第百八十九話 親切
結局、ヴォルムたちは追加で取り調べを受けたり、妙な疑いをかけられたりすることなく町の中に入れてもらえることになった。やけにすんなり入れてもらえるから、むしろヴォルムたちの方が面倒なことに巻き込まれたのではないかと疑ったりもしたが、渡された書類を読む限りでは面倒事に強制参加させられるようなことはなさそうだった。
「ここが、あなたたちの部屋です。余程のことでなければ、この中では自由に過ごしてもらって構いません。寮内でのルールはそちらの資料に書いてありますが、何か質問はありますか?」
今は仮の宿として、この町を守る憲兵隊が暮らしている寮の案内をしてもらっている。この建物の丸々ワンフロアを保護対象が自立できるまでの仮宿として使わせているようなのだ。ワンフロアと聞いたときにそんなに多くの部屋が必要になるのかと疑問に思ったが、部屋がすべて埋まっているのを見るに、結構な需要があるようだ。
「それじゃあ、他の部屋にはどんな人がいるのかを聞いても良いですか?」
そんなに長い期間ここのお世話になるつもりはない。にしても、部屋が埋まっているとなると、流石に誰にも会わないまま過ごすなんてことは無理だろう。人間関係を円滑に構築するために、何か情報があれば事前に知っておきたいのだ。特に、注意すべき点があるのなら、知っておきたい。意図せず怒らせてしまったら面倒だからな。
「私の知っていることだけにはなってしまうのですが、まず、ここで暮らしている人はもれなくあなたたちと同じようにお金に困っていて保護してもらっているそうです。なので、日中は働いてお金を稼いでいます。ゆくゆくは自分の力だけでこの町に暮らすことが目的の人が多いですね。とりあえずは外で仕事ができるくらいの人間しかいないので、心配しているようなことはないと思いますよ」
露骨に顔にでも出てしまっていただろうか。あるいは、新天地に不安を抱えているとでも思われたのだろうか。別に何かを心配しているというよりは面倒を回避したいだけだったのだが、そこを訂正した所で仕方がない。ヴォルムはお礼を言って、早速部屋の中に入った。
「部屋の中の説明は要りますか? 特に変わったものは置いていないはずなんですけど、元々暮らしていた場所とは文化が違うということもあると思いますし、分からないことがあったら何でも聞いてください」
それから、一通り部屋の中を見て回った二人は特に使い方の分からないものや、何のために存在しているのかが分からないものがないことを確認して、案内をしてくれていた青年にその旨を伝えた。
「それでは、私はこれで失礼します。何か困ったことがあったら、私含め、憲兵隊の人間を頼ってください。可能な限り全力で対応しますので」
青年はそう言って部屋から出て行った。とりあえず、ヴォルムは近くにあった椅子に腰かけた。
「ひとまず、これで説明は全部ですかね……?」
「どうだろうな。この後、夕飯の時間があるだろ? そこでまた何か用意されてるかもしれない」
明らかに疲弊した様子のリフィルが、椅子にフラフラと寄って行って座る。なぜこんなにも疲れているのか。それは、この町の人たちの親切によるものだった。初めの親切は門でのことだった。
ヴォルムたちはそこで、まず滞在期間を聞かれた。それは、保護内容を決めるために必要な情報だそうで、例えば、短い期間しかいないのだったら、自立がどうとかは深く考えずただ宿を提供してやれば良くて、逆に長い期間滞在するとか、この町に住むつもりだとか、そういった場合は自立できるように支援してやらなければならないのだそうだ。ヴォルムたちは目的を果たし次第出ていくつもりだ。だが、それまでには恐らく時間がかかるだろう。住むつもりはないが、長く滞在する。そう伝えると、今度は継続的に必要となるお金をどう稼げば良いのかの説明になった。それがとんでもなく細かく長かったのだ。どこで仕事を斡旋してもらえるとか、仕組みとしてどうなっているのかの話は良い。必要な情報だからだ。しかし、具体的にどんな仕事があるとか、割の良い仕事の見分け方とか、挙句の果てには仕事を効率良くこなすコツなんてものまで教えてくれた。そういうのは、自分で仕事をする中で覚えていくことではないのか。ありがたいながらも、今ここでそんなに時間を使って説明しることかと聞かれたら、そうではないような気がしてならなかった。
それから寮まで連れて行ってもらったのだが、そこでも親切にしてもらった。寮に着くまでの間、目に入った建物を逐一説明してくれたのだ。ここのご飯は美味しいだとか、特にどの料理が絶品なのだとか、服を買うならここに来ると良いとか、主にお店のことを教えてもらった。それもやはりありがたいのだが、自分で開拓するものではないのか。それに、恐らく何も気にせずに歩いたら十分くらいで着くだろう道のりに三十分もかけるのはどうなのだろうか。
あまりにも遅い行軍。それは、この町では割と頻繁に見られる光景なのだろう。町の住人から「頑張ってね」なんて言われながら果物を貰ってしまった。別に、それが嫌だというつもりはない。ただ、こんなにも町全体で親切と言うか、優しいというか、お節介を焼きたがるのはどういうことなのだろうかと、文化の違いに驚くばかりであった。ちなみに、二人が同部屋なのも恋人だと聞いて気を回してくれたからだ。設定なのだから気にしなくても良いのに。
初めは「親切で良い人たちですね」なんて笑っていたリフィルも、今では疲労が隠せていない。ヴォルムも今までにない構い方をされてこの町での暮らしに不安を感じていた。
どうやら、この町は相当裕福で余裕があるらしい。フロアを一つ埋めてしまうほどに困っている人を保護できるのも、町の人がみな笑顔で人のことばかり気にかけているのも、財力と心に余裕がないとできることではないからだ。果たしてこの町で堕落せず、復讐のための牙を持ち続けることができるだろうか。それは贅沢な悩みではあったが、長い命を獲得したヴォルムにとって、生きる意味を失うかどうかというのは切実な悩みでもあった。
「とりあえず、あの態度に裏がないかどうかだけ、今は気にしておこう。親切を疑いたくないが、度が過ぎるのは逆に怪しいからな……」
予想外の疲労を抱えて、町での暮らしが始まった。




