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第四話 救済

「――、――――。―――――、――――――――」


 意味不明な声が聞こえた方を振り返ると、そこには一人の男が立っていた。


 ツンツンとした赤髪に、鋭く光る眼。背丈は高くなく、だが決して低いとは言えないくらい。旅でもしているのか、端が擦れたローブを羽織っている。そのせいで首から下のことは分からないが、肩幅やローブの大きさからおそらく細身だろうということが窺える。そんな男だ。


 何を言っているのかは全く分からないが、その表情は穏やかで、俺が生きているのを見て安心しているかのようだ。

 さっきの言葉も「生きてて良かった」とかそんな類の言葉だろう。


 と、言うことは、もしかしてこの人は俺の親か何かだろうか。

 それともたまたま通りかかった旅人だろうか。


 どちらにせよ、一人でこの森にいられるくらいには腕の立つ人であるか、仲間が近くにいるのだろう。

 色々と疑問は尽きないが、ひとまずは身の安全が確保されたようだ。


 安全確認ができて安心すると、不思議なことに強烈な眠気が俺を襲った。

 まだ起きたばかりだったはずだが、どうにも赤子の身体は睡眠が必要らしい。

 まだもう少しこの男を観察していたかったが仕方ない。


 早々に眠気に抗うことを諦めた俺は瞼を下ろそうとするが、そこに思わぬ横槍が入った。

 狼の遠吠えが聞こえたのだ。


 サァ、と頭から血液が抜けていく感覚。

 と同時に脳裏に昨日の映像が流れ、治まっていたいた感情が爆発を起こしたかのように蘇る。

 手足は震え、まだ歯が生えそろっていない顎はカタカタと震えていた。


 そんな俺の姿を見た男は俺の近くまで来ると、顔を覗き込むようにして頭を撫でた。

 焦点が定まらず、彷徨っていた視線が一瞬その優しい表情を捉える。

 だが、間を置かずにまた視界がぼやけてしまった。


「うぅ、わぁぁぁぁあ!」


 俺が泣いていたからだ。

 このまま泣いていていては狼に居場所を教えるようなものだとか、男の邪魔になりそうだとか、俺の理性は泣いてはいけないと言っていたが、俺はそうできなかった。

 それくらい強い――俺が持っている程度の理性では到底太刀打ちできないほどの本能が泣くことを強要していたのだ。

 ついでに下半身に不快感が広がる。

 ……何が起きたのかは言うまでもない。


 ぼやける視界でも、曖昧だが何がどう動いたのかは分かる。

 今だって、俺の目は涙越しに茶色い物体が何匹も集まって俺たちのことを囲んでいるのを捕捉しているのだ。

 結界が破られたことを思い出し不安が込み上げてくるが、男は特に変わった様子を見せない。

 だから、きっと心配することはないのだろう。


 しかし恐怖が遠ざかっても涙が止まる気配は皆無だ。

 依然として大声で泣き散らしている。

 そのせいで狼もだいぶ集まってしまった。


 それはもう、視界の半分が茶色に染まるくらいには集まっていたのだが、ただ泣いているだけの赤子にここまでの戦力がいるのだろうか。


 妙だと思いつつも、ごしごしと腕で涙を拭いくっきりとした視界で前を見ると、そこには五十匹ほどの狼と、いつの間にか刀を構えた男が立っていた。

 男は数秒狼との睨み合いをすると、狼が動いたのに合わせて手に持つ刀を一振り。

 鮮やかな赤を撒き散らしながら狼の首が刎ね飛んだ。


 それからは完全に一方的な戦闘――否、蹂躙が広がるだけであった。

 狼の攻撃が男に及ぶことはなく、男が動いたかと思えば狼はまとめて吹き飛ぶ。

 刀が狼に触れたようには見えなかったのだが、どういうわけか狼の首が飛ぶ。

 また一匹、また一匹、今度はまとめて。

 そんな光景だ。


 それも、五十匹ほどいた狼が十秒にも満たない短い時間で壊滅させられたのだ。

 それを見た俺は恐怖とか安堵とか、そんな感情を発するよりも、あっけなく消えた危機に呆然としていた。

 当然、涙も泣き声も震えも止まっている。


 狼の軍勢に、始まる前は過剰戦力ではないかと思っていたが、実際にはむしろ逆。

 男と戦うには数が少なすぎたのだ。

 というか、きっとこの世にいる全ての狼を引き連れてきたとしてもこの男には勝てない、どころか戦闘にすらならなかっただろう。


 風貌からは考えられない強大な力を持ったこの男は、一体何者なのだろうか。

 あるいはこの男が特段強いわけではなく、この世界ではこれくらい戦えるのが普通だというかのせいもあるが、だとしたら俺の未来はどうなってしまうのだろうか。

 非戦闘職一択になってしまう気がする。

 軽く異世界で最強になるような展開を期待していたので、そうでないことを願う。


 そう俺があることないこと考えていると、男が俺を抱き上げた。

 戦闘直後に抱き上げるな、と言おうとしたが、見ると男は汗の一粒もかかず、返り血も全く浴びていない。

 汚れていなければ、特に文句はなかった。


 男がまた何か言っているようだが、俺はその言葉が何を意味しているのかを理解することができない。

 まだ赤子なので困ったことはないが、早く言語を覚えないと何かと不便だ。

 それに、この身体に元の持ち主がいるのならすぐに中身が違うことがばれてしまうだろう。

 いなければそれでいいのだが、俺が読んだことのある展開にそんなものはなかった。


 歩き出した男の腕の中で、俺はその心地よい揺れに再び眠気を誘われていた。

 眠ろうとして眠れなかったのだから仕方ない。


 今度こそ誰にも邪魔されず、ここに来てから初めての心から安心しての睡眠に、どうせなら物語みたいに美少女に助けられたかったという何とも贅沢なことを考えながら、俺は意識を投げるのだった。

先週や先々週に比べて更新が遅くなりましたが、週末更新ということで金・土・日のいずれかに更新があると思ってください。


来週、再来週は特に忙しくなるので次話更新が厳しいです。

来週は出来たらしますが、基本はないものだと思っていてください。

ちまちま書いて再来週は更新できるようにします。

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