第八十六話 勇者の活躍
勇者たちが戦場へ向かってから十五日ほど経った頃、特にやることもないからと比較的簡単な依頼を何個かこなしていると、報告の時にギルド職員さんが勇者たちがいかに活躍しているかという話をしてくれた。
どうやら自軍からも敵軍からもその戦闘力を評価されていて、冒険者ギルドでその戦果を共有している他、既に吟遊詩人が詩にするべく情報を集めているそうだ。
なんでも既に将軍格の魔族を二人倒しているとか。
俺にはその『将軍格』というのがどれくらいの実力者のことを指しているのかや、どれくらいの地位なのかは全く分からないが、伝えてくれている職員さんの興奮の仕方から、とにかくすごいことなのだろうというのは感じ取れた。
勇者たちには基本的に無関心だったモミジとユキも珍しく感心した様子でいる。
その反応をするということは『将軍格』がどのようなものなのかも分かっているはずだし、後で訊いてみよう。
俺はそんなことを考えながら、職員さんの話を聞いた。
俺に教わったことを一部現地の人に教えて戦力の強化をしているとか、上手い連携の仕方を教えているとか、戦闘力だけでなく、指揮役としても優れているとか。
ただこのギルドで修行していたというだけなのに、職員さんはまるで我が子の武勇を聞くかのような様子で話し続けた。
このままでは日が暮れても話し続けそうだと危機感を覚えた俺は、そこで少し無理矢理に話を切り上げ、冒険者ギルドを後にした。
「さっきの話で『将軍格』って言ってたけど、どんな奴らのことを言うのか分かるか?」
まだもう一つくらい依頼を受けるつもりでいた俺たちにとっては予期せぬ展開で建物から出てきてしまったわけだが、今は時間帯的に丁度良いからと昼食を取る場所を探している。
俺はその道中で二人に質問した。
「私たちも詳しく知ってるわけじゃないんだけど、一人の魔王の下に十人の幹部がいて、それぞれが担っている仕事を細分化した時に中間管理職のような感覚で設置されたのが『将軍』と呼ばれる役職みたい」
「……部署によっては、戦闘能力もまちまち。求められる能力が、違う」
会社に例えると、魔王が社長。十人の幹部が各部長。将軍は課長といったところか。
そう聞くと何十人もいそうだしそこまで強くなさそうではないかと思ってしまうのだが、戦争に出てくるような部署の将軍だと考えると、それなりの実力者であるような気もしてくる。
実際に人類にとってどの程度の脅威なのかは会ってみたり被害を聞いたりしないことには分からない。
ただ、それでも名のある敵を討ったということが、人類の士気を高めるのに一役買っただろうことは俺にも想像できた。
「なるほどなぁ……」
俺は戦場で自分の教えたことが活きていることを嬉しく思った。
俺の教えたことのほとんどはヴォルムの受け売りだが、それでも、その知識や技術を使って活躍しているのだと思うと頬が緩むのを抑えられない。
そんなこともあって俺たちは冒険者街の端、貴族街との境の辺りまで食事ができる場所を探しに来ているのだが、遠地の弟子に思いを馳せていた俺の鼻腔に、微かながらいつか嗅いだことのある匂いが入ってきたのを感知した。
何とかその匂いを辿って店に付いた俺は、そこのメニューを見て確信する。
この匂いは、カレー。
なんだかんだこちらに来てからは食べる機会の少ないカレー。
もう何回か食べてはいるのだが、心の底から美味しいと言えるようなカレーにはまだ出会っていない。
材料を集めて自分で作るというのも悪くはないだろうが、宿の部屋には台所がない。
料理が得意な人なら特別な準備をしなくても作れたりするのだろうが、俺は初心者も初心者。
孤児院で手伝っていた経験はあるが、自分一人で一から十まで作って経験はない。
せめて台所だのキッチンだのと呼ばれるような場所でないとまともなものが作れる気がしなかった。
さて、店に意識を戻して、メニューを眺める。
この時点で察することのできる人も多いだろうが、カレーを食べると決めていてメニューを眺める必要があるということは、つまりはインドカレー方式の店だということだ。
日本でカレーというと、家庭やチェーン店で食べるタイプのいわゆるカレーライスと、本場インドにあるものをそのまま持ってきたインドカレーとの二つに分けることができた。
それぞれにそれぞれの魅力がある二つのカレーだが、インドカレーはその中にも色々な種類があった。
こっちの世界にあるカレーは厳密に言うと『カレー』という名前の料理ではないが、ラインナップを見る限り、過去にこの世界に転移した地球人が伝えたとしか考えられないほどに俺の知っているものと酷似していた。
だが、残念なことにその人が料理音痴だったのかスパイスの種類が足りなかったのか、今までにこの世界で食べたカレーからはどれも一歩足りないというような印象を受けた。
やたら水っぽくて味がしなかったり、ただ辛いだけで旨味がなかったり、ナンだと思って食べたものがカチカチのフランスパンのようなものであったり。
どれも食べるのが困難だというほどの欠陥ではなかったが、美味しいカレーを食べていたという記憶が、その欠陥を見過ごすことを許さなかった。
正直なところ今もこれから運ばれてくるカレーに期待はしていない。
何ならここがダメだったら諦めて自分で作れるように環境を整えようとまで思っている。
そうなると美味しいカレーが食べられるのはだいぶ先の話になってしまうが、その手間を厭わないくらいには元の世界のカレーが恋しくなっていた。
なんだかんだ未練があるものだなと自分のことながら懐かしい気分に浸っていると、遂に頼んでいたカレーが運ばれてきた。
俺が頼んだのは野菜のカレー。
肉が一切使われていない代わりに、豆やキャベツなどが入っているカレーだ。
どうせならナンで食べたかったが、この世界ではパンすら発展していない。
不本意ではあるが、一緒に運ばれてきたのはライスだった。
俺は比較的粘度が低く薄い色をしたカレーをスプーンで掬い、まずはカレーだけで口に運んでみた。
刹那。衝撃が走る。
これぞ完全再現。
探し求めていたのはこれだったのかと感動してしまうほどに、それはいつか俺がインド料理屋で食べたものと同じ味、同じ匂い、同じ食感をしていた。
ずっと外れの店ばかりで腹立たしかったのも、今なら許すことができるというものだ。
そんな幸福感に包まれている内に、俺の皿の中は空になり、いつの間にかそこには早くナンが開発されないかなという願望だけが残った。




