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第六十五話 魔王へ

 話し合いはいきなり俺の謝罪のせいで微妙な雰囲気になってしまったが、勇者パーティのメンバーはみなそんなことはどうでも良いと切り替え、まるで何事もなかったかのように本題に入って行った。


「昨日模擬戦をして、負けて。私たちは各々、あなたに対して色々なことを思いました。言いたいこと、訊きたいこともあります」


 エルが改まった口調でそう切り出した。

 俺は何を訊かれるのか、何を言われるのかと身構える。


「……でも、今日はそれを抑えて、あなたにお願いをしに来ました」

「お願い……?」


 てっきり恨み言――でなくても好意的ではないこと――を言われると思っていた俺は、真剣な面持ちから発せられた「お願い」という単語に困惑する。


「はい。私たちを、強くしてほしいのです」

「…………は?」


 唐突な依頼に、俺の困惑は加速する。

 こいつらは俺のことを良く思っていないのではなかったのか。

 良く思っていないのだから、そんな奴に教わりたくなどないのではないのか。

 一気に状況が分からなくなった。


「もう少し詳しく説明してもらっても良いか?」


 頭の上に疑問符が浮かんだ状態の俺は、どうにか理解しようとさらなる説明を求めた。


 エルは頷き、口を開く


「今までも、私たちより強い人は何人も見てきました。でも、その人たちの強さというのは上限が見える強さでした。あなたのように、いくら頑張ろうと追いつくことができないと思ってしまうほどに計り知れない実力を持った人に会ったのは初めてです。だから、みんなで話し合って指導してもらおうと決めたんです」


 エルの目に、そしてその話し方に、熱が入る。

 きっと今までの敗北で積み重なった悔しさが、昨日の惨敗で爆発しているのだろう。

 エルだけでなく、他のパーティメンバーの目も期待と熱意に輝いていた。


「俺で、良いのか……? 昨日のことを良く思ってる奴はいないだろ? そんな相手から教わるなんてできるか?」


 もしやこいつら俺のことを嫌ってはいないのではないかという期待が一瞬脳裏に浮かび、確認をとるために一つ質問をした。


「正直なところ、私はあなたが嫌いです。と言うか今この時点で私たちのパーティ内にあなたを好意的に思ってる人はいません」


 淡い期待が儚く散る。


「でも、信用しています。あなたの強さには信頼できるものがあると思っています。私たちはもっと強くならなくてはならないのにも関わらず、これ以上強くなる方法を知りません。好き嫌いで判断しているほどの時間はもうないんです」


 俺は静寂の中、思いを言い切ったエルの瞳を、それから他の勇者パーティメンバーの瞳をじっと見つめた。

 それぞれ俺に対して抱く思いは異なっているようだが、いずれにしても強い意志を持っていることが窺える。


 基本的に、嫌いな奴に師事するというのは気に食わないことだし、ストレスも溜まる。

 だが、こいつらはそんなマイナスな部分を跳ね返して強くなる。

 そんな気がした。

 勇者だの何だの言われるくらいには力を秘めている彼らのことだ、すぐに彼らが望むような強さを手に入れることができるだろう。

 不安がないわけではないが、俺は勇者たちに教える立場となっても大きな問題は起こらないだろうと予想して、強くしてほしいという頼みに答えてやろうかという気になった。


 だが、その前に知っておきたいことがいくつかある。


「分かった。一旦それは置いておいて、お前らが強さを求める理由を教えてくれ。何のために強くなって、何を為すのが目的なんだ?」


 勇者一行の旅の目的というものを、聞いておかなければならない。

 これは強さとは関係のないことであるから単純に俺が知りたいと言うだけなのだが、まだ知らないことの方が多いこの世界には、勇者の対抗勢力としてどんなものがいるのか興味が湧いたのだ。


「私たちは、魔王討伐を最終目標に掲げて旅をしています」


 魔王の名を聞き、俺は定番の構図だとはしゃいでしまいそうになる。

 だが、その名が出てきた瞬間に勇者たちの顔に影が差したのを見て、迂闊なことはできないと自制する。


「何か、あったのか……?」


 訊くべきかどうか迷ったが、俺は結局質問をしていた。


「特に何かがあったわけでは……ただ、過去に何かされたわけでもないのに魔王は悪だと決めつけて敵対するのはどうなのかと思って……」


 これも、ありきたりな話である。

 各国のお偉いさんが魔人は悪だと騒いでいるだけで、実際はそんなことないというのが事実なのだろう。

 勇者たちは、自分たちの使命に疑問を抱いた状態であり、当然、それのために強くなるというのは難しくなってくる。


「たとえ魔王が悪ではなくても、私たちが強くなって倒さないことには人類は安心することができないと言われました。でも、どうにも納得できないんです」


 やはりこいつらは、純粋なこの世界の住人ではないのだろう。

 そうでなかったら、魔王という存在に対してこんな反応をするはずがない。


 それも含めて、どうしたものか。

 俺は、一つの考えに至る。


「……強くなりたいという願いは、叶えられるように力を貸そう。魔王に関しては俺も知らないことが多すぎて何も言えないが、どう転ぶにしても弱いより強い方が良いだろうさ」


 極論を言ってしまえば、和解を目指すにしても人間のことを良く思っていない魔人の反発を受けるのは確実。

 それを退けるだけの力を持っていなければその場で殺されて終わりなのだ。


「私たちを、強くしてくれるんですね……?」

「ああ、お前ら次第ではあるがな」


 こうして、俺は勇者たちを強くするために力を貸すことになった。

 そうと決まれば善は急げということで、今日からいきなり、訓練をするそうだ。


 訓練場に場所を移すべく、俺たちは宿から出た。


 冒険者ギルドの建物に向かう途中、モミジとユキがこんなことを言った。


「ヴォルムから教わったこと、勝手に外に漏らしても大丈夫なの?」

「……怒られたり、しない……?」


 正直なところ確認をとっていないのでこれが許される行為なのかは知らないが、もうここまできてしまったら、勇者たちと同じように俺も覚悟を決めるしかない。

 場の雰囲気に流されてここまで来てしまった俺は、気付かれないように溜息を吐いた。


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