12、美少女勇者レミットとヴィルの因縁(いんねん)
都市キュリランス攻略の一年前・王都・宮殿内 ヴィル
俺は緊張している。もうすぐ国王陛下と王女殿下に拝謁するのだ。村から出て一年、勇者パーティーに入れてもらった俺はアスコットのパーティーで補助魔術、すなわち回復魔法の研鑽に励んでいた。それでも、レベル上げに伸び悩んでいる。そして、スキル持ちのアスコットたちとの差が開いて、焦っていた。
パーティーはアスコットを先頭にカルデ、エレノア、シドニック、モルドア、妹のアルメナ、宰相の娘・ルナと続く。
もう一つのパーティーがあった。こちらも勇者だ。レミット・フリグネット、金髪の勝ち気そうな小柄な女の子。フリグネット伯爵家の長女で父親は今回の都市キュリランスへの赴任を命じられた。家柄だけではない。父親も母親も一流の元冒険者で有名人だ。血だけではなく、実力にも長けたお嬢様というわけだ。
「おお、レミットにアスコット、待たせたな。そなたたちの活躍、宰相より聞いておるぞ」
穏やかな声が謁見の間に響いた。人格者で知られる第五十六代国王フリッツ十五世、いい人そうだ。
「我が娘、アンジェシカじゃ。そなたたちと年は変わらぬ。十五歳じゃ」
アンジェシカ王女が頭を下げる。国王の第三王女で聡明だと評判だった。実戦に立つことはないが、魔法にも造詣が深いと聞いている。
「アンジェシカです。皆様の命がけの日頃の功績、宰相より承っています。魔王討伐にこれからも励んでください」
「はい、王女殿下。このアスコット、命にかえましても魔王を退治してみせます」
アスコットの返事に国王と王女は微笑みを浮かべている。優等生のアスコットのことだ。下手は打たないだろう。
「はっ、必ずや魔王ザルキアをこの手で討ち滅ぼします。貴族の力、見せつけてやります」
澄んだ声だが、この少女からは自分が貴族であることを誇りに思っていることが感じられる。
謁見は一時間ほどで終わった。国王陛下は執務に戻り、俺たちは打ち合わせのため、アンジェシカの所有する豪邸で行われることになった。
アンジェシカを中心に円卓を囲む俺たち。そのときだった。レミットがこちらを見てくる。目を細め、吟味しているようだった。
「犬の匂いがしますわ。それも野犬の」
唐突だった。アンジェシカもキョトンとしている。レミットは席を立つと、俺のところにつかつかとやってくる。
「高級な衣装で体裁だけ整えているのでしょうが、匂いまでは隠せませんわね。アスコット、この平民、もとい貧民などとよく付き合いますわね」
「ヴィルは僕の親友であり、重要な補助魔法を使う僧侶だ。彼は僕がスカウトした。それを貧民!僕のパーティーを侮辱しているのか、レミットッ」
「私のパーティーは貴族で固めていますわ。あなたも血統こそが重要であることがお分かりでなくて?教育のなっていない犬をパーティーに入れたら何をされるか、わかりませんわよ。あなたのパーティーもぐちゃぐちゃにされますわ」
アスコット、ありがとう。君のような親友を持ててうれしいよ。
「馬鹿馬鹿しい。なあ、カルデ、エレノア」
カルデ、魔法使いの少女がうなずく。
「ヴィルさんを貧民ですって、レミットさん、あまりにひどいお言葉です」
エレノアもレミットを睨みつけた。
「私は聖女を目指しています。私には平民と貴族との間に境などありません。レミット様のお考えは古いです」
「全くお話になりませんわ。私の情報網を侮ってもらっては困ります。貧民は犬のようなものです。教育を受けていないのですから。貴族出身の女冒険者が犬をパーティーに入れて、強姦された、というケースはいくつも聞いています。王女殿下のお耳に入っているのでは?」
アンジェシカは気まずそうにうなずく。
「ええ、まあ。そういうケースも複数ありますね。でも、レミット、ヴィル君は見ての通り、温厚篤実、そういったこととは無縁です。ねえ、カルデ、エレノア」
「そうです。彼は品行方正、私たちのパーティーにふさわしい人間です。色目を使われたこともありません」
「カルデの言う通りです。ヴィル君は聖職者といえる程、人格が高潔で穏やかです。私たちに暴力を?ハッ、笑っちゃいますね。そんなことは有り得ない」
カルデとエレノアの擁護に俺は頬が熱くなるのを感じた。認められていることに俺のテンションは上がる。
「レミットさん、あなたは平民に何か恨みでもあるんですか。たとえば、貴方が家族を皆殺しにされ、貴族の身分を剥奪され、乞食の身分に落とされても、僕に対して犬だとか失礼なこと言えるんですかね」
「恐ろしい妄想を!アスコットっ、こいつの異常な発想を見て、何とも思わないの。私を奴隷の身分に落として、思うがままに犯したいという気持ちが透けて見えていますわ。気持ち悪い。気持ち悪い」
レミットは一息つくと、俺の方を睨む。
「それに私が奴隷の身分ですって。笑っちゃいますわ。この勇者レミット、魔王ザルキアには負けません。何しろ、相手は最弱の魔王っ、負ける要素なんてこれっぽっちもありませんもの」
こいつは偽情報に騙されているな。ザルキアが弱いというのは、魔族側が流した情報だ。ザルキアは弱いが、その配下の七魔将は強い。これまでの冒険者たちも七魔将に殺されているのだ。そんなこともわからないのか。俺は口を閉じる。貯めた金で確かな情報屋から買った情報だ。アスコットたちにも言っていない。
俺は目の前の高慢な美少女を見る。俺を犬と罵ったこの女には教えてやらない。この女はザルキアにみじめに敗北するだろう。ザマ―ミロだ。俺は口元に笑みを浮かべた。
「何笑っているんですの。まあ、アスコット、せいぜい足を引っ張られないことね」
おーほっほっほっほっほっほっほと耳障りな甲高い声でレミットは笑い声を上げる。
アスコットをはじめ、俺たちパーティーは黙って、笑い声を聞いていた。
*****
そして、現在。都市キュリランスの大広場 ヴィル
「レミット、聞こえるか」
俺は目の前の哀れな犬を蹴り飛ばす。声は出さない。怯えた目で俺を見るだけだ。
「ほー、喋れないのか。喉を戻してやる」
俺は杖を振った。この程度、無詠唱でできる。
「かは・・・・・・あ、私の声が戻って」
呆然となるレミット。
「ビゼルッテにお前を保護させたのはキュリランスの統治にお前を使うためだ。決して助けるためじゃないぞ。さて、復讐の宴を開始する。お前が主役だよ。レミット」
「あ、あなたはあの時の・・・・・・!」
レミットは驚いたように俺を見る。やれやれ、やっと気づいたのか。キュリランスと聞いたときからお前がいるのではないかと気にしていたんだ。両親を殺された哀れなレミット。俺がもっと哀れな地位に転落させてやるからな。




