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第百六十三話 葛藤

 聞きたいことがあるというのは洗い物の手伝いをするためについてくる口実のようなものであったが、嘘というわけではなかった。いずれ聞いておかなければならないと考えていた話題があるのだ。

 しかし、ヴォルムは中々切り出せないでいた。現在、手伝いをしているという状況で話すべきなのかという躊躇いがあるのもそうだが、自分が置かれた状況をどこまで説明すれば良いのかの線引きが上手くできていなかったからだ。


「それが終わったら洗えたものから拭いてもらうので、棚から布巾を取りだしておいてください」


 そんな葛藤を知っているのかいないのか、リフィルは変わらぬ様子で指示をくれる。ヴォルムの方をチラチラと気にしながら、今取り組んでいる作業が終わる前に次に何をすれば良いのかを教えてくれるのだ。そのタイミングが適切なのか急かされている気はしないし、いちいち作業内容を聞かなくても良い。作業が難しくないこともあって、とても楽な環境だった。

 その楽な環境にしばらく甘えて濡れた皿を拭き、重ね、棚に戻す。特別、会話が弾んだとか、良い雰囲気だったとか、そういうことはなかったが、無心で作業をすることでいくらか心が落ち着いたような気がした。


「ふぅ、こんなもんかな」

「はい。ありがとうございます。結局、最後まで手伝わせてしまいましたね……」

「良いよ。俺がやりたくてやってたんだから」


 すっかり片付いた台所を眺めながら会話をする。何かやり残したことがないか、最終点検だ。


「でも、助かりました。何をやらせても手際が良いので」

「そうか? リフィルには遠く及ばないと思うが、まぁ、そう思ってくれたなら良かったよ」


 実際、作業速度を比べたら全てにおいてリフィルの方が速かった。ヴォルムも一通りのことはできるつもりであったが、流石に普段からここで同じようなことをしている人間にはかなわないのだ。

 それでも、助かったというのは本心からの言葉なのだろう。負担を減らせたならそれで十分。自分の仕事にはちゃんと意義があったのだと素直に褒められておいた。

 そんな時、不意にリフィルがこちらを向いた。どこか心配そうな、不安を煽る表情でこちらを見つめてくる。


「な、なんだ……?」


 思わず聞いてしまうと、リフィルははぁ、とため息をついてから口を開いた。


「……助かったには助かりました。それには感謝しています。でも、あんまり無理はしないでくださいね。自分の体調はある程度分かっていると思うのでもう口出しはしませんけど、昨日は倒れていたんですから。体調が優れない時は素直に休んで心配をかけないようにするのもお手伝いだと思ってください」


 思っていたよりも真剣な声音と眼差し。本当に体調はもう全快と言っても差し支えないレベルで回復していて、むしろ調子が良いくらいなのだが、何か反抗できない圧を感じてヴォルムはただ頷くことしかできなかった。

 それを見て満足げなリフィル。そういう反応をされると無駄な心配をかけるのが申し訳なくなってくるので、今後は気を付けようと思うのであった。


「今日はもう、手伝うことはないか?」

「そうですね。今日中にやっておかないといけないような仕事は今ので最後です」


 念のため仕事が残っていないかの確認だけして、ヴォルムはならばと部屋に戻ろうとした。片付けが終わったならこれ以上ここにいる必要はないし、何より少し一人で考え事をしたかったのだ。リフィルにどう説明するのか。片付けの最中にも考えてはいたものの、結局答えが出せなかった。安全のことを考えるのなら一切を隠すのが最善であることは分かっているのだが、目的のために協力してもらうためにはある程度の情報開示は不可欠だ。いっそのことすべて話してしまって彼女を危険にさらすことになっても気にしない精神の持ち主なら良かったのに。不必要なものであったとはいえ助けてくれた相手が不幸になる原因に、積極的になろうとは思わなかった。

 踵を返して一歩踏み出す。しかしその時、引き留める声があった。


「あれ、何か聞きたいことがあるって言ってませんでしたっけ」


 ヴォルムの動きがピタリと止まる。確かにそう言ってついてきたわけだが、まさか本当に聞きたいことがあると思っていたのか。それはただの口実で本当は手伝うためについてきたという解釈をしたから体調を気にしながらも手伝わせたのではないのか。

 刹那の内に、ヴォルムの心中では愚痴にも似た思考がなされていた。と同時に、その真意がどこにあるのか、彼女の様子から探ろうと注視する。そのとぼけた表情からは言葉以上のことは読み取れなかった。


「そういえば、確かにそんなことを言っていたような」


 つまりは本気で言っている。そのことに戦慄しながらもヴォルムは打開策を考えた。正直なところ、どう考えたって今ここで話すことではない。ならば、どう話を逸らすべきか。


「……でも、やっぱり考え直したって言うか、少なくともここで話す内容じゃないなって。だから、気になるんだったら後で部屋に来てくれ。そしたらそこで話すから」


 努めて冷静な態度を心掛けて、そう伝える。とりあえずは少しでも時間が稼げればどうにかできると踏んで、一旦一人になる時間を作ろうという魂胆だ。あまり自信はないが、今よりはマシになることも確かである。その時間に賭けるのだ。

 先程聞いた限りでは手伝うような仕事はもうなさそうだし、彼女がいつも何をしているのかは知らない。だが、流石に全くやることがないというほど暇なわけでもないだろう。リフィルがそっちの用事に時間を使っている間が勝負だ。

 早速、ヴォルムは頭の中で未だに決めきれない部分を精査し始める。しかし、またしてもリフィルの声によって遮られることとなった。


「そうですか。丁度時間があるので、今からお部屋に向かいましょうか。あ、長くなりそうならお茶でも淹れますか?」


 完全に読み違えた。本当に何もやることがないらしい。思い返せば、彼女はヴォルムの言葉をだいたい額面通りに受け取っていたような気がする。体調に関してだけは信じてもらえなかったが、それは例外として、言葉をそのまま捉えるのだとしたら、リフィルの発する言葉もそうである可能性が高い。それに気づいていれば、こんなミスはしなかったのに。

 返事も待たずにティーセットを取り出したリフィルを眺めながら、お湯が沸くまでに何とか脳を働かせるのであった。

作者多忙につき来週の更新はお休みさせていただきます。

次回の更新は再来週です。

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