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第六十三話 勇者の心

 司会の男の「そこまで」という声を聞き、俺は動きを封じた勇者パーティの面々へ追撃しようと用意していた魔力を霧散させる。

 彼らは一応、誰一人として戦闘不能状態にはなっていない――部位欠損や気を失うなどの重度のけがなどはしていない――が、鎖で拘束したり、打撃を与えたりして簡単には動けないようにしてある。

 誰が見てもこの模擬戦の勝敗は明らかだった。


 観客席にいた司会が訓練場のフィールドに降りてきて戸惑い気味に実況紛いのことをするが、観客の多くはそれを聞かず、周囲の者とヒソヒソ話していた。

 大方俺がいったい何者なのかとか、勇者が負けて大丈夫なのかとか、そんな話をしているのだろう。

 俺はそれに興味がないし、何を言われようと気にするような人間ではないのでどうでも良いと流すことができるが、色々なものを背負っている勇者たちがどう感じているのかと考えると、この状況で気にせずにいられるとは思えなかった。


 自分たちの敗北によって不安そうな顔をしている市民が目の前にいる。

 その光景は、今まで高いポテンシャルを持っていたのにも関わらずいかに自分たちが怠けていたかということを彼らに認識させてくれたことだろう。

 少し荒治療な気もするが、どこの誰とも分からない俺が彼らにその事実を認めさせるにはこの手段をとるほかなかったのだ。


 俺は拘束に使っていた鎖を消し、勇者パーティ全員に回復魔術を掛ける。

 すると各々は立ち上がり、俺がいる所に集まって来た。

 それぞれが複雑に感情が入り混じった表情をしており、重たい雰囲気を纏っている。


 そのタイミングでモミジとユキ、フォールも降りてきて俺の隣に並ぶ。


「スマル、大丈夫?」

「……変な顔、してる」


 どうやら俺も知らずの内に勇者たちと同じような顔をしていたようで、モミジとユキに指摘されて、何とか笑顔を作って見せる。


「大丈夫だ。心配掛けて悪いな」


 なんだか張っていたものが緩んだような気がして前に向き直ると、下を向いているコウスケがボソボソと声を発した。


「……どうして……どうして、そんなに強いんだ」


 どう返したものかと俺が悩んでいると、コウスケは勢い良く顔を上げ、俺の胸倉に掴みかかって来た。


「俺たちより強い奴はいくらでもいるだろ! どうして俺たちが勇者なんだ!」


 それは、きっと勇者になってから長らく心に秘めていた彼の本心なのだろう。

 ずっと言いたくても言えなかった想いなのだろう。


「今まではまだ良かった。年上相手に経験どうこう言って誤魔化しが効いた。でも今日は違う! 同年代の相手に、五人がかりで負けたんだ!」


 だが、こんなに人の多い場所で言うべきことではないはずだ。

 仮にでも勇者であるなら、自分がそうやって取り乱すことの重さを理解していなくてはならないはずだ。


「これじゃあ、どっちが勇者だか分からない!」


 そう叫ぶコウスケの鳩尾に、俺は拳を一発入れる。

 突っ立ったままだったせいで威力は出なかったが、黙らせるには十分だったらしく、肩で息をしていたコウスケは一瞬で大人しくなった。

 急に殴ったことは申し訳なく思うが、これ以上こいつにこの場で喋らせてはいけない。

 市民の不安を煽っても、良いことはない。


「お前は『武』の勇者をやっているらしいが、それは単純に腕が立つから選ばれてるわけじゃない」


 俺は崩れるコウスケを抱えながら、諭すように言う。

 見れば後ろに並んでいる他の勇者たちも同じ気持ちなのか、極まりが悪そうにコウスケの姿から目を逸らしていた。


「文字通り、勇気があって勇敢で勇ましいのが勇者なんだ。強さは強さでも、心の強さが肝心なんだ」

「じゃあ……俺、には……」


 務まらないとでも言いたかったのだろうか。

 だが、俺はこれ以上コウスケに喋らせるつもりはなく、その先を聞かずに話を続けた。


「少なくとも、そうやって大勢の前に醜態を晒している内は勇者と呼ぶには相応しくないかもな」


 魔王討伐だの世界を救うだの、そういう目標があるとどうしても戦闘力が必要になりそっちに気を取られがちだが、実際の所、最も重要になるのは心の強度なのだ。

 途中に何があろうとも目標を達成するために突き進めるだけの精神力がなければならないのだ。


 それに、単純に力を付けたいからと修行や鍛錬をするにしても、辛く厳しいそれを乗り越えるには心の強度が必要になる。

 俺もヴォルムとの修行の中で実感したのだが、諦めたい、もうやめたいと思ってからが本番なのだ。

 そこを諦めずにやり切ることが、何よりも自分の力になるのだ。


「そうやって泣き付かれても、お前たちが今まで何をしてきたのか、何を目指しているのかを知らない俺からしたらただ哀れなだけだ。だが、これからは違うだろ?」


 俺の腕の中でコウスケが重くなる。

 思っていたよりボディブローが効いてしまったようだ。


 コウスケを他のパーティメンバーに預けてそろそろ帰ろうと思い、並んでいた勇者パーティの面々に目を向けると、それぞれがまだ迷ってはいるものの、大体の決心はついたといった様子でこちらを見ていた。


「言いたいことがあるなら聞くが、もう今日は終わりだ。日を改めよう。こんな人目の多い所で話すことじゃない。コウスケも気を失ってるみたいだし、こいつが起きたら、ちゃんとお前らで話をしとけよ」


 俺はブルーにコウスケを渡し、モミジとユキ、フォールを連れて訓練場から出た。

 そのままギルドからも出て、もう慣れ始めた人の河を渡って宿に帰る。


 その道中、


「スマル、さっきのあれ、何だったの?」

「……格好、良かった……」


 モミジとユキにそんなことを言われてしまう。

 さっきの、というのは俺が勇者とは何たるかを語ったことを言っているのだろう。


 ユキは格好良かったなどと言っているが、改めて思い返すと何様のつもりだと自分に言いたくなってくる。

 と同時に、途轍もなく恥ずかしく思えてきた。

 前世でラノベやウェブ小説を読み漁って得た知識をさも自分の言葉であるかのようにひけらかした、と言い換えると分かりやすい。

 前世だったら絶対に嫌われる言動だろう。


「何だって言われてもなぁ……」


 俺は笑って誤魔化し、少しだけ足を速めた。

誤字報告を受け付けない設定になっていたので、受け付けるように変えておきました。

また、諸事情により、来週の更新はお休みさせていただきます。

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