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第百五十四話 開戦

 ヴォルムが現場の指揮官への認識を改めるとほぼ同時に、土嚢と木材で作ったバリケードの設置が完了したと報告が入った。背の高い壁ができたわけではないが、かがめば、あるいは伏せれば身体を丸々隠すことができる。急造のため強度にはあまり期待できなかったが、身体を隠せるというだけで安心感がある。それに、相手からしたらどんなものであろうと障害物であることには変わりない。少しでもストレスに感じてもらえるなら設置した甲斐があるのだった。

 また、先程までバリケードを作っていた兵たちが帰ってきてみると、案外その人数の多さが目に入った。本当に、総動員でバリケードの設置を急いでいたのだろう。敵襲に備えて休憩してもらうと、辺り一面が座り込む兵でいっぱいになった。

 その頃には救護班の避難も済んでいた。といっても、ただ奥まったところに集めておくだけなのだが。とにかく、それでも無意味というわけではない。この場において戦闘能力を持たない救護班と怪我人。しかし戦争をする上で今後必要不可欠である彼らを守るためには必要な移動だった。奥に配置することで敵の到達を遅らせ、それまでにできるだけ削る。そして、集めておくことでそこに味方戦力を集中させれば漏れなく守れる。単純で簡単な話のように思えるが、それでいて効果的であるのも確かだった。

 そんな重要なパートの守りを任されたのがヴォルムの隊である。できる限り被害を出してほしくないと、あの指揮官がここに配属したのだ。だが、ヴォルムはただこの遊撃隊から被害が出ないようにここに配置されたとは思っていなかった。隊の練度――要するに、強さ。一番大事なものを守る最終ラインなのだから、一番の戦力を置いておこう。それにふさわしいのはヴォルムの隊だ。そう言われているような気がした。実際、ここに元から派遣されていた兵は数こそ多いが個々の戦闘能力を見たらそこまで高くはない。連携に関しても一般レベルでヴォルムの隊に比べたら見劣りしてしまう。安直ではあるが、この配置は必然的で、かつ有効なものであった。


「敵襲! 敵襲!」


 一通り配置と、その場での準備が終わったころ、斥候の一人が件の遊撃部隊の姿を確認したらしく、敵襲来の知らせを叫びながら戻ってきた。指揮官から聞いていた作戦通りなら、斥候として出ていた者が進行の邪魔をするように横から攻撃を仕掛けているはずだ。それがどれほどの効果を持っているのかは分からないが、足止めとして機能している内に、陣の中では準備が整えられた。と言っても、元から気を抜いていた者などいない。既に総員しっかりと配置についている。準備というのは無駄に疲れてしまわないように楽な姿勢を取っていたものが構え直すとか、それくらいのことだった。

 ヴォルムたちも同じく、既に戦闘準備は整っている。最終防衛ラインであるヴォルムの部隊には、元々ここに配属されていた軍を突破した者がやってくることになるので、正直接敵してからすぐに戦うことになるとは思っていなかったが、それでも隊の緊張感は高まり、妙に静かに感じる空間の中で集中していた。


「来るぞ」


 五分ほど経った頃だろうか。遠くで聞こえていたはずの音が徐々に近づくのを察知し、ヴォルムは隊にそう言った。やはり、他の救護班の拠点と同じように、元から配属されていた人員だけでは守り切れないのだろう。しかも、音くらいしか情報がない中でも、相手の強さというものがなんとなく分かった。恐らく、敵は今までに二つの拠点を潰してなお余力を残している。

 いわゆる一騎当千というやつだ。正確には部隊だから一騎ではないのだが、少数精鋭であることには変わりない。同じようなものだ。途端、勝てるのだろうか。勝てなくても、守るべきものを守り切ることができるのだろうかと不安になった。しかし、そんなことを考えていられるほどの余裕はない。とにかく目の前の敵を退けるだけ。そう思って、ヴォルムはついに姿を現した敵と対峙した。

 まず辿り着いた敵は二人だった。


「おぉ? なんか、雰囲気変わったなぁ。もしかして後ろになんか隠してる?」

「で、あろうな。こんなに分かりやすいとは、せめて、戦闘だけでも我を楽しませてくれよ」


 乱暴な喋り方の大剣を持った男と、尊大な態度の男。どちらも大柄で、しかし、戦場に立つにはいささか軽装だった。それでいて傷一つ付いていないのを見ると、頭が痛くなってくる。軍勢とまではいかなくても、外側には多くの兵がいたはずなのだ。普通ならその中を突っ切って無事でいられるはずがない。それなのに、彼らは無傷だ。ただ身体が頑丈ならまだ良いが、きっと戦闘能力でここまで来ている。不安が大きくなった気がした。

 しかし、今さら何を言ったところで変わらない。結局はこの場で戦うしかないのだ。俺は隊員に目配せをした。瞬間、二人の隊員が余裕の表情を浮かべる敵二人に向かって針を投げた。針と言ってもちゃんとした武器だ。暗器と呼ばれる類の、殺傷能力のある針、それに魔力を纏わせて威力を上げたもの。ヴォルムの部隊が戦闘を始める際、先手を取るのによく使う手段だった。

 半ば不意打ちとなる高速で飛ぶ針を捌くのは難しい。避けようにも弾こうにもリスクがあるのだ。だからこそヴォルムの部隊はそれを開戦の合図とばかりに先手を仕掛けていたのだが、今回はそれが機能しなかった。いや、機能したように見えたのだが、見えただけだったのだ。


「こんな小細工で俺様をどうにかできると思ってんのかぁ? 舐めんなよ?」


 恐怖心というものはないのか、危機管理がなっていないのか、粗暴な雰囲気の男の方が心臓めがけて飛んでいく針を素手でつかみ取った。その際に手のひらを切っているのだが、出血を一切気にしていない様子だ。もう一人も黙っているが、針はその手の中にある。こちらは何やら障壁を張っていたようで、それに阻まれた針を拾い上げたのだ。

 当然、隙なんてものは生まれない。本来なら追撃をしていたはずの場面なのに、ヴォルムたちはこの作戦を使った戦闘で初めて、苦しいスタートを切ることになる。

 そして、それは彼らにとって最後の苦戦でもあった。

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