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第百四十二話 余計なこと

 最前線から転移で帰還した俺たちは街に入る前にワイバーンを逃がした。逃がしておいてこいつらが人を襲った、あるいはそれによって討伐されたとなると気分が悪いので、一応テイム系の魔術はかけたまま、人を無暗に襲わないようにとだけ命令を出しておいた。それ以外は今まで通り自由にできるようにしてあるので、人と関わらないようにひっそりと生きてくれるだろう。空を飛びたいなどの使う機会があって、その時にこいつらが元気だったらまた使わせてもらおう。


「元気でなー」

「もう空は飛びたく無いニャ……」


 飛び去るワイバーンを見てカーシュが呟く。すっかり空が怖くなってしまったようだ。ベネッサはまた情けないと非難しているが、高所に対する恐怖は陸で暮らす生物の本能みたいなものだ。仕方ない。リースだって怖がっていたし、俺も最初は怖かった。


「ま、今後空を飛ぶ機会なんてないだろうし、そんなに気にすることでもないと思うけどな」


 そんな状況なのに縛り上げてしまった負い目があったので、俺は軽くフォローを入れておく。実際、街に帰った時点でこのパーティを組んだ目的は果たされ、奴隷たちは自由の身になる。俺についてこない以上、空を飛ぶ機会なんてものもないだろう。


 街に入ると、以前と何ら変わりない街並みが迎えてくれた。そう長い間出ていたわけでもないので当たり前と言えば当たり前なのだが、戦場というか、敵の本拠地に行っていた身としては平和を感じられて安心した。

 とりあえず前と同じ宿に向かい、部屋を取る。モミジとユキの分を増やした三部屋だ。少ないながら荷物を置き、食堂で食事をしながら今後の方針を話し合うことにした。


「まずは、モミジとユキが生きて帰ってきたことを祝おう。本当に、無事でよかった」

「スマルが助けに来てくれたおかげよ」

「……そう、だから、ありがとう」


 この街が魔物の襲撃を受け二人が連れ去られた時、俺は絶望した。魔王のもとへ連れて行かれて生きていられるとは思っていなかったからだ。戦闘面で二人が強いのは良く知っているが、それでもヴォルムのように規格外の化け物ではない。魔王が化け物の類なら勝ち目はないし、そもそも転移先が毒ガスで満たされた空間なんて可能性もあった。

 結局すぐに生きていることが分かり、こうしてすべて終わってみれば俺をおびき寄せるための誘拐だったことも理解できるのだが、そんな思惑は何も知らない頃の俺は行き場のない感情をどこに向ければ良いのかも分からなくなっていた。それに、思惑を理解した今だって二人とまたこうして食卓を囲むことができたという現実に心の底から安堵している。それほどまでに二人との再会は嬉しく、望んでいたことなのだ。


「それで、紹介がまだだったからそれを先に済ませようと思うんだが、自己紹介してもらって良いか?」


 二人を助けに行くにあたって、俺は奴隷を買った。そのメンバーの紹介を後回しにしたまま今まで放っておいてしまったので、ここで話しておいてもらおう。


「ボクはカーシュニャ。見ての通り猫の獣人で、前衛を任されていたニャ!」

「オルだ。同じく前衛だが、役回りは防御がメインだ。身体は鉱物でできている」

「リース、と言います。私は戦闘には参加しないで主に食事の準備をしていました。ただの人間です」


 自己紹介が進む中、不意に間が空いた。何だと思ってまだ済んでいないベネッサの方を見ると、わざとらしく艶っぽい表情をして科を作る彼女の姿があった。


「ベネッサよ。実は私……ご主人様直々に奴隷の刻印を刻み直されているの。だから命令には絶対逆らえなくて、あんなことやこんなことを……」


 何の嫌がらせか。真っ先に否定しようかと思ったが、ここで慌てるとさも本当であるかのように見えてしまう。それに、刻印に関してはその通り刻み直しているし、あんなことやこんなことというのも酔い潰れた夜のことがあるから強く否定はできない。

 どうしたものかと内心焦りつつ考えていると、二つの殺気がぶつけられた。咎めるような視線がモミジとユキから注がれる。沈黙は肯定と取られるかもしれない。黙ってもいられなくなってきた。


「ま、待て。こいつの言ってることは……ええと、嘘じゃない、けど語弊がある! 刻印を刻み直したのは買った後で奴隷商の刻んだ刻印の効果を打ち破って襲ってきたからだし、逆らえないのを利用して何かしたことはない! 一度もだ」


 必死に弁明するが、咎めるような目が疑いの目に変わっただけ。そんなに信用ないのかと少しショックだが、今はそんなことを言っている暇もない。もっと、何か言わなくては。しかし何を信用の材料にできるのか。


「ご主人様はあの夜のことを忘れてしまったのですか……?」

「あれは本当に覚えてないんだって!」


 考えることに集中していた俺は、ベネッサの言ったことの内容を深く考えないまま半ば反射で言い返してしまった。瞬間、殺気が強くなる。一拍遅れてその言葉の意味を認識した。


「あっ……えっ、とぉ……違う、違うんだって、ねぇ?」


 最早俺が何を言っても信じてもらえない。瞬時にそう判断した俺は他のメンバーに同意を求める。しかし、あろうことかいつもふざけた空気感のカーシュが神妙な面持ちで首を横に振り、リースは剣呑な空気に呑まれて慌てるだけ、オルに至っては我関せずといった様子で話を聞いているかすら怪しかった。

 なんだ。みんなで俺を貶めようとでもしているのか。

 なおも膨れ上がる殺気。まさかとは思ったが、このままだとこの場で流血沙汰になりかねない。


「一旦落ち着こう! な? 話を聞いてくれって!」


 流石にここで暴れられては店の人に迷惑だ。俺は制止を呼び掛けるが、ここまでくると何を言っても逆効果。言い訳をしているようにしか見えないのだろう。遂に二人の手に武器である鉄扇が握られた。

 もう止められない。何に対して怒っているのかがいまいち分かっていない時点で止められる道理がなかったのかもしれないが、とにかく、俺は店に傷がつかないことを第一に自分たちのいるテーブルを囲むように障壁を張った。

 そして、


「最っ低!」

「頭、冷やして……!」


 ちゃんと属性まで乗った斬撃が飛んでくるのであった。

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