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第十四話 フィオ対イチョウ

「始め!」


 ヴォルムの掛け声により、遂にフィオ対イチョウの戦いが始まった。

 両者初手は距離を取っての様子見。

 バックステップで何メートルも移動する挙動は、現実で見たら違和感があるものだと思っていたが、実際にはそんなことなく、実に見慣れた光景として俺の脳みそは処理した。


 二人の初手は同じだったが、では戦闘スタイルも同じかと問われれば、答えは否だ。


 フィオは一見ゴム手袋のようにも見えるピチッとした革手袋をはめていて、右手で三十センチないくらいの小太刀を逆手持ちしている。

 姿勢は低く、素早さを強みとする彼女にとっては攻防どちらを取っても動きやすい構えだ。

 聞いた話によると、フィオの戦闘スタイルは相手の攻撃を避けつつ魔術で牽制、小太刀で仕留めにいく。というものらしい。

 ちなみにこの革手袋はヴォルムが開発、製作したもので、手の甲の部分に描かれた魔法陣によって、装備者の魔術が強化されるようになっている。


 対するイチョウは動きづらそうな着物を纏っていて、手元が隠れている。

 特にこれと言って戦闘に関する特徴は見受けられない。

 フィオと違って近接武器を装備していないということは、おそらく魔術――いや、妖術が主体の戦い方なのだろう。

 あるいは隠した手元に武器を仕込んでいたりするのかもしれない。針なんか隠し持っていそうだ。


 そんな風に、睨み合いを続ける二人の観察をしていると、イチョウが両手を前に突き出し、何か言葉を発した。


炎葉(えんよう)銀杏(イチョウ)!」


 するとイチョウが手をかざしている前方に黄色い炎が複数出現した。

 ひらひらと動くそれは、よく見ると銀杏(イチョウ)の葉の形をしている。

 魔術のような詠唱がないところを見ると、これが妖術というものなのだろう。

 術名を言えば発動できるなんて便利なものだ。


 イチョウが発生させた炎の葉はフィオとの間に壁を作るように滞空していて、普通の葉のように落ちる気配はない。

 しかし全く動いていないというわけではないので、もう少し密度が低ければまだ可能性はあっただろうが、避けて中を進むのは難しそうだ。


 そう思ったのはフィオも同じようで、空いている左手を前に突き出し呪文を詠唱した。


「水よ集まりて炸裂せよ――」


 短い詠唱を終えると同時に走り出し、


「スプラッシュ!」


 スプラッシュという水を散弾のように飛ばす初級魔術を放った。


 炎がかき消され、空いた空間をフィオが駆け抜ける。

 目標はイチョウだ。


 見た目からして分かる通り、イチョウは動き回って戦ったりはしない。

 近接武器を持っているようには見えないため、このまま近付かれたら簡単に勝敗が決まってしまいそうなものだ。

 しかし、イチョウはフィオを正面から迎え撃つつもりのようで、左腕を横に薙ぎながら妖術を発動させた。


炎葉(えんよう)銀杏(イチョウ)


 イチョウの後方を除いた周囲に炎の葉が舞う。

 これではフィオも攻めきれないかと思われたが、さっきよりも広範囲に撒いたためか隙間が生まれ、フィオはそこを通って小太刀を振った。


 これが当たればイチョウの勝利だな、とそんなことを思ったが、さすがにこんな短時間で勝敗が決するほど、勝負の世界は甘くない。

 ましてやイチョウの尋常じゃない意気込み方からして、これだけで終わるはずがなかった。


 キィン!


 イチョウはいつ取り出したのか、扇子――それもただのセンスではなく、鉄製の骨組みでできた鉄扇と呼ばれる武器でフィオの攻撃を防いでいた。

 そして、炎の葉がない後方へ跳びながらその鉄扇を円を描くように振った。


 黄色い炎は空気を送り込まれたことにより強さを増し、風を受けてフィオの周りを旋回する。

 逃げ場を失くしたフィオは身動きが取れない。


 この状況になってから気付いたが、イチョウの術は二回とも相手の攻撃を誘うもので、二回目に関してはわざと隙間を作ることで攻撃の軌道を確定し、防ぎやすくする目的まであった。

 確実に攻撃を防ぎ、その上相手を閉じ込める。

 上手いコンボだった。


 炎の壁と化した銀杏(イチョウ)の葉の中に閉じ込められてしまったが、フィオは全く動じることなくイチョウを見据えていた。

 この程度は想定内、といったところだろうか。


「水よ集まりて炸裂せよ、スプラッシュ!」


 再び同じ魔術を、両手を使って発動させる。

 フィオの周りを囲っていた火が消え去り、白い蒸気が立ち込めた。


 ここでふと、俺はつまらないなと思った。

 それは不意に脳裏をかすめたもので、何とも言えぬ退屈さというか、不快とまではいかないが耐え難い気持ちの悪さを感じた。

 その正体は分からないが、戦いがこのままの展開なら、どちらが勝とうと負けようとこれ以上は見ていたくなくなってしまった。


『微妙な顔してんな。つまんねぇのか?』


 俺の顔はいつの間にか不機嫌なものになっていたらしく、それに気付いたヴォルムが念話というテレパシーのような魔術で声をかけてくれた。

 庭を挟んだ反対側にいるのに、よく見えるものだ。


「ああ、つまらない。これ以上見ていたくないんだが、寝てても良いか?」


 俺は正直に思っていることを伝え、寝室に行こうとする。

 ヴォルムは数秒迷っていたようだが、面白くないのは彼も同じなようで、予想よりもあっさりと承諾してくれた。


「これが終わったら昼飯にするからな。眠るのはやめとけよ」

「そうする」


 俺は一応忠告を守るべく、寝室ではなく食堂へ向かう。

 去り際に振り向くと、そこには俺と違って窓の外を楽しそうに見ている子供の姿があった。



===============



 衝動に任せてここに来てしまったが、我ながら意味不明なことをしたと思う。

 一体何が俺を動かしたのだろう。

 それに、なぜ急に面白くなくなってしまったのだろうか。


 水を飲みながら思考するが、いくら考えても答えは分からない。

 今までにも何度か経験したことのあるように思えたが、それがいつどこでどんな状況だったのかは思い出せない。

 ただひたすらに、感情が盛り上がらない。


 分からない。

 つまらない。

 楽しくない。

 面白くない。


 気付けばそんな言葉が俺の頭を支配し、ぐるぐると回っていた。


 これではいけないと思ったが、それ以上に俺の身体は動こうとしない。

 戦いが終わるのを、何をするでもなく待つしかなかった。


「…………それにしても、退屈だな」


 ため息交じりに呟くと、より静かになったような気がした。


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