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第五十八話 再びの川

 首都セオルドに着いた日の翌日、話し合いの結果まずはどこにいるかもわからない勇者を探すための情報収集をしようということになった。

 具体的な方法としては人に聞いて回るのが手っ取り早いだろう。

 と言ってもやたらめったら聞くだけでは正しい情報は集まってこない。

 量も大事ではあるが、今日は何かしら情報を持っているだろう冒険者ギルドを中心に聞き込みだ。

 ちなみに、この街の中にいないかと俺が探知できる範囲で大きな魔力反応やその他勇者パーティである可能性がある人物を探してみたが、さすが首都と言ったところかこの街の中には強者が多く、特別これが勇者だと決められるような反応はなかった。

 認識疎外の魔術や呪術を使っている人もちらほら見受けられ、変装をしている可能性も考えるとやはり探知では限界があるようだ。



 やることが決まった俺たちは、人が集まる朝の時間帯を狙って、早めに宿を出た。

 急いでいたため朝食などは抜きである。

 道中でパン屋か何か軽食を買うことのできる店があれば寄っても良いが、満員電車並の人の流れを超えるのにどのくらいの時間がかかるかが分からない以上、迂闊に時間を使ったり荷物を増やしたりすることは好ましくないように思えた。

 俺は元々朝食をガツガツ食べるようなタイプの人間ではないためそこまで辛さを感じないが、他の二人――特にユキは空腹によって明らかに機嫌を損ねていた。


 できればギルドに人が集まる前に到着しておきたかったが、こうなっては仕方ない。

 どこかで食べ物を買おう。


「予定変更だ。先に何か食べて行くから、食べたいものがあったら教えてくれ」


 それを聞いた二人は一気に表情を明るくし、早く早くと食べ物を探した。


 朝の早い時間帯だったからかまだ閉まっている店も何件かあったが、丁度良いことにすぐ近くにパン屋があり、俺たちはそこでいくつかのパンを買ってギルドに向かった。

 カフェのような席に着かなければならないような店を指定されていたら間に合わせることは諦めていたが、パンなら食べながら歩ける。

 少し不自由があるかもしれないが、そこは我慢してもらうしかない。


 俺はそんな心配をしていたが、ユキの足取りは一気に軽くなり、今は黙々とクロワッサンのようなサクサクとしたパンを幸せそうに頬張っている。

 先ほどそこまで不機嫌そうでもなかったモミジも、実際は空腹を快く思っていなかったようで手に持つパンの種類がメロンパンになっただけで、様相はユキとほぼ一致していた。

 さすがは双子。今更ながら感心する。


 これで心配事が一つ消え、勇者探しにも身が入る、と思われたのだが、この時点で新たな問題が浮上して来ていた。

 それは、ユキの抱える紙袋だ。

 モミジがパンを食べ終わる前に残っている四分の一くらいをフォールにあげている頃、ユキは抱きかかえる紙袋から三つ目のクロワッサンを取り出していた。

 まずフォールがパンを嬉しそうに食べているのに驚いたが、問題はそこじゃない。

 ユキが一体いくつのクロワッサンを購入して、いくつ食べるつもりなのかということだ。


 普段なら食いしん坊だ何だ言って流してしまうようなどうでも良いことではある。

 だが俺たちはこれから異常なほどの量の人の波を掻き分けていかなければならない身なのだ。

 人ごみの中を進むプロなら問題ないのかもしれないが、俺たちのような初心者が食べきれないクロワッサンを持ったまま人ごみに突入するわけにはいかないし、かと言って食べ終わるのを待っていたら時間がかかって人が集まるまでにギルドに到着できなくなってしまう。

 どうしたものかと考えながら紙袋を眺めていると、ユキがそれに気付いた。


「……スマルも、食べる……?」


 どうやら俺がクロワッサンを欲しがっているのだと解釈されたようで、ユキはゴソゴソと袋を漁り、一つクロワッサンを掴むと「食べないって提案したのは誰かしら?」とでも言いたげな顔で俺の方に差し出してきた。

 なんともイラっとする顔である。

 そういうつもりで見ていたわけではないとかそもそも不機嫌そうにしてたのは誰だとか言いたいことは色々あったが、俺はそれらを飲み込みクロワッサンを貰うことにした。


「じゃあ一つ貰っておくよ」


 あくまで荷物を減らすため、心の中でそう言って俺はクロワッサンを受け取りその場で口に入れた。


「……断ら、ないの……?」


 ユキは俺がクロワッサンを受け取らないものだと思っていたのか、俺が口に放り込むのを見てだいぶ驚いている様子。

 何を狙ったのかは知らないが、表情で煽るようなことをしてきた時点で大事なパンが一つなくなることは確定していたので正直そんなに驚かれてもこっちが困ってしまう。

 これに懲りて今後は人をおちょくるような行動を控えるようになればいいのだが、それが行動理念の根幹に直結しているようなものだし、簡単には直らないのだろう。


 そんなこんなで俺たちは荷物――もといパンを消化し、昨日苦しめられた人ごみの中へと進行した。

 フォールは背が低く踏まれてしまう危険性があるため俺が抱えるが、人間二人は自分の足で歩いてもらう。


「本当に、これは何回通っても慣れることはなさそうね」

「……嫌ぁ、人嫌ぁ……」


 人の流れを横切って歩くのには思っている以上の体力を使う。

 それに加えて人が集まっているためその中は周りに比べて暑い。

 この街は気候が安定して気温にしたら二十度前後の日が多いようだが、それでもこの激流の中には汗をダラダラと流しながら歩いている人もいた。


 気にしていられるほどの余裕はないが、どうも他人な汗や何か分からない液体がすれ違う時に身体の色んな所に付着して気持ち悪い。 

 モミジやユキもここに来てからはずっと嫌そうな顔をしている。と言うかユキに至っては泣いている。

 フォールの毛もいくらか吸ってしまっていそうだ。

 どこかに銭湯のような施設があったから、帰る時に寄って行こう。


 極力嫌なことは考えないようにし、数十秒。

 俺たちは遂に大勢の人によって成された川を渡り切ることができた。


 各々が疲弊した様相で冒険者ギルドの中に入ると、ギリギリ間に合ったと言えるか言えないかくらいの混雑し具合の景色がそこにはあった。

 少し辛いが、すぐに聞き込みを開始しよう。


「勇者、どこにいるか分かると良いな」


 願望を込めてこぼした言葉。

 別に誰かに反応してもらいたくて発した言葉ではなかった。

 当然反応があったとしても今度は俺がそれに返せるような準備をしていない。


 だが、驚くことに俺の声に反応する者がいた。


「呼んだか?」


 金髪のイケメンとその仲間たちと見受けられる集団が、俺たちの前に姿を現した。


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