第九十三話 戦いの裏
会議が一旦中断となり、会議室の外に出ようとすると、ギルドマスターのゾルが声を掛けてきた。
「スマル君、明日の朝一でここに来ることは可能かね?」
恐らく会議中に言っていた、二人だけで話をしようということだろう。
正直面倒だが、特に断る理由もないので了承しておく。
「では、また明日。有意義な話ができることを期待しているよ」
俺はその常葉を聞いて、手を振りながら会議室を出た。
さて、これからどうしたものかな。
今パッと思いつくだけでも、俺がやらなくてはならないことがたくさんある。
明日になれば当然ゾルと話をするわけだし、その前に宿のモミジとユキが泊まっていた部屋を解約しなければならない。
お金には余裕があるとはいえ、今回の依頼の報酬についても話をするのだろう。
家族を失った悲しみや、その他もろもろの感情に整理をつけたいのに、そんな時間はないようだ。
最近は忙しいのも悪くないと思えるようにはなっていたが、流石にそっとしておいてほしい時まで何か用事があるというのは辛いものがあった。
「はぁ……」
思わず溜息を漏らすと、廊下の遠くの方から職員さんの呼ぶ声が聞こえた。
「スマルさーん! お疲れ様でーす! フォールちゃんを連れてきましたー!」
声のした方に目を向けると、手を振りながら笑顔で歩いて来る職員さんと、その足元にフォールの姿があった。
戦闘においてフォールは俺たちと違って鍛えられていないため危険が多い。
その上テイムされているとはいえ魔物である。
混乱した冒険者に敵と間違えて危害を加えられないように、ギルドの建物で、職員さんと戦闘が終わるまで待っていてもらったのだ。
こういう時、ペットの犬だったら走って寄ってくるのだろうが、フォールは俺を認識しても優雅に歩くペースは変えない。
その姿は、何も心配していなかったと言っているようにも見えた。
色々と失敗したんだけどなぁ、なんてことを思いながら、俺は目線を合わせるようにしゃがみ、触れられる距離まで来たフォールの頭を撫でた。
こいつとの付き合いはそこまで長いわけではないが、それでも大切な仲間だ。
こうして目の前に生きていることが確認できたお陰で、心が安らぐような気がした。
孤児院であんなに俺の心をかき乱したフォレストウルフが、今では精神安定剤になっている。
それがなんだかおかしくて、自然と笑みがこぼれた。
「フォールちゃん、本当に良い子ですね! 私もちょっと忙しくて見ていられない瞬間もあったんですけど、絶対に部屋からは出ないし、吠えないし、ご主人様が外で戦っているのにずっと落ち着いてましたもん」
俺がフォールの体温を掌に感じていると、任せていた職員さんが俺たちが外で戦っている間のことを話してくれた。
職員さんも忙しかったはずなのに、できる限り傍にいてくれていたらしい。
ありがたいことである。
「本当に、助かった。ありがとう」
「いえいえ、困った時は頼ってください。それが私たちの仕事ですから」
俺は立ち上がって、もう一度お礼を言い、宿に戻るべく歩き出した。
廊下の端まで来たところで、
「あ! でもフォールちゃんを預けたりする時は、私に声掛けてくださいねー!」
なんて私欲が見え隠れした声が聞こえた。
外に出ると、もう辺りはすっかり暗くなっていた。
こう暗いと、普段の街とあまり変わっていないようにも見える。
だが、やはり戦闘の爪痕はしっかりと刻まれているようで、明かりが点いていない建物や、店舗が倒壊して外で営業している店なんかがちらほら見受けられた。
八つ当たりのついでにそれなりの数の人を助けたつもりだったが、一人で救えるものの数は少ない。
身近な二人すら守れなかった者が全てを守れる道理なんてものはないのだが、それでも実際に被害を見ると、もう少し何かできたのではないかと後悔の念が湧いてくる。
俺はなんとなくそれらに目を向けられないまま、その間をスルスルと歩いて行った。
それからしばらく歩いて、冒険者街の端に近付いた頃、俺を呼び止める声があった。
「おーい、そこの兄ちゃん。そう、お前だよ。兄ちゃん、もしかして今日街中飛び回ってた冒険者じゃないかい?」
見ると、この街に点在する串焼きの屋台を囲うように設置されたテーブル群の中から、体躯の大きな男が手を振りながら出てきた。
確かに自分は街中を飛び回っていたし、冒険者だ。
だが、他にも飛び回っていた人がいる可能性が否定できない以上、彼の探し人が俺であると断言はできない。
観たところ面識もないし、人違いかもしれない。
一応確認を取るために、声を掛けてきた男の方へ寄ってみる。
「確かに飛び回ってたが、人違いじゃないか?」
男はそう言われて人違いの可能性を認識したのか、顎に手を当て俺の顔をじっと見つめてきた。
そして頷くと、
「いや、あってるね。確かに兄ちゃんだ。覚えてないかい? 俺は怪我してたところを治してもらったんだが」
なんてことを言う。
言われてみれば魔術で怪我を治してやった人の中にこんな男がいたような気もするし、戦闘中にこの辺りに寄った記憶もあるが、あの時は何かと必死でいちいち治した人の顔なんて覚えていられなかった。
それでもどうにか思い出そうと考えていると、それを見て男が急に笑い出した。
「ははっ、その様子じゃ覚えてなさそうだな。ま、俺が覚えてりゃ良いんだ。ちょっと待ってろ」
一体何を言っているのか、その真意は掴みかねたまま、俺は男がテーブル群に戻って行くのを見送った。
待っている間手持ち無沙汰なのでフォールに目を向けてみるが、いつも通り凛々しく佇んでいるだけで、何も分かることはなかった。
それから数十秒後、男は紙袋を抱えて戻って来た。
串が飛び出しているから、きっと中には串焼きが入っているのだろう。
「ほれ兄ちゃん。これは礼だ。受け取ってくれや」
男はそれを差し出すと、俺の手に握らせた。
「良いのか? 貰っても」
俺は中身を確認しながら問う。
恐らく彼を助けたのは事実なのだろうが、俺の記憶には残っていない。
それなのにお礼だけ貰うというのはなんだか気が引けるのだ。
「おうよ、実はこの店、俺のなんだけどよ、魔物に腕やられちまって生きてても続けられそうになかったんだわ。こうして店やれてんのは兄ちゃんのお陰ってわけだ」
そのエピソードを聞いても、俺は男のことを思い出せたりはしなかった。
だが、これを無下にするのも悪いと思い、受け取っておくことにする。
「――分かった。ありがとう。今度食べに来るよ」
「こちらこそ、ありがとうだ。とびきり美味いの用意して待ってるぜ」
温かいうちにと思って宿に着くまでに食べた串焼きからは濃い塩味と雑に混ざった香辛料の香りがして、噛み応えのある肉からは噛めば噛むほど旨味が溢れ出た。
酒が欲しい。どうせならさっきの店で酒と一緒に食べれば良かった。なんて考えてしまうような、いわゆるジャンキーで、乱暴でトゲのある味だった。
「……美味いな」
でも、荒んだ心が温まるような、そんな優しい味にも思えた。




