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第十九話 立場逆転

 俺は今、ヴォルムと話をするべく、向かい合って座っている。

 初めは俺が質問をしていたはずなのだが、三つ目の質問をしたと思ったら立場が逆になっていた。


「その話、詳しく教えてくれ」


 そう言ったヴォルムはいつものふざけた気配を消し、らしくない激情に熱くなっている。

 怒りなのか恨みなのか、鋭い眼差しは(はた)から見ても身が竦むだろう。

 俺はそんな眼差しの先にいるわけで、完全に萎縮してしまっていた。


「お、俺がおかしいと思ったのはイチョウを見捨てようとした時だ」


 話さないと命の危機さえ感じられる威圧に、俺はその話――自称神に会った話を始めた。


「助けられないと分かって食堂に戻ろうとした時、急に気分が悪くなって、頭に『つまらない』って声が響いて、急に引き金のイメージが頭に流れ混んできたんだ」

「ほう、それで、その引き金を引いたと」


 一応補足しておくと、この世界には科学というものがないのだが、代わりに発展した魔術やその他の技術を用いた銃器の類が存在する。

 初めは国家間の戦争用として大砲クラスのものが開発されたようだが、現在は魔力の少ない人が自衛のために持つ道具としても普及している。

 なんでも少ない魔力を圧縮することで高い威力を発揮できるようにしているのだとか。

 便利なものだ。


「ああ、目眩が酷くてな、縋れるものがあったらなんでも縋っただろうよ」

「それで、引いたらどうなった」


 引き金を引いた直後のことは、実を言うとあまりはっきりとは覚えていない。

 なにせ意識を失ったのだ。

 俺はあんな切羽詰まった状況で周りを見れるほどの人間ではない。


「視界が、真っ白になって……それから……気付いたら何もかもが白い空間にいた」


 俺は話しながらそこであったことを思い返す。


「そこで女に声を掛けられたんだ。自称神のヨロウって女で、ブロンドの長い髪と布を巻いただけの服装が特徴的だった」

「ヨロウ……『癒し』の神か……」

「ん? ヴォルム知ってるのか?」


 俺はまだ何の神だったかは言っていなかったはずだが、ヴォルムの言ったそれはまさしくヨロウが名乗っていたのと一致するものであった。


「ああ、神なら全員知っている」


 知りたいというから話していたのに、意外なことにヴォルムは全ての神を知っているのだそうだ。


「俺の所有物に手を出したまま制裁を受けていなければ、改心しているわけでもない唯一の存在だ」


 再びヴォルムから強い怒気が発せられ、俺に向けられたものではないのに身体が震えてしまう。

 それに気付いたヴォルムはすぐに抑えてくれるのだが、それでもしばらくは震えが止まらないほどの威圧だった。


「知っているなら、なんで話を聞きたいんだ?」


 そこで俺は、早く話を終わらせ、恐怖を振り切るために話題を進めることにした。


「言っただろう、あいつらは俺が反撃しても被害のない数少ない存在だ。接触して何もないなら良いが、もし何かあったらどうにもできない。こうやって話ができているから大丈夫なのだろうが、念のため何があったのかは聞かせろ」


 思っていたよりあの神とやらは悪質なようで、こちらから反撃ができないのを良いことにちょっかいを出してくることがあるそうなのだ。

 娯楽のために世界を引っ掻き回す、神が悪役の場合にはよくある話だ。

 そんなものにデカい態度をとっていたのだと思うと、肝が冷える。


「わ、分かった。俺はヨロウが神なのか確証がなかったから、証明してくれと頼んだ。そしたら部屋の色を真っ黒にして、時間がないとか言い始めたんだ。それからは力を押し付けられてこっちに戻って来ただけだ」

「力の代償の話はしなかったのか?」

「ああ、忘れてたんだとよ。実際に使ってからのお楽しみだって」

「…………」


 俺が話を終えると、ヴォルムは何かを考えこむようにしてゆっくりと言った。


「使ってみて、何か失ったものは?」

「ないと思う。思い当たるものは全部残っていた」


 これに関しては自信を持って言える。

 というのも、そもそも俺が差し出せる、代償になり得るものが少ないからだ。

 さすがに寿命を何年分とか言われると分からないが、意地悪な神だったらそんなものより誰か身近な人の命を取ったりするのだろう。


「それで、どんな力だった」

「実は、ヨロウは使い方を教えてくれていなくてな、銃をイメージしたら光が手に集まってきて、それをイチョウに撃ったら着弾と同時に傷が治っていた」


 途中情けないことになっていたのは必要ないので言わないでおく。


「その後はすぐに倒れたのか?」

「ああ、初めはそれが代償かと思ったが、違うだろうな。釣り合わないししっくりこない」


 これが擦りむいた膝を治すくらいなら理解できるのだが、切れた動脈を治すのは簡単ではないはずだ。


「確かにな、死者蘇生は死んだばかりとはいえ手軽に行えるようなもんじゃない」


 ヴォルムもこの意見には賛成の……って、え?

 死者蘇生?


「ヴォルム、死者蘇生ってどういうことだ……?」


 俺が見た限りではイチョウは生きていたように思ったが、もしかしてあれで死んでいたのか?


「どうもこうもそのままの意味だよ。死んだイチョウを蘇生したんだ」

「え? 死んでたって……なんで分かるんだよ」


 ヴォルムはあの場にいなかった。

 その上自分で隠蔽の結界を張ったと言っていた。

 森の中を動き回りながらイチョウがどうなっていたかなんて分かるものなのか……?


「なんでって、生命探知に引っ掛からなくなったから死んだと思ってたが、違ったのか?」

「いや、分からない。素人が見て生きてるかどうかなんて分かるわけないだろ。俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ。隠蔽の結界があって、森の中を動き回りながら様態が確認できるのかって言いたかったんだ」


 生命探知。これがあれば確かに静止に関しては正確な情報だろう。

 ヴォルムが慌てた様子を見せないのは、死者蘇生を自分もできるからと考えるのが妥当か。


 俺は数秒、この他に何か訊いておくべきことがないか考え、口を開いた。


「俺から訊きたいことはこんなもんだ。ヴォルムは何か俺に話してほしいこととかあるか?」


 ヴォルムも一瞬何かを考えたが、すぐに答えを返してきた。


「いや、俺の方もこんなもんかな。言っておくとすれば、代償が何だったか気を配ってほしいってのと、何か気付いたことがあったら何でも言ってほしいってことくらいかな。あ、あと神の力は便利だが、金輪際使わないことをお勧めしておくよ」

「分かった。気を付ける」

「じゃ、今度こそ授業は終わりだな」


 そう言ってヴォルムは立ち上がると、部屋から出て行った。

 その後ろ姿にはもう荒れ狂った感情は残っていなかった。

 さすがといったところだ。


 対する俺はまだ気持ちの整理ができていない。

 衝撃が強すぎたのかもしれないな。


 絡まった思考をほぐすべく、俺は一人残された部屋で魔力をグルグルと操作するのであった。


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