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第五十五話 チンピラ

 ユキをおんぶし、フォールを抱きかかえ、モミジの手を引きながら人の流れに突入した俺はどうにかこうにかその流れを横切る形で前に進むことができていた。

 しかし一分間頑張って進めた距離は道幅の三分の一ほど。

 人の壁に邪魔されて完全に進む速度が遅くなっていた。

 この道は確かに広いが、人が誰一人としていない状態なら渡り切るのに三十秒要らないはずの道路であることを考えると、この道路を横断するという行為は俺たちが思っていた以上に難度の高い所業だったのかもしれない。


 ちょうど半分の地点に辿り着いた時に迂闊に渡るものではなかったと後悔したが、ここまで来てしまったからには引き返すという選択肢を採ることはできず、更には人で隠れて目印にしようと考えていた建物が見えなくなるというアクシデントもあったが、何とか歩みだけは止めずに進んだ。


「……スマル、大丈夫?」


 ユキからかけられた言葉は何に対するものなのか、一人と一匹を抱える俺に対してなのか、はたまたこの道を渡り切れるのかということについてなのか。

 どちらを取っても大丈夫ではあると思っているのだが、後者に限った話をするのならまず目指していた場所には行けないだろうし、それでは大丈夫ではないではないかと言われたら反論ができないので簡単に大丈夫だとは言えなかった。


 その様子を見て不安に思ったのか、モミジが慌てた様子で口を開く。


「ちょっと! なんで黙るのよ!」


 なんでかと言われると単に断言できないからという理由からなのだが、どう説明しようか。


「向こう側までは着くはずだが、だいぶ流されてるからな、どのあたりに出るのかは分からん」

「抜けられるなら早く抜けちゃいましょ」


 そんなに人に囲まれるのが嫌だったのか、やけにモミジが急かすので、俺はラストスパートと思って急ぎ気味で進行した。


 その甲斐あってか、急ぎ始めてから二十秒ほどで対岸に渡り切ることができ、人通りが少ない場所まで行ってから俺はフォールとユキを下ろした。


「……お疲れ、スマル」


 予想よりもはるかに大変で疲れたが、何かアトラクションに乗った後のような楽しそうな表情でユキが労ってくれたので、とりあえずはして良かったと思うことができた。

 俺としてはここで一旦一息吐きたい気分だったのだが、誰の仕業なのか世界はそれを許してはくれなかった。


「おい、そこの嬢ちゃんたち。そこでへばってるガキなんて置いといて、俺たちと来ねぇか?」

「悪いようにはしねぇからよ」

「そうそう、俺たちと遊んだ女はみんな楽しいって言ってくれるんだぜ?」


 なぜこういう時に限って厄介というものは降りかかって来るのか、奇抜な髪色、身体の色んなところに付けられた装飾、下心丸出しの下品な表情、いかにも不良ですと言った容貌の男が三人、路地を塞ぐようにして並んでいた。

 こんな人気のない路地に入ってしまったのが悪いというのは分かっているし、ベタな展開というのはそれだけで楽しめるのではないかとも思っていたが、いざこういう輩に絡まれてみると、楽しいなんて感情は一切湧いてこないどころかただひたすらに嫌で面倒だというのが実際のところだった。

 俺はその心の内を顔面に貼り付けて男共に言い返してやろうとしたのだが、


「悪いが帰ってくれるか? 二人は俺の――」

「うるせぇ! おめぇには聞いてねぇんだよ!」


 柄の悪いことに俺の声は怒鳴り声によってかき消されてしまった。


「こんな面倒臭ぇ奴より、俺たちと来てパーッと楽しくなろうぜ、な?」


 俺が何を言っても聞く耳を持ちそうにないので、俺はモミジとユキに言ってやれと目で合図を送った。

 二人は俺に向かって頷き返すと、立ち位置的に俺と横並びになるような位置に立った。


「お? 来る気になったか?」


「ごめんなさい。あなたたちみたいな下品な人とは遊びたくないわ」

「……生理的に、無理。帰って」


 刹那、空気が凍り付くような感覚というものを、俺は生まれて初めて味わった。

 そんなに煽るようなことを言わなくても良かったのではないかと溜息を吐きたくなったが、こんなに語気が強くなるくらいには嫌だったのだろうということを察し、俺は念のために防御用の障壁――それも相手には視認することのできない透明な障壁を展開しておく。


「……お、おまっ、自分が何言ったか分かってんのか?」

「馬鹿にしやがって!」

「これはもう実力行使しかねぇわ」


 二人の返答を聞いた三人は、凄んでいるつもりなのか眉間にしわを寄せてみたり、顎を上げてみたりと変顔を披露してくれた。

 これが恐ろしいというなら俺が元いた世界とはだいぶ価値観が違うようであるが、モミジとユキがそのかわいらしい顔を崩してまで嫌悪感をあらわにしているのを見ると、どうやら男たちがやっていることはこの世界においても嫌われる対象らしい。


「今更後悔したって無駄だからな!」


 完全に俺たちのことを下に見ているのか、男たちは特に躊躇うような素振りを見せず、懐からナイフや短剣を取り出して突進してきた。

 しかし、その刃が俺たちに届くことはなかった。


「ぐぇ」

「うぎ」

「んが」


 三人は各々俺が展開しておいた障壁に突っ込み、その場に崩れた。

 一人は打ち所が悪かったのか気を失っていて、もう一人は首を痛めたようで呻きながら地面に転がっている。

 最後の一人は運良くダメージが少なかったのかすぐに立ち上がるも未だに何が起きたのか分かっていない様子。

 とりあえず俺が何かをしたのだろうということだけは理解しているようだったが、何をされたのかが分からない時点で勝ち目がないと考えたのか攻撃を続けようという意思は微塵も感じ取れなくなっていた。


「今更後悔しても、無駄だからな?」


 俺が相手方が言っていたことと同じことを繰り返してやると、まだ動ける男は他の二人を両脇に抱えて一目散に逃げて行ってしまった。


「つ、次会った時はただじゃ済まさねぇからな!」



 俺はコテコテの捨て台詞に感慨深いものを感じながら、男が去って行くのを見送った。

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