第十六話 神様との邂逅
世界が真っ白に染め上げられ、何も見えなくなった。
そう思ったのだが、実際にはこの空間にある全てのものが白いせいで境界が分かりづらくなっているだけであった。
と言うか、境界が生まれるほど物体がなかった。
なぜ俺がこんな場所にいるのか。
それは、なんだかよく分からないが目に見えないスピリチュアル的な何かの引き金を引いてしまったからだろう。
それこそなぜそんなよく分からないものを発動させてしまったのかと言いたいところだが、自分でやったことだ。
文句は言えない。
それに、誰だってあんなに強烈な嫌悪感に駆られたら俺と同じ行動をするだろう。
特段俺が変なことをしたわけでも、悪いことをしたわけでもないのだ。
と言ってもあれだけの嫌悪感はそう簡単に抱けるものではないだろうけど。
さて、目も慣れてきたことだし、少し動くとするか。
そう思って足を踏み出したその時、頭に何者かの声が響いた。
「そなたよ」
なんとも偉そうな声が急に聞こえたわけだが、俺は特に驚くことなく、確信を持って後ろを振り返った。
大抵こういう時は背後に陣取っているってのが定石だからな。
案の定――さすがに容姿までは予想していなかったが――そこには一人の女の姿があった。
その女は、ブロンドでウェーブのかかった髪を腰まで垂らし、鼻が高く整った顔立ちをしていて、黄金色の布を巻くようにして着ている。
最早衣服を着ていると言えるのかも怪しいそれの間からは、締まっているのに出るところは出る――いわゆるボンキュッボンな身体が惜しげもなく露出されていて、透き通るような白い肌は眩しく、神々しささえ覚えた。
この空間には俺とこの女の二人しかいないはずだが、一応確認のために自分を指さしておく。
「そうだ、そなただ」
俺であっていたようだ。
まぁ分かり切ったこと過ぎてだから何だって話なのだが。
とりあえず、
「誰?」
こんなところにいる時点で只者ではないことは確定しているのだが、名乗ってもらうことにした。
「む、そうであった、そなたはわらわのことを知らぬのであったな。わらわはこの世界の神が一柱――ヨロウという。覚えておくが良い」
依然、偉そうな態度のまま女はそう言った。
神様だから実際に偉いのだろうけど。
「神様、ね。証明できる?」
確かにその美貌は神がかっているが、だからと言って神だというのを易々と信じる気はない。
もしかしたら隔離空間に呼び出して俺をどうにかしたいだけの輩かもしれない――というのはないか。
俺に価値なんてものは無いだろう。
あったとしても、ヴォルムを呼び出す餌になるくらいしかできることはない。
今、まさしくそんな計画に巻き込まれているというならいくらか可能性はあるのかもしれないが。
「証明、とな。ふむ、この空間の色でも変えて見せれば良いか?」
「ああ、それで良い」
現時点ではまだ自称神の女――ヨロウは自信あり気に提案した。
それができたからと言って神だと断定できるわけでもないし、この空間自体がヨロウの魔術のようなものであるなら改変するのは簡単なことだろうけど、それはそれで逆らえないことの証明になる。
ならばそれができた時点で下手な抵抗は諦めて、従うのが得策だろう。
それを言ったらこの空間に来てしまった時点で逆らおうなんて考えは捨てるべきなのだが、この空間はなんだか不気味だ。
それに、こうしている間にもイチョウは血を流しているのだ。
元いた場所に一刻も早く帰りたいからこんな状況に流されていたくないし、ダラダラと従っているつもりもない。
機を見て帰り方を教えてもらおう。
「そなたよ、何を考えて折るのかは知らんし聞かんが、そろそろ色を変えても良いかの? 違和感などない故、気付かれないなんてことがないようにな」
ヨロウはそう言うと、俺の返事を聞くことなく、右手を天――と言ってもここには空も天井もないのだが――に向け、ボソボソと何事かを呟いた。
そして目を閉じ、腕を振り下ろしながら指を鳴らした。
すると、真っ白だった空間が一瞬で真っ黒な空間になった。
「……!」
別に明るさが変わったわけではないから、何も見えなくなるなんてことはないし、そもそも見えていないようなものだったから気にはならないのだが、明らかに雰囲気が変わった。
何と言うか、不穏な感じがする。
色が変わっただけのはずなのに、こんなにも違うものか。
しかし、不思議とそこには違和感がなかった。
よく考えると、不穏だと感じたものの元は不気味だ。
そんなに変化したようには感じない。
色は正反対になったが、モノの配置が変わったりはしていないし、直接俺やヨロウに変化が生じているようにも見えない。
いや、それは少し違うか。
俺のことは見えないから確かめようがないが、背景の色が変わったことで、ヨロウの雰囲気がガラリと変わっている。
明らかに変わったと感じたのは目の前に彼女がいたからだろう。
当のヨロウは何とも思っていない様子で、
「そなたよ。これでわらわが神だと認めるか? 望むならもう少し付き合ってやっても良いが」
「いや、認めるよ。あんたは神だ」
「神だと分かってもなおあんた呼ばわりか、別に人間のような矮小な存在に何と呼ばれようと気にせんがの」
そう笑った。
その姿は言葉通り、俺のことなどまったく気にしていないようだったが、俺の方はそうもいかなかった。
敬語云々でトラブルになった時のことはあまり覚えていないが、それでもこんなに舐め腐った奴ではなかったはずなのだ。
ヨロウは気にしないと言ったが、もし言葉遣いでキレるような神だったらと考えると肝が冷える。
「また何か考え事か? そなた、ここまで来て何をしておるのだ。ここに来るということは助けたい者がおるのだろう?」
しかし、その辺は気にしない神様は、俺がここに来た理由を問うた。
問う、というより確認の意が強かったように思えたが。
「あ、ああ。実は俺の目の前で人が死にそうになってるんだ。俺にはどうすることもできないし、どうにかできそうな人に頼めそうもない。諦めようとしたんだがなぜかここに来ちまったんだ」
「ほう、そうであったか。そなた、運が良いのう。実はわらわ、『癒し』を司る神であってな、そなたに力を貸してやっても良いぞ」
ヨロウはそう言って、凶悪な笑みを顔面に貼り付けた。
それはもう、背景とか関係なく、悪巧みをしているのだと分かるような表情だった。
「当然、タダでって訳にはいかないんだろう?」
良い話ではあるが、対価を払わなくてはならないのだろう。
それもきっと、払えなくもないが払いたくないような絶妙なところを突いてくるに違いない。
「分かっておるではないか。無論、代償は頂くつもりであるから安心せい」
して、その内容は、と訊こうとしたところで、俺は意識がぐらつくのを感じた。
「時間ももうないようだの。そなたが無駄なことに時間を使わなければもっと話ができたのに、勿体ないことをしたものだ」
来る時とは対極的に、真っ黒になった視界には、何も映らなくなる。
もしかしたら黒い何かが映っているのかもしれないが、見えていないのだから同じようなことだ。
薄れていく意識の中で、俺は最後にヨロウの声を聞いた。
「む、わらわとしたことが代償が何かを言い忘れてしまった。そなたよ、使ってからのお楽しみということにしておけ」
来週、再来週は忙しいのですが、どうにかして一回は更新しようと思います。
事前に告知できませんが、来週に更新がなければ再来週にあると思ってください。




