第百九十九話 勧誘
「なぁ、俺が魔物食ってるって言ったら、どうする?」
突拍子もなく、ヴォルムは男に声をかけた。怪訝そうな顔をして男が振り返る。質の良い、頑丈そうなローブがひらりと揺れた。
「…………」
意図の読めない質問に戸惑っているようで、なかなか答えが返ってこない。しかし、ヴォルムは待った。自分も同じ状況に置かれたら、きっと似た反応をしたからだ。ここで素早く返せるかどうかなんてのは今後の展開に何も関係がない。もっと言えば、どんな返事かもそこまで気にしていない。問題は話を聞いてくれるかどうか。その一点だけだった。
「……どうもしねぇよ。気持ち悪ぃとは思うけど」
その返答を聞いて、ヴォルムは空いていた隣の席に座った。
「魔物を食うのは、気持ち悪いか」
続けざまに問いかける。やはり男は得体の知れないものをみるような目でヴォルムに目を向け、今度はすぐに首を振った。
「別に、魔物を食うことはキモくねぇよ。俺だって食料がそれしかないってんなら食うだろうからな。俺が言ってんのは、一般的には食わねぇはずの魔物を食ってる、そのことを自慢げにひけらかしてきたお前のことだよ」
それから男はグラスに半分ほど残っていた酒をグイッと一気に流し込むと、席を立った。
「酔っ払ってんのか何だか知らねぇが、俺は妙な戯言を聞くために酒場に来てんじゃねぇんだ。もう絡んでくんなよ」
そんな捨て台詞を残して。
しかし、忠告のつもりか何だか知らないが、それを素直に聞いてやる義理なんてものはヴォルムにはなかった。店から出ていく男に追従して、ヴォルムも店を出る。少し歩いたところで再び声をかけた。
「で、お前は何食べたんだ? 鳥か? 蜘蛛か? それとも人型か?」
背中越しに三度目の問いを聞いた男は身体ごと向き直り、鋭い目つきでヴォルムを睨みつけた。今にも襲い掛かってきそうな雰囲気で、しかし、そのままたっぷり十秒、お互いに動くことはなかった。
「……俺がさっき言ったことを、聞いてなかったのか? お前に絡まれるのは不愉快だ。今すぐ失せろ」
立ち上がった男は大柄で、ヴォルムよりも頭一つ分背丈がある。上から見下ろされると中々に迫力があり、身震いしてしまうほどの威圧感も持ち合わせていた。下調べ通り、強い。ヴォルムは対面してそう確信した。しかし、だからと言ってここで引くわけにはいかない。むしろ、もっと前に出なければならない場面なのだ。ヴォルムは強者を仲間にするためにこうして動いているのだから。
「まぁ待て、そう怒るな、悪かったから。別にぶっ飛んだ話がしたくて声をかけたわけじゃないんだ。変なこと言って悪かった。謝るよ」
「悪いと思ってんならさっさと立ち去ってほしいもんだが」
ごもっともな要望はスルーして、ヴォルムは本題に入る。
「仲間になってほしいんだ」
それを聞いて一瞬、男は驚いたような顔をしたが、鼻で笑うとヴォルムと目線を合わせて、顔を近づけた。
「俺が誰だか分かって言ってんのか? この町で、一度も、誰とも、組まずにやってきてんだぞ。それに申し込む内容じゃねぇだろうが」
「話を持ち掛けちゃダメなんてルールはないからな。で、どうなんだ、仲間になってくれるのか?」
「なるわけねぇだろうが、お前みてぇなイカレた奴の仲間になんざ」
今までずっと一人だった人間にはそれなりの理由がある。男だって例に漏れず何かしらの事情を抱えているし、優秀であることが知られているのにも関わらず一人を貫いているのだから、一筋縄ではいかない何かがあるのだろう。予想通り、ただ頼んだだけで仲間になってくれるはずがなかった。
「イカレた、ねぇ……」
「あ? 何笑ってんだ」
だからと言って、はいそうですかと諦めるわけにはいかない。先程は知らないのかと煽られてしまったが、大事な仲間になるかもしれない人物だ。もちろん、事前に調べられることは調べ上げている。どうして一人でいるのか、その理由となる事情もしっかりと把握済みだ。その上で、ヴォルムは次なる一手を打つ。
「イカレついでに言っておくと、俺たちの最終目標は神を殺すことだ」
一拍置いて、男が「はぁ?」と特大の疑問符を浮かべる。
「お前、こんな往来でなんてこと言ってんだ」
「怖いか? 俺はいくらでも言えるぞ。神を殺す。恋人の仇だ」
男に焦りが見え始める。流石に周りに人がいる中で、会話相手が不穏なことを言い出したら困るみたいだ。見方によっては、既にその仲間として認識されているかもしれないのだから。
「やめろ! 俺を巻き込むな! そんな姑息な手で引き込めると思うなよ」
最早、話を聞く気もないのか、男は踵を返して走り出した。逃げたのだ。自分が関係ない人間だと主張するように、男はこの場から離れようとした。しかし、それを黙って見過ごすわけにはいかない。何としてでも、この場で仲間にするのだ。
ヴォルムは手に入れた魔物の能力を使い、男の目の前に移動する。男にだけ分かるように腕の一部を変質させて見せ、誘い文句を放った。
「俺は怖くないぞ。神を殺すと往来で宣言するのも、魔物の力を他人に知られるのも」
立ち止まる男に続けて言う。
「お前は強いんだろう? そう聞いたぞ。だから、仲間になってくれ」
男の顔はどう見ても乗り気ではなかった。ただ、迂闊なことは言えない。今の状況をそう理解しているようだった。はじめは頭のおかしい変な奴が絡んでくるくらいの認識だったのかもしれないが、今は完全に敵か、あるいは化け物か、対等な存在としてヴォルムを見てくれるようになった。だからと言って仲間になってくれるとは限らない。ここがようやくスタートラインだ。はっきり言って今日はこれ以上話を進める必要はない。返答は後日、ゆっくり考えた後で聞いたって良いのだ。
「……俺に、何をさせるつもりだ」
なんてことを考えていたら、男が小さな声で言った。
「さっきも言っただろう。戦うんだよ。今よりずっと強くなって、戦う。それだけだ。まぁ、色々考えることはあるだろうからな。返事は今すぐじゃなくて良いぜ。いずれ聞きに来る。その時に答えてもらえれば」
そう言ってヴォルムは男に背を向けた。もう夜だから、拠点に帰るのだ。リフィルの任務は最低でも三日くらいはかかりそうだとのことだったので、今日は一人だ。少しだけ寂しさを感じながら、歩き出す。すると、後ろから声がかかった。
「待て! なるぞ、なってやる、仲間に。これで良いか」
内心、驚きでいっぱいだ。どういう心境で即決しているのか。誘っておいて理解できなかった。しかし、それを表に出すわけにはいかない。ヴォルムは神妙な面持ちで振り返り、男に視線を向けた。必死で、真剣で、鋭い目がこちらを向いていた。
「……明日、同じ場所で。詳しい話をしよう」
仲間が増える。まだ確定していないことでも、嬉しかった。
来週の更新はお休みです。




