいんだね。非常識なのはどっちだよ」

「なんのことです」

「さっきのアレ、見間違わないよ。君、マースとデキてるんでしょ?」

 その粘着質な言い方に僕は少し警戒した。

「……何が言いたいんですか」

「だってほら、そこにいるマースは男ってことだよね? いくら美人でも、そんな人種に本気になれる男の気が知れないよ。高橋君ってホモ?」

「……っ!」

 人はあまりに怒りが深くなると、咄嗟には声も出ないのだ――そう悟った。

 僕が怒りに震えていると、横から優花の声がした。

「そんな言い方、ひどいです。取り消してください!」

 すると阿部が優花に向けて目を見張った。

「えっ? 優花ちゃんも変態さんの仲間なの? やめてよね。ガッカリしちゃうよ」

 無理。もう我慢できない。

 握った拳を振り上げようとしたそのとき。

「おれを好きだと、変態なのか?」

 いつの間にそばに来ていたのか、俊くんが僕の腕を押さえるようにして阿部眞矢の前に立った。

「あ、だって」

 阿部の言葉が途切れた。見ると俊くんの手が阿部の腕をつかんでいる。彼は僕をチラッと見たあとで後ろに押し、自分は前に一歩出てグッと顔を近づけた。

「どうなんだ……?」

 耳に寄せて問いかける声音になにやら妖艶な色香が滲んでいる。阿部は一気に狼狽した表情になった。

「あ、あの」

「なあ。聞かせてくれよ……」

 言いながら腕をつかんでいた片手がススッと動き、とうとう首筋に添えられた。ここから見える横顔にものスゴい色気のオーラが見える。

「………あ」

 阿部は俊くんの顔を見たきり絶句した。まあ当然だろう。

 俊くんだって拓巳くんと張り合う美貌なのだ。しかも拓巳くんにはない、強い意思で相手を取り込むこの技――高校生ごときの叶う相手ではない。

 どうやらハラに据えかねたらしい俊くんは、容赦は要らないと判断したようで、添えた指先を項に這わせると、ふいにその首筋に唇を落とした。

「あっ……!」

 途端、阿部眞矢の顔が真っ赤に染まり、次の瞬間、体を震わせかたと思うとガクッと膝が落ちた。ベンチの背もたれに手をついて体を支える阿部の背中に俊くんの冷たい声が降り注いだ。

「じゃ、おれに反応しちゃったオマエも仲間だな」

 ………!

 優花は僕の腕にすがり、僕は言葉もない。

 俊くんは、首筋まで真っ赤になった阿部に冷めた目線を投げると、優花と僕の肩にそれぞれ手を添えて遊歩道へと促した。

「興ざめだ。場所を移そう。優花は早く約束の場所へ行ってこい。男は見てくれや口のうまさだけで判断しちゃダメだぞ? 体は正直だからな」

 優花は顔をひきつらせながら何度も頷いていた。

 その後、健吾からダンスパーティーに二人で出る約束をしたとメールがきた。

 優花に謝罪され、改めてこれからも一緒にいたいと妙に焦った顔で言われたそうで、〈おまえ、なんかした?〉とあったので〈イヤ、なにも〉と返しておいた。僕がナニする間もなく決着がついたのは事実なのでウソじゃない。

 そして、その一件がとんでもない方向に向かったのは、それから一週間後のことだった――。



『乱れた恋愛事情――〈T-ショック〉のマース、今度のお相手は男子高校生!』

『〈T-ショック〉に波瀾! タクミとの噂はカモフラージュ?』

 土曜日の午前九時。ルームサービスの朝食を終え、週刊紙に目を通した俊くんが、目の前のテーブルにそれをポイッと投げた。

「ふん、小僧が。ザマーみやがれ」

 すると向かいに座る沖田さんが突っ込んだ。

「ナンでそんな余裕顔なんですか! 写真撮られてんですよ、写真!」

 彼の手に握られた別の週刊誌には、学園祭の最終日、あの奥庭で阿部眞矢に俊くんが抱きついている(実は攻撃している)姿がバッチリ写った写真が掲載されていた。

「もう~。普段の姿のときは気をつけてくださいって、アレほど言ってるのに……」

 沖田さんは半泣きだ。対応に追われる身としてはムリもない。

 僕が隣から目線をちらつかせていると、シャツを引っかけただけの俊くんはまだ目が覚め切らないような顔であくびをした。

「しょーがないだろ? あんなところまで写真撮るヤツが入り込んでるなんて思わなかったし。この程度の写真なんて構やしないさ。今更ウワサの一つや二つ増えたところでおれは痛くも痒くもないね」

 すると反対隣りからゲンコツが飛んだ。

「ダレもキサマのことなんか心配しとらんわっ。こっちのメーワクをどうしてくれる!」

 とばっちりを受け、昨日の週刊誌発売直後から報道陣に囲まれて身動きできなくなった拓巳くんが噛みついた。こちらもラフな出で立ちで、寝乱れた長髪はまだとかしてもいない。

「キサマが何かやらかすたびに俺まで巻き込まれるんだっ。少しは考えやがれ!」

 なにしろ種類の違う美形が二人揃っているので、一部女性ファンから二人は当たり前のようにカップルにされている。それでなくても拓巳くんは真嶋さんに甘えるので、よくそちらでも〈後見人の名目のもと、二人は長年恋人関係にあり……〉などとしばしば記事が掲載され、

「じゃ、ナニか? 優花は俺が産んだってことか。和巳は芳弘の子なのか?」

 と、その手の内容には逆ギレぎみだ。

「少しは反省しろ。俺の週末を返せ」

「おれだって週末返せ! な気分だ。まあ、意趣返しできたからいいけどな。こいつもこれでリッパに変態の仲間入りだぜ」

 俊くんが据わった目で週刊誌を指すと、拓巳くんは黙った。僕から経緯を聞いているので事情を考慮しているようだ。するとしっかりと定番の姿に身だしなみを整えた祐さんが後ろのソファーから声をかけてきた。

「もう少しここでおとなしくしてるんだな。二日もすれば家に帰れるだろう」

 ここ――すなわち昨夜、緊急にGプロが用意してみんなが詰め込まれたホテルだ。大人四人が寝泊まりするのに十分な広さがある。もう慣れっこの祐さんは、新聞に目を通しながらゆったりと足を組み換えた。

 ――ちなみに祐さん自身は何の影響もない。報道陣もソンな取材で祐さんを囲むほど愚かではない。ではなぜ彼がここにいるかといえば、角突き合わせることになる約二名のため、監督役をするからだ。メンバーの義務だからと、頼まれなくても祐さんはこうしてそばにいるのだ。むろん僕もその役目を果たすが、僕には学校がある。

「ここは横浜の外れだから通学にはちょっと不便だけれど、僕がもよりの場所まで送っていくからね」

「すみません。ありがとうございます」

 沖田さんの言葉に僕は頭を下げた。これも慣れたパターンだ。

「今回は和巳くんの学校の生徒さんが報道されちゃったから、週刊誌の記者やカメラマンがいるかもしれないよ。気をつけてね」

 もちろん、一般の高校生である阿部眞矢が写っている部分は、顔もわからないように加工してあるし高校生、としか書かれていない。けれども記事には学校の行事、と書いてあり、この程度のぼかし加減では制服の感じでバレてしまうだろう。そんなことを思い巡らせていると、ふいに携帯の呼び出し音が鳴った。

「あ、俺だ」

 拓巳くんが白のデニムパンツのポケットから携帯を取り出す。

「はい。ああ、いつもお世話になってます」

 この返答からするとモデル関係だろう。

 拓巳くんが受け答えながら立ち上がると、すかさず俊くんが僕に椅子を寄せた。

「本当なら、今日明日で目黒の用意を済ませたかったのになぁ」

 先週末は学園祭の片付けがあり、たくさんは時間が取れなかったのだ。僕は笑って宥めた。

「もうアトリエからは、そんなに移すものはないよ」

「そうなんだけどな」

 買い物なんていつ行けるんだかと俊くんがぼやくと、通話中の拓巳くんの手がその肩を後ろからつかんだ。僕たちが見上げた先で、拓巳くんはなんとなく強張った顔をしていた。

「ええ――はい。月曜日の三時頃。承知しました」

 携帯を切った拓巳くんは俊くんを見た。

「雅俊。場合によっちゃ、目黒行きは中止だぞ」

「なんだと?」

 俊くんは即座に立ち上がった。

「何の話だよ。今の電話にカンケーでもあんのか!」

 すると拓巳くんは口元に笑みを浮かべた。でも目は笑っていない。

「大いにあるな。俺はたった今、今回の週刊誌の報道に関連して、息子の保護者として旭ヶ丘学園の理事長に説明を求められた」

「説明? おまえが説明って、何の?」

 すると拓巳くんはまだ開いていた週刊誌の一冊を手に取り、写真を指差して言った。

「『このような人物のもとに息子さんを弟子として通わせる理由と、今後も続けるのかどうか、意見を聞かせていただきたい』だそうだ」

「なっ……」

「油断したな。阿部とかいう学生の面は割れなくても、おまえのことはわかる。和巳が美術部員である以上、顧問は小倉蒼雅を知っているわけだ」

 週刊誌をキャンダルで賑わす〈T-ショック〉の小倉雅俊が、部活で預かる生徒の師匠、小倉蒼雅であると。

「まして、手を出されたのが学園の生徒らしいとなれば、問題視されても無理はない」

「………」

「この際、返してもらうって手もありかな。下手に反論したら和巳は退学だ」

「えっ!」

 僕も席を立った。

「どうして? もともとは僕があいつに難癖つけられたのを、俊くんが戒めてくれたんだよ? そりゃ手段はちょっと、その、変わってるけど、先に俊くんを侮辱したのはあいつだ。こっちが咎められるいわれなんてないよ!」

「その〈手段〉が問題視されてるんだ。もちろん俺たちには理由がわかっている。が、学園側からしたら、事情はどうあれ阿部は学生で、雅俊は大人だ。あの写真内容じゃ、雅俊への目が厳しくなるのは仕方がない」

「じゃ、僕も一緒に行く。あの写真が誤解であることを説明するよ」

 拓巳くんは僕をじっと見つめた。

「どうやって。阿部の言動を非難しても無意味だぞ? 向こうは雅俊の人間性について疑問視しているんだからな。理不尽なことや、融通の利かないことを言われるかも知れん。冷静に対応できるか?」

「やってみせる」

 なにしろ常日頃からあなた方二人の理不尽や融通のきかないワガママぶりに鍛え上げられてますから。

 僕の心の声が聞こえたらしく、後ろから笑い声がした。拓巳くんが振り返る。

「祐司?」

「一緒に連れていけ。現場に居合わせた当事者の一人だし、和巳の胆力なら大人相手でも十分だろう」

「おまえ一人よりおれも安心だ」

 俊くんのセリフに拓巳くんの眉が吊り上がる。僕は慌てて付け足した。ここで機嫌を損ねられたくはない。

「説明は僕がするけど、それを納得させるのは拓巳くんにしかできないから、お願いします」

 拓巳くんは眉を下げて頷いた。

「……まあいい。和巳に免じて協力してやる」

「それでも、どうしてもわかってもらえなかったら、そんな学校辞めるよ」

「和巳」

 俊くんが顔色を変えた。

「よせ。早まるなよ? 学校を変えるのはリスクだってあるんだ」

「わかってる。でも、言葉を尽くして伝えてもまだ、俊くんだけを問題視するような人たちとは、僕は合わない。だから踏ん切りがついちゃうと思うんだ」

 言いながら微笑みかけると、俊くんは目を伏せた。

「いいさ。まずは行ってやろう」

 拓巳くんが切れ長の目を細めた。

「あんまり聞き分けがないようなら、俺が和巳の後ろから理事長を睨んでやる」

 最初からそれだけでいいかも――つい、そんなことを思ってしまった。


 翌日の日曜日。拓巳くんと俊くんはなにやら二人で話し合っていた。そのあとで沖田さんに色々言いつけ、そのたびに彼はあちこちに連絡を取っていた。その苦労をおもんぱかり、僕は一日も早くホテルの缶詰めが解除されることを祈った。


 明けて月曜日。

 健吾から事情を聞いた優花が昼休みに隣のクラスから飛んできた。

「もしマースのことを悪く言うなら私も行くわっ」

「ありがとう、優花。今日は拓巳くんが来るから二人で頑張ってみる」

「拓巳さんを呼びつけたっていうのもスゴい話……バレたら学園が大騒ぎになりそう」

 健吾のセリフに僕は笑った。

「だから六時間目に合わせてあるんだ。僕も抜けるからよろしく頼むね」

「ああ、なるほど」

 授業中なら、出入りに注意すればそうは気づかれずに済む。理事長もわかっているのだ。

「僕のことはいいから、せっかくの昼休みだよ。二人でコミュニケーションしてきなよ」

 奥庭の紅葉が綺麗だったよと促すと、二人は顔を見合わせて笑顔になった。

「じゃ、行くか」

 健吾が立ち上がり、僕に軽く手を上げた。その口が「ありがとな」と言っているのがわかった。


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