7、貴族令嬢・ルナは復讐の最初の犠牲者に選ばれる
武器屋に行く前に食事をするために店に入った。
「あれ、三人だったんじゃ」
「いや、一人帰らせましたよ。わがままなお嬢様のお守りは困る」
「あっはっはっは。ですよねえ」
本当は眠り薬を盛ったアイリスを収納箱にしまってある。さらに魔封じの呪文をかけてあるので、魔法の詠唱もできない。これで準備は整った。
主人は愛想笑いを浮かべている。私はルナティックとともに街の廃屋へと転移した。
廃屋の地下にはこのボロ屋敷の主が愛用していた拷問部屋がある。収納箱からアイリスを取り出すと、縄できつく縛った。アイリスは十字架に縛られ、眠ったままだ。
「拷問、するんですか」
恐る恐るといった感じでルナが聞いてくる。私はうなずいた。
「まずは問おう。もし素直でなければ、やるしかない」
私は魔法をかけようとしたその瞬間、
「眠れ」
私の意識は途絶する。現れるのは真っ暗な闇だ。
*****
「久しぶりだな。ルナティック」
ルナの目が見開いた。
「ヴィルさん・・・・・・な、なぜここが」
「この廃屋を持っている情報屋の男を拷問したら、吐いたよ。シドニックが街の中で拷問部屋を探しているってな。あとはここで待つだけだ。まあ、待ちくたびれたがな」
ルナは驚いているようだ。俺は笑みを浮かべる。
「安心してよ、ルナ。君に危害を加えるつもりはない」
ルナはパーティー内部の調整役の少女だった。だが、実力はなく、カルデたちは馬鹿にしていた。ルナの表情は強張る。
「そ、それじゃあどうするつもりなんですか?わ、私にも復讐しようっていうの。そ、それはおかしいな。だって、私はヴィルさんを邪険に扱ったことないですよ?わ、私はカルデたちがヴィル様を追放するのに反対だったんです。本当ですよ」
ルナがぎこちない笑みを浮かべながら、俺を上目遣いで見る。
「私の父は宰相ローランドです。ヴィル様、私と一緒に豪邸に住みませんか。ち、父に頼めば、王女様も貴族の令嬢もいくらでもあなたのお側に置けます。だ、だから」
「ルナ、口を閉じろ」
俺は汚物を見るような目でルナを見た。醜悪だ。他人を差し出して、命乞いというのも見苦しい。気が変わった。俺は乱暴にルナの髪を引っ張る。ルナの美しい顔が恐怖に歪む。
「これから俺の言うことを聞け。ルナ。言われた通りにしろよ。でなければ、お前の家族を皆殺しにしてやる」
*****
俺とカルデ、聖女エレノアは貴族の屋敷に招かれていた。痩せた貧相な男・イルバンシュは四十代と思えない老けこんだ男だ。これでも子爵を持つ貴族だが、運のない男らしく、魔王の最前線に派遣されていた。
覇気もなく、伏し目がちな中年貴族は俺を見る。
「魔王討伐とのこと。おめでたい限りで御座います。勇者様」
イルバンシュは小さな声でぼそぼそと言ったので聞き取れない。
「おめでとう、とのことです。勇者様」
エレノアが耳打ちしてくる。気の利く女だ。というか、よく聞こえたな。地獄耳だ。
「いえ、大したことではございませんよ。魔王を倒し、一刻も早く王国に平和を取り戻さなければなりません。魔物に蹂躙される民を危機から救わねば」
俺は心にもないことを言った。俺はかつて青臭いガキだった。でも、今は違う。王国だろうが、魔族だろうが支配される民が不幸なのは変わりない。王国の貴族によってどれだけの人間が苦しめられているか、魔族が一掃されたあとはローランド宰相による酒地肉林が展開されるだろう。そこも民にとっては地獄絵図だ。ま、俺は宰相にくっついておいしい思いをさせてもらおう。魔王を討伐した報奨金で武器商人になって、王国と南方の部族、双方に武器を売って戦争を起こすのもいい。面白い事になる。俺は人畜無害な仮面をかぶりながら、そんなことを考えていた。