第九話 基礎の基礎
今回は説明多めです。
授業二日目、今日から本格的に魔術の授業が始まるわけだが、どうやら今日はその前段階である基礎知識というか前提みたいなものの話をするようだ。
この世界には魔術以外の力もあるようだし、楽しみである。
「じゃあ、いきなり実技に入っても分からんだろうし、最低限知っておくべき基礎中の基礎を教えていくぞ」
昨日の態度とは打って変わって真面目な雰囲気のヴォルムが、黒っぽい板と白い棒を手に話を始めた。
その姿は完全に黒板を使って授業をする先生であった。
訊いてみると、二つの道具は黒板と白棒というようで、「魔道具」なのだそうだ。
魔道具についてはいずれ話すということでこれからの授業で説明されるのだろう。
図説を交えたヴォルムの授業は、内容が多く長かったがとても分かりやすかった。
覚えられたとは思うが、明日にでも確認の口頭試験を行うということで、もう一度まとめておくとしよう。
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~基礎知識~
この世界において何か自然の法則に反するような超常の力を行使しようとした場合、そのほとんどの場合で「源力」というエネルギーをそのまま、あるいは他のエネルギーに変換して使う必要がある。
ほとんどの場合というのは、これを必要としない場合――魂の力「魂力」を使った「魂術」や、霊の力「霊力」を使った「霊術」など――があるからなのだが、それを使うどころか存在すら知らない人がほとんどらしい。
~魔法~
以前、俺が間違えた「魔法」とは、理解の外にある現象の総称であり、発動方法が確立されているものからされていないものまで多岐にわたって存在するそうだ。発動方法が確立されているのなら理解の外ではないように聞こえるが、こうしたらこうなるけど、なぜそうなるのかは分からない、というもののことを指しているようだ。
例えるなら、人は空気を吸って生きているが、なぜ空気を吸うことで生きていられるのか、または空気を吸うことの何が生きることに関係しているのか分からない。みたいなことを言っているのだろう。
~魔術~
これから俺が習う「魔術」とは、「魔力」と呼ばれる力を使った現象の総称である。
研究が進んでいて日常生活にも活用されているくらいなのだが、ヴォルム曰く真理に到達するのにはまだまだ遠いのだそうだ。
これからの授業でその真理とやらを教えてくれると言っていたが、研究者が辿り着いていない真理をなぜ知っているのだろうか。
詳しくは実技と一緒に教えると言っていたが、一応他の力に転向するかもしれないということで、判断材料として少しだけ話してもらった。
魔術の発動方法は呪文詠唱と魔法陣が基本で、想像力や理解度、熟練度によっては呪文詠唱が短縮詠唱や無詠唱になり、魔法陣が簡易魔法陣や記号魔法陣になるそうだ。
簡易魔法陣と記号魔法陣というものがどんなものなのか想像がつかなかったので訊いてみると、本来複雑な魔方陣を簡略化したり、円や多角形、バツ印などで代用したりすることをそう呼ぶのだそうだ。
階級や属性というものもあるようだが詳しくは話されなかった。
~呪術~
魔術の次に使っている人が多い「呪術」とは、「呪力」と呼ばれる力を使った現象の総称である。
魔術と違って属性がなく、状態異常や行動制限などの効果を持つものが多い。
難易度を「呪位」と呼び、低い方から下位、中位、上位、神位となっている。
発動方法は呪文詠唱と呪具による発動、あるいはその二つを合わせたものになる。短縮や簡略化はできるが、無詠唱や一定以上の簡略化はできない。
呪術の本質は暗示にあり、呪文や呪具はその暗示を強めるもの、呪力はその暗示を現実とするものとされている。手間をかけた呪術は高位になりやすいが、より手間をかけずに完成度の高い暗示をかけること、呪力によって現実とかけ離れたことを現実とすることが呪術師の腕の見せ所である。
使い手の数は二番目に多いが、魔術の普及率が圧倒的すぎて二番手ながら非近距離系戦闘職五百人に一人もいないようだ。
~妖術~
三番目に使い手の数は多いが、非近距離系戦闘職五千人に一人もいないくらいだとされ、戦闘職に就く人でも実際に見たことがないという人が結構いる「妖術」とは、「妖力」と呼ばれる力を使った現象の総称である。
発動方法に詠唱や魔法陣などはなく、基本的に術名や技名を言うだけで発動する。その時に重要なのが想像力、もとい妄想力とも言える強い信じ込みだ。
属性の区分がないものの、火や風、氷属性に似た妖術が多数存在する。妖術は自己強化や戦闘中の優位性を保つのに優れていて、その本質は外敵の殺傷以外での排除である。
そのため決定打に欠けることが多く、妖術使いは自己強化と優位性を生かした体術で戦いを決めることが多い。
~その他~
魔術が広く普及しているのに対し、呪術や妖術はあまり発展しているとは言えない。それは魔術だけが日常生活にも取り入れられていることからも分かるだろう。
呪術と妖術はどちらも東方列島の閉鎖的な民族が使用していたのが起源で、それが発展していない理由の一つとして挙げられている。
同じ東方列島からは源力を必要としない「魂術」や「霊術」なども生まれているが、今となってはその使用者を見ることは遠い当方列島にでも行かない限りできないのだそうだ。
しかし東方列島発祥の力を組み合わせて使うと、それはもう厄介なことになるらしい。
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一通りまとめてみて、これだけ覚えられていれば問題なさそうだと安心する。
と同時に、やはり教えてもらうのは魔術にしよう決めた。
奇を衒って呪術や妖術を使うのも良いかと思ったが、まだ戦闘職になると決めたわけではない。
非戦闘職になった時のことを考えて、日常生活にも活用できる魔術を習っておくのが良いだろう。
そう思ってふと窓の外を見ると、木々に囲まれて良く分からないが、少しだけ射し込む赤い光がもう夕方になっていることを知らせていた。
そろそろ夕食の時間かな、と部屋を出ると、丁度玄関のドアが勢い良く開き、夕日の赤ではない赤色に頬を染めた少女が息を切らして入ってきた。
「ただいま! ヴォルムは!? 助けて!」
外に食材を採りに行っていた子供年長組の帰還――かと思いきや、少女が背負っていたのは採集用のカゴではなく、血まみれになった着物姿の少女だった。