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第八十五話 勇者の旅立ち

 俺が勇者たちに修行を付けるようになってから一か月とちょっと、と言ってもこちらの世界には三十日で一か月という概念はないのだが、まあとにかく三十数日間、俺は彼らが強くなろうと頑張る姿を近くで見ていた。

 初めは信頼関係などというものはなく、俺がただ強いからという理由だけで従っていた彼らも、今では俺を尊敬してくれているし、俺たちはお互いのことを考えられるくらいには良好な関係を築けていた。


 勿論、進展したのはそこだけではない。

 主目的である強さを得ることに関しても、大成功と言える成果を出していた。

 やはり「勇者」という肩書を持っている、あるいはそのパーティに入っても同レベルで戦えると判断されて編成されているメンバーと言うだけあって、強さの伸び方が一般人とは段違いだった。

 時間がもう少しあれば各々の弱点を潰すくらいのことはできたように思えるのだが、それは高望みが過ぎるというものか。

 各得意分野を伸ばしてクセがあって決してバランスが良いとは言えない能力値になってしまったような気もするが、連携が上手くいけばそれも気にならなくなるだろう。

 間に合わせでも練習はした。

 彼らなら何とかうまくやってくれるはずである。


 俺は勇者たちの活躍、そして生還を祈って旅立って行くのを見送った。



===============



 なぜ、俺が時間眼もう少しあればと嘆いているのか、なぜ、勇者たちを見送っているのか。

 それは、三日前に冒険者ギルドに届いた一つの知らせによる。


『魔王が大陸に上陸した。侵攻が始まる』


 そろそろ来る頃だとは思っていたが、いざ敵が来たと言われても、正直実感が湧かない。

 俺は大変なことだという認識はできたが、それ以上の感情を持つことができなかった。


 だが、勇者たちにとってはそうもいかない。

 自分たちの使命に関わる大事なことなのだ。

 その知らせを受けた時、彼らはいつも通り訓練場に向かうところであったが、その日は皆神経質になるか心ここにあらずと言った様子で修行をするような状態ではなくなってしまっていた。

 魔王が攻めて来たからには戦地に向かわなければならないというのにそんな精神状態で大丈夫なのか。

 俺は声を掛けたが、きっと何の感情も抱いていない俺の言葉は、勇者たちには響かなかっただろう。


 それから一応連携についての話をしたり、鼓舞するようなことを言ったりはしたが、結局出発の時まで勇者たちの表情は硬いままだった。

 負けても良いから、死なないように気を付けてほしいとも言ったが、笑みだけ返して了承はしないあたり、逃げという選択肢はないのだろうということはなんとなく感じ取れた。


 俺も同行して戦うという選択肢もあるにはあったのだが、勇者たちと肩を並べて戦う冒険者というのは、よっぽどの命知らずでもない限りは基本的にランクが上位――つまり銀級か金級の冒険者なのである。

 決まりはないが、これが暗黙の了解になっている。

 銅級の冒険者からもいくつか志願があったが、あまり良い目では見られていなかった。

 正直なところ赤級である俺たちの方が多くの銀級冒険者よりも強いのだが、こんなことで要らぬいざこざを起こしても勇者たちの迷惑になるだけだろう。

 それに、ギルドは俺の実力を知っている――それこそここのギルドの人たちは俺が勇者を指導しているのを見ているのだから、俺が戦力として必要なら指名依頼で俺を半強制的に戦場に送りこめば良いのだ。

 それをしていないということは、つまりはわざわざ俺が戦場に行く必要はないとギルドが判断したということだ。

 きっと向こうの戦力はもう十分にあって、逆にこの街や他の戦場からある程度離れた都市では戦力が流出している。

 まだここは戦場から遠いが、魔王軍がここまで到達しないとも限らない。

 ギルドとしては俺をここに置いておきたいのだろう。

 件の知らせが来てからすぐ、勇者たちに付いて行くのかと訊かれ、引き止めるような文言をいくつか聞いた。


 本当に強い人間ならこういう時、最前線で戦うという選択をするのだろう。

 なんだかんだそれが一番自分の力を効率的に使えていることになり、人類のためになるからだ。

 あるいは、俺の場合は防御や回復に特化しているから、そういう戦闘員を支えるような役割なら、もっと活躍できるかもしれない。

 それこそ妙な二つ名を付けられちゃったりして、なんてことを想像してしまうくらいには、そういう場面に憧れがないわけではない。

 だが、それは勝てる見込みがある時だけの話だ。

 自分が無双できると確信しているならの話だ。

 現状、俺は勇者パーティの誰よりも強い。

 多分五人揃ってもまだ負けることはないだろう。

 それでも、きっとヴォルムと戦ったら手も足も出せないまま負ける。

 一体一体が弱くても数で押し切られたら体力的に無理がある。

 規模も強さも分からない魔王軍と戦うという選択をする勇気が、俺にはなかった。


 表面上は引き止められたからとか、親しみのあるこの街が襲撃されるのは嫌だからとか、美人の頼みは断れないとか、そんなことを理由にしているが、もっと深いところで、俺は戦争というものを恐れているのだ。

 そもそも、俺が防御系の魔術を極めようとした理由の半分が戦闘時にけがをしたくないというものだから、俺は根本的に争いごとに向いていない、というか争いごとを嫌っている。

 日本で俺が生きている間もこっちに来てからも大規模な戦闘や戦争がなかったというのも理由になるかもしれない。

 最近は戦うことに抵抗がなくなってきたが、それでもやっぱり嫌なものは嫌なのだ。


 こんな自分を情けないと思う瞬間はいくらかあった。

 だが、変えようとは思わなかった。

 嫌なだけでしないわけでもできないわけでもない。

 どうせやるなら嫌々やるより楽しんでやった方が良いというのも分かるが、実害が出ていない以上、俺は自分を曲げる気にはなれなかった。

 怖いものは怖い、嫌なものは嫌だと開き直ってしまえるのだった。


 そんな性格をしているからだろうか。

 俺は周りがあわただしく戦争だなんだと騒ぎ準備を進める中でも、いつも通り穏やかな心でいることができた。

 なんだか嫌な予感というか不吉なことが起こりそうな予感がしたが、俺はそれを気にかけることなくこれが嵐の前の静けさというやつかとのんきなことを考えていた。


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