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第六十四話 バイアス

 勇者パーティとの模擬戦を終え、俺たちは一旦宿に戻った。

 それから食事をしたり宿泊期間延長の申し出をしたり、その他色々とやるべきことを済ませ、翌日、一晩置いて落ち着いているだろう勇者パーティの面々と話をするべく冒険者ギルドに行った。


 朝の混む時間帯に来てしまったため人を探せるような状況ではないが、人々の様子はいつもと変わらない。

 それは勇者たちがまだここに来ていないことを意味していた。


 実を言うと、昨日話がしたいと伝えられた時、いつどこでどんな話をするのかということを訊かなかったのでここにいるのが正解なのかと言われると不安な所なのだが、冒険者の言う集合場所と言えば冒険者ギルド。

 向こうも場所に関する情報を伝えていなかったことに気付けば、ここに来るだろう。

 こんなに人の多い所で話すような内容ではないかもしれないが、その時は集まった後で場所を移せば良いだけのことなので、さしたる問題はない。

 問題が懸念されるとすれば、話し合いの場を設けると決定した時に気を失っていたコウスケが猛反対する可能性があるということだろうか。

 きっとコウスケは俺のことを良く思っていないし、精神も不安定な状態にある。

 目を覚ますことには覚ますだろうが、俺と話すことはないとか、俺に会いたくないとか、酷いことになっていたら、勇者を辞めるなんてことを言いかねない。

 辞めたとして、それが世界にどんな影響をもたらすのかは分からないが、少なくとも非戦闘職の人間は不安に思うだろうし、各国の政治にもそれなりに影響が出るに違いない。

 そうならないため――と言うよりは自分がその原因にならないために、これからの話し合いは慎重に進めなければならない。


 ギルドに勇者一行がいないということが確認できた所で、俺たちは一旦混んでいるギルドから近くの喫茶店に場所を移した。

 折角なので、そこで朝食を済ませてしまおうというわけだ。


 喫茶店も朝の時間帯だからか人が多く決して落ち着いた雰囲気ではなかったが、暖かい紅茶をすすると自然と心が和んだ。


「勇者たち、来るのかしら」


 一緒に頼んだハニートーストを齧っていると、モミジがそんなことを言った。

 モミジも俺と同じように、コウスケがどうなっているのかを心配しているのだろう。


「……来る。と言うか来てくれないと困る。これで来ないような奴がこの先勇者を務められるはずがないからな」


 モミジの言葉に答えるつもりで口を開いたはずだったのだが、俺の口から出てきたのは、一種の願望だった。

 実力では圧倒的に上を行く俺も、勇者という肩書に期待していたのだ。

 その点において俺は力のない民衆と全く同じ。

 無意識の内に本人を見ないで、勇者だからという先入観と固定観念でもって人を評価していたのだ。


 勇者なんだからそれくらいのプレッシャーで潰れるなよ、そう考える人も多いだろう。

 確かに生粋の勇者気質の人間であればコウスケのような醜態を晒すことにはならないのだろう。

 だが、もし彼らがただの日本人として平和に暮らしていたのなら話は変わってくる。

 まだ転生者であると決まったわけではないが、いきなりこの世界に連れてこられて人類の期待を背負えるわけがないのだ。


 転生して勇者になるというのは創作の中ではよくあることで、そんな状況に置かれた彼らを羨ましく思ったりもしたが、俺はその立場のせいで感じることとなる重圧というものをまるで理解できていなかった。

 コウスケがああなってしまったのも半ば必然と言える。

 昨日は偉そうなことを言ってしまったが、俺だって一度は心が完全に崩壊している。

 今でこそ支障なく暮らせているが、それも俺の心が成長したからではなく守る術を身に着けたからだ。

 話し合いの前に、謝らなくては。


 今だけは対面でそんなことはお構いなしにホットサンドを頬張るユキが羨ましく思えた。


 それから小一時間、喫茶店でゆっくりと時間を潰し、俺たちは再びギルドに足を運んだ。


 建物内はさっき来た時より人が減っているように見えたが、今度は局所的に人が集まっている場所があった。

 人だかりの中心には、勇者一行。

 昨日のことについての色々な言葉が投げつけられている。


 俺がその人だかりに近付いて行くと、俺が昨日勇者たちを倒した者だということに気付いたのか、集まっていた人たちは勇者までの道を開けてくれた。


「ちゃんと、全員そろって来たみたいだな」

「……当たり前だ」


 一番の懸念材料だったコウスケが、誰よりも強い意志を持って睨みつけてくる。


「まぁなんだ、話はちゃんと聞くから、とりあえず場所を移そうか」


 何もしないでいるとこのまま昨日のように怒鳴り散らされてしまうような気配がしたので、俺は周りに群がった人から逃げるために認識疎外の魔術を展開して、飛行魔術で自分たちの宿まで一気に移動した。

 住宅街に近いここは、ギルド周辺より人が少なく静かなのだ。


 それから部屋の家具を収納空間(アイテムボックス)に仕舞い、土属性魔術で丸机と椅子を作り出した。

 そして仕上げに結界を張り、外に音が漏れないようにする。

 魔術を無詠唱で連発したからか勇者たちは驚いたような、呆れたような顔で何か言いたそうにしていたが、何を納得したのか特に何も言わないまま椅子に座った。


 一応、昨日は観客席で見ていただけのモミジとユキも席に着かせ、最後に俺が座った。


「じゃあ、話を始めようか。と言いたい所なんだが、まずは俺から一つ、謝ることがある」


 俺は喫茶店で考えていた通り、前評判で勝手に勇者たちは強いものだと決めつけていたことを謝った。


 しかし、


「……煽ってんのか?」


 コウスケから返ってきたのはそんな言葉だった。


 そう言われてから気付いたが、俺が謝った内容は言い換えるとこんなに弱いとは思っていなかったということになる。

 そういうつもりで言ったわけではなかったのだが、どうやら俺はまた言葉選びをミスしてしまったようだ。


「そういうつもりで言ったわけじゃない。単純に、勇者だからって肩書だけを見ていたことを謝りたかったんだ」

「そうか……」


 俺は何を言おうとコウスケの反感を買うものだと思っていたが、その反応は思っていたものとはかけ離れていて、昨日の様子と比べると違和感があるほどに落ち着いたものだった。


 それを不思議に思いながらも、妙な空気を纏った話し合いは始まった。

 話し合いというよりは、俺に文句を言う会になりそうな気もするが、とにかく始まったのだ。

 奇妙なことに、こちらを見据える無数の目がそれぞれ違う色を見せながら薄ぼんやりと光っているように見えた。


第六十一話の中でスマルたちの階級に関する表記に誤りがあったようなので修正しておきます。

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