第五十二話 悪趣味
背中にベッドの柔らかな感触を感じながら、俺はゆっくりと目を開けた。
普通ならぼんやりと宿の天井が見えるはずだが、そこで俺が見たのは天井ではなく、涙目でこちらを見つめるモミジとユキ、それから心配そうな顔をしたフォールだった。
予想していなかった光景に俺は一気に覚醒する。
「スマルっ!!」
俺が目を覚ましたのを見て、モミジが胸に飛びついてくる。
ユキも、飛びつくようなことはしないが明らかに涙の量が多くなっていて、いつ俺の顔面にその涙が垂れてくるか分からない状態だ。
フォールはクールなもので安堵したのか既に俺の上からはどいてそれ以外の反応は見せていない。
「どうした。一体何があった……?」
俺は困惑しながらも思考を巡らすがどう頑張っても状況が理解できず、モミジの涙やその他の液体で胸元がビチャビチャになる前に一旦頭を引き剥がし、状況の説明を求めた。
「だって、いくら呼んでも反応しないから……!」
すると返ってきたのは身に覚えのないことについての非難だった。
それを聞いて俺は、確証は持てないまでも大体何が起こっていたのかを察する。
つまりは『癒し』の神――ヨロウの時とは違い、俺が神に会っている間に時間がそのまま経過していたのだろう。
精神が『娯楽』の神――ボードのいた空間にあったということは、現実世界の肉体はただの抜け殻になっていたということだ。
それでは何をされても俺は現実世界で反応を返すことはできない。
運が良かったのか悪かったのか、二人と一匹はその状態の俺に話しかけてしまったということだろう。
「二人とも、一旦落ち着いてくれ。俺は大丈夫だ。何があったかは説明する」
とりあえず、これ以上泣かれると困るので、二人を隣のベッドに俺と向き合う形で座らせ、事実かどうかはさておきとりあえずは納得できるであろう推察を語ることにした。
こういう事態の経験値がない俺にとってはここで何をすれば二人が安心してくれるのかは分からないが、とにかく今は行動だ。
「まず、二人とフォールは髪の毛やら何やらを乾かしていた。ここまで良い?」
「うん……良い」
未だに涙目のまま、モミジが鼻声で答える。
「その時俺は暇だったから、収納空間の整理でもしようかとベッドに寝っ転がったんだ。そしたら――信じられないだろうけど、神を名乗る変な奴のいる空間に飛ばされたんだ」
「……でも、スマル、ここにいた」
ユキの指摘はもっともだ。
飛ばされたという割に俺の身体は現実世界に残っていたのだからな。
「そう、そこなんだが、どうやら精神体? 魂? だけが飛ばされたみたいでな。身体はここに取り残された状態で飛ばされてたんだ」
「じゃあ、今は戻って来てるのね」
不安そうなモミジの問いに、俺は首を縦に振ることで答える。
鼻をすすりながらではあるが、二人とも段々と落ち着いてきたようだ。
「そこで何かされるでもなく、暇だったからとちょっと話をしてな、それで帰ってきた」
今回も何やら力を授かったが、二人には言わないでおく。
ヴォルムが言うには神は質の悪い連中のようだし、そんな奴らにモミジとユキ、フォールが目を付けられたら俺は守り切れる自信がない。
既に存在は知られているだろうし、俺を脅そうと思えばその材料になることも分かってはいるのだろう。
こうやって一緒に旅をしている時点で危険なことには変わりないのだが、少しでもリスクが減るのなら、俺は二人が極力神から遠ざかるようにしたかった。
「それから意識が戻って二人が泣いてるのを見たってわけさ」
「……泣いて、ないし……」
鼻を真っ赤にして誰がどう見ても泣いていたのは明らかのユキだが、何とも微笑ましい様相で頬を膨らませる。
俺はそれを軽く流し、二人の様子を見る。
モミジはさっきまでの号泣っぷりからは考えられないくらいに穏やかになっていて、嗚咽も収まり見る限りでは大丈夫そうだ。
ユキはそもそもそこまで泣いていなかったというのもあるが、落ち着いているようである。
フォールは俺が説明を始めた時点でだいぶ素っ気ない感じではあったが、今は完全に興味を失ったかの如く丸まって眼を閉じている。眠ってはいないようだ。
「どうだ? 納得できたか? そろそろ落ち着いてきたと思うんだが」
タイミングを見計らって、俺は二人に声を掛ける。
まだ少しの不安はあるようだが、モミジは頷き、ユキも「……大丈夫」と返してくれた。
とりあえず脅威ではなくなったからか、少し張っていた空気が緩み、場に静寂が流れた。
今思うと共に旅をする仲間に隠し事をすることになってしまったのは心苦しいことである。
事情があるとはいえ、俺は自分で思っていた以上にこういうことを嫌い、心労を感じてしまう質の人間であるらしい。
それが良いのか悪いのか、そんなことは分からないし、人によって違うのだろうが、今はそれを何とも鬱陶しく感じた。
「それじゃあ、寝るか」
フォールはもう半分眠っているし、二人も泣きつかれたのか今度は眠たそうな顔をしている。
俺はそこまで眠いというような気はしていないが、睡眠やら休養やらが長くなる分には何も不満はない。
さっさと寝て、明日に備えるとしよう。
それから俺たちは、各々ベッドに潜眠りについた。
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ベッドの上で横になり、俺は考え事をする。
なぜ、ボードは俺があの目が痛くなるくらいに色であふれた空間にいる間の時間経過をヨロウのようにいじらなかったのか。
単純にいじれるほどの力がない可能性もあるが、神である以上それは考え辛い。
だとしたらやはり娯楽のためということになるのだろう。
俺が見たものをそのまま見れるのだとしたら、二人の泣き顔を見ていたということか。
俺は人の泣き顔なんてものを見ても楽しいとは思わないが、神様ならそれを見て笑っていても何もおかしくはない。
まだ二柱の神にしかあったことはないが、力の代償を教えてくれなかったり、人の慌てる姿を笑ったり、この世界の神というものは俺のイメージしていた神様とはかけ離れた趣味の悪い存在なのかもしれない。
何にせよ、あまり良い気分ではないことは確かだ。
俺はそんな気分を紛らわすためにも、目を閉じ寝ることに専念する。
寝よう寝ようと思った時ほど寝れなくなるものだと思っていたが、ほどなくして俺の意識は闇の中へと落ちていった。




