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第百五十八話 来てしまった翌日

 咄嗟に頭に浮かんだのは死の一文字。命を消費して得た力なのだ。なくなれば死ぬ。そう思うとなんだかすべてがどうでも良くなってしまって、ついでに身体から力が抜けていくから、町に入ることもなくその場で倒れ込んだ。

 身体が動かないとなるとできることは思考くらいだ。だから考える。一体何がいけなかったのだろうか。たった一人の女性を守れればそれで良かったのに、命を削ってもそのたった一人を守ることすらできなかった。

 最初から命をエネルギーに変換していればどうにかなったのだろうか。確かに、それができていればあの場で戦いに負けることはなかっただろうし、早めに倒せていれば拠点の外周部で戦っていた部隊の援護に行けた。中からも、外からも、彼女がいたあの場には通さなかったはずなのだ。

 しかし、きっとそんなことはできなかっただろう。正直、今でもなぜあの場で妙な力を手に入れることができたのか分かっていないのだから。エネルギーを完全に掌握したと言っておきながら、こうして身体から抜けきって空っぽになるまで持て余したエネルギーをどうすることもできなかったのだから。

 時が巻き戻ったとしても、きっと彼女を助けることはできない。自分の力が及ばない領域が、確かに存在していたのだ。

 生を諦めてしまった以上、他の何にも必要性を感じない。あんなに守りたかった彼女も、死ぬのだからと思うとどうでも良く感じられる。それが酷く悲しくて、そんな思考をしてしまう自分が嫌でたまらなくて、でも、それすらも頭の隅に追いやられて。

 いつの間にか暗くなっていた視界に気付くと同時に、意識も暗く、深い闇に呑まれていった。


===============


 気が付くとヴォルムはベッドに寝かされていた。身体を起こして周りを見る。狭い部屋に、ベッドと机、それから椅子が一つずつ。いわゆる寝室といった内装で、これと言って特徴がないのが特徴のような部屋だった。次いで身体の調子を確かめる。手は動くし、足も問題ない。感覚器官に異常があるようには感じないし、意識も明瞭だ。拘束されているわけでもないから、どうやらまだ生きていて、誰か親切な人に倒れていたところを助けてもらったらしい。

 いっそのこと放っておいてもらえれば楽に死ねたかもしれないのに、なんて考えてしまうのは助けてくれた人に失礼だろうか。そんなことを考えながら、とりあえず部屋の外に出てみることにした。

 しっかりと両足で地面を踏みしめて立ち上がる。履物越しに、石材の硬く冷たい感触が足の裏に伝わってきた。命を削ったというのに、身体はいたって健康らしい。考えてみれば生命エネルギーは生きるためのエネルギーだ。きっと、ここまで逃げてくる間も健康維持や身体機能の維持に消費されていたのだろう。時間も忘れて駆け抜けてきたのに疲れていないどころかむしろいつもより調子が良いように感じられるのはそのお陰なのだろう。気分的にはそのせいで、といった方が適切だが――いや、もうその考えはよそう。

 頭を振って思考を散らす。それが終わると、自然とため息が漏れた。どうにも身体と精神が一致しない。そんな気持ち悪さで歩みを止めていたら、部屋の中で動き回る気配を察知したのだろうか。目の前の扉が開いて、向こうから人影が覗いた。一人の女性が驚いた表情でこちらを見つめ、固まっている。


「あの……」

「あ、起きたんですね。良かったぁ。丁度お水を持ってきたところなんです。どうぞ」


 寝ていると思っていた人間が扉を開けたら目の前に立っていたのだ。それは驚くだろう。彼女は勢いそのままに水の入った瓶とコップをのせたお盆を差し出してきた。


「あ、ありがとう」


 お互いに状況が良く掴めないままにお盆を受け取ったヴォルムは一旦一歩下がり、部屋の中に目の前の女性を招き入れた。女性はすぐに椅子のある方へ行くと手で机の上を指した。お盆を置けということだろう。ヴォルムはそれならなぜ自分に渡したのかと考えながら従った。それを見て女性が椅子に座ったので、ヴォルムはベッドに腰かけた。

 数秒、気まずい沈黙が流れる。先に耐えられなくなったのは女性の方だった。


「ええと、町の外で倒れているのを見かけたので勝手に連れてきちゃいましたけど、大丈夫でしたか? その、色々と。本来帰る場所とか、身体の調子とか……」


 丁寧な口調で話す女性からは心配の念が感じられた。逆に、それ以外は感じられない。純粋な心配でこうして助けてくれたのだ。ヴォルムはそれをありがたく思って、努めて好意的に接しようと心に決めた。それがたとえ不要な助けだったとしても。


「あなたが、助けてくれたんですね。ありがとうございます。体調はお陰様ですっかり回復しました。帰る場所も……ないので問題ありません」

「それは良かっ……あれ? 今、帰る場所がないって言いましたか?」


 ない、というかなくなった、というか捨ててきた、というかなんだろうか。とにかく帰らないからと心配してくれるような人がいる場所はもうない。にしても驚きすぎなように思える目の前の顔に何かおかしなことを言ってしまったかなとこちらが心配になってきた。そして、なんとなく勘違いがあることを察した。


「はい。言いました。でも、心配しないでください。旅人なんです。どこにも寄り付かず、旅をしているので帰る場所がないんですよ」


 だから、適当な嘘を吐く。余計なことを言って心労をかけるのは不本意だ。自分は今、旅人になった。ここにいる間はその設定を貫き通そう。


「そ、それでも故郷に帰ったりするでしょう。ない、なんて言っちゃダメです、もう……」


 早とちりで大袈裟な反応をしてしまったのが恥ずかしかったのだろうか。女性は少し顔を赤らめてわざとらしく水を汲んで渡してくれた。礼を言ってそれを飲みつつ、旅人というのもあながち間違ってはいないな。と、そんなことを考える。戦場からどれくらい離れたのか分からないが、長い距離を移動して、知らない町に訪れる。やっていることは旅人と変わらないように思えた。


「そうだ、俺、ヴォルムって言います。旅人です」

「そういえば、まだでしたね、自己紹介。私はリフィル。この教会でシスターをしています」


 よろしく、と言い合うと、自然と笑みがこぼれる。二人の間の気まずい雰囲気はいつの間にかなくなっていた。

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