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第六十七話 魔力操作

 勇者たちに強くしてほしいと頼まれ一通り何がしたいのか聞いた俺は、勇者たちに足りないものは知識だと判断し、まずは全員に魔術について詳しく理解してもらうことにした。


「まず、魔術とは何かって話なんだが、さすがにこれは分かるよな?」


 彼らが学校か何かそれに準ずるような場所で魔術についての勉強をしていたのなら、これは知っていて当然のこと。

 誰かに師事して、その人が教えてくれなかったのなら仕方ないが、これを知らないとなると恐らく俺の教える範囲が莫大なものになってしまうと思うので、知っている前提で訊きはしたが、割と内心では祈っていた。


「魔力を使って、自然の法則を無視した現象を引き起こすのが魔術、で良いですか……?」


 自信なさげに手を挙げながらそう答えたのはユウカ。

 勇者パーティで魔術師として後衛を務めているだけあって、疑問形ではあるものの、その言葉に淀みはなかった。

 若干名何を言っているのか分かっていなさそうな様子をしていたが、魔術の定義なんてものは実際に使う上ではどうでも良いので、見なかったことにした。


「ああ、それで正解だ。身体の内側、外側に存在する魔力を集めて、練って、発動させる。基本的には何でもできる便利なものだ。じゃあ、その発動方法には何があるか。ブルー、言ってみろ」


 急に振られて驚いているのか、それとも単純に思い出すのに時間がかかったのか、数秒の沈黙の後、ブルーは答えた。


「詠唱と、魔法陣と……それだけか? 無詠唱で発動する奴もいたな」


 やはり不安の残る言い方ではあったが、その内容に間違いはない。

 だが、完全かと言われるとそうではなかった。


「大体あってるんだが、一口に詠唱と言っても短縮することもあるし、魔法陣だって簡略化できるってことも覚えておくように」


 勇者たちからそれぞれ返事が聞こえ、俺はここまでの問答で、とりあえず、基礎知識は一通り習っていそうだと判断する。

 反応からして忘れていることもあるのだろうが、それは大きな障害にはならない。

 一度でも聞いたことのある内容なら、二回目以降は思い出すだけで良いのだから簡単な話だろう。


「じゃあ、本格的にやっていこうか。まずお前らには、魔法陣が描けるくらいには魔力操作を精密にできるようになってもらう」


 基礎的なことが分かっているなら、少し発展的なことをやった方が良いと判断した俺は、高精度な魔力操作ができるような訓練を提案する。

 実を言うと一般的には魔力操作ができなければ魔術は使えないため、魔術が使えている時点でこの技能は習得していると考えられているのだが、実際には魔力操作の上手さに上限というものはない。

 その上魔力操作は上手にできればできる程行使する魔術の速度や精度、威力が上昇するので、今この瞬間にできるようにならなくても継続的に訓練した方が良いということを理解してもらう意図もある。

 予想通りそんな基礎の基礎をやってどうなるのだと訝しげな顔でこちらを見つめる勇者パーティの面々。

 実演した方が分かりやすいだろうか。


「まぁ、見てもらえば分かるさ」


 俺は掌に目で見えるように淡く発光させた魔力を集め、身体の周りを這いまわるように動かす。

 そしてそれを二つ、四つ、八つ……と分裂させていき、三十二個になった瞬間それぞれの塊で放電や火球を放つ魔方陣を描いて発動させた。


「お前らには、これができるか?」


 その光景を見た勇者たちは各々目を見開いたり口を開けたりといった反応を返してくれる。

 その様子はそれぞれ違っていたが、誰の中にも驚きの意があるように見える。

 それはそうだろう。

 この世界の常識として、魔術をいくつも同時に発動させることは難しいことだとされているからだ。

 できないわけではないし、数年前には学者が八つの魔術を同時に発動させたという記録もある。

 だが、俺が今発動したのは三十二個。

 ヴォルムが同時に発動できる数と比べてしまうとほんの少しでしかないものの、本気を出せば百を超える魔術を同時に操ることのできる俺も彼らから見たら同じようなものなのだろうか。


「それ、魔力操作が上手くなれば、私にもできるってこと……?」


 信じられないといった様子で、エルが訊いてくる。

 その問いの中には本当に魔法陣全てが、独立していたのかということも含まれているような気がした。

 他の面々も、単純にそういう演出の魔術を使っただけではないかという疑念があるのか、驚きはしているものの、どこか現実味を感じてはいないようだった。

 あれだけ強くしてほしいだの何だの頼んでおいて常識外れな力を見たら信じない。

 そんなことがあって良いものかと思ったが、さっきまで魔術に興味がなさそうだった奴らの目が少し輝いているのが見えたので、良しとする。


「ああ、今は全て魔法陣による発動だったが、やろうと思えば無詠唱魔術を同時発動するとか、詠唱と魔法陣を組み合わせるなんてこともできるようになるぞ。高度な魔力操作技術が必要にはなるがな」


 そして、俺はその訓練方法を伝える。


 今回やってもらうのは、自分の中にある魔力をはっきりと認識し、意識的に動かすというものだ。

 これはヴォルムから聞いた話であるが、魔術師の多くは体内の魔力を認識していても、その形や場所までは把握できていないというのだ。

 魔術を使うには魔力が必要であるから、当然発動させる時には必要な量が必要な場所に集まっていなければならない。

 それを補佐するのが詠唱や魔法陣の役目なのだが、場所や量が分からない状態で発動させると、ロスがある上に手先などの特定の部位からしか魔術が発射されなくなる。

 戦闘中に火球を一つ放つにしても、相手に手を突き出して放つか、いきなり身体のどこかから出てくるのとでは、大きな差があるだろう。

 それに魔法陣なら、いちいち描いたり巻物を取り出したりしなくても、魔力で形を作ればそれで発動できるのだ。

 詠唱する場合、身体を中心として放射状にしか射出できないのに対し、魔方陣はその面から射出される。

 自分の魔力が届く範囲ならどこからでも、どの方向にも魔術が放てるというわけだ。

 魔術師として、これほどの強みはないだろう。


 方法と利点を一通り伝えた俺は、ああでもないこうでもないと苦戦する勇者たちを眺める。

 俺だって一朝一夕でできるようになったわけではない。

 基礎であるがゆえに時間を掛けなければ意味がないのだ。

 俺はある程度形になったら次に進むが、それでも魔力操作は練習を重ねるように指示を出し、宿でやった時と同じように土属性魔術で椅子と机を作る。

 そこでくつろぎながら、ふと神様に貰った眼を使ったら何が見えるだろうと気になり、右目に魔力を集中させた。


 色んなものが見えると言っていた『娯楽』の神――ボードの眼。

 どうやら透視能力が働いたようで、俺はたまたま目線の先にあったユウカのローブの中を見てしまう。

 普段はローブに隠されているが、これは中々……。


 視線を感じ、眼の能力を使って顔の向きを変えずに横にいたモミジとユキを見ると、俺が何を見ているのかは分からないはずなのに、二人揃って冷ややかな目をこちらに向けていた。


明けましておめでとうございます。

今年も、この作品をよろしくお願いします。

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