第百三十話 魔王城へ
「あら、もう騒がないのね」
「怖いには怖いニャ。でも、流石にあれだけ怖い思いをした後だと霞むのニャ……」
休憩を挟む前、騒がしいからと身動き一つ取れないように縛られていたカーシュが、今度は大人しく空に付いて来た。まだ恐怖心を拭えたわけではないようだし、先ほどまでの待遇を思い出して引き攣った表情をしているが、今のところ落ち着いていられている。
「リースも大丈夫そうだな」
「はい。ご心配おかけしました」
もう一人の怖がり――リースもそろそろ慣れてきたのか、あるいは安全だと認識したのか、普段通りの振る舞いだ。未だに空の上での料理は諦めていないようだが、それくらいは正常の範疇だと考えて良いだろう。仮にできたとしたらそれはそれで楽ではあるので、研究するなら任せるつもりだ。
だが、きっとそれは完成されないままになってしまうだろう。実はこの空の旅、そんなに長くならない予定なのだ。と言うのも、本来徒歩で向かえば一月以上、馬車でも十日はかかると言われている道程をワイバーンを使って大幅にショートカットしているため、最前線に着くだけなら三日、魔王城へ乗り込むにしたって四日もあれば充分なのだ。今日は飛び始めて二日目、このまま順調に進めればあと二日で魔王城に辿り着ける計算だ。
ちなみに、睡眠時間や昼食休憩を削って飛び続ければもっと早く着くのだろうが、流石にそんなことをした後という良くないコンディションで魔王城に乗り込むのは危険なので、明日以降も夜はしっかり休み、昼にも一旦地上に降りて休憩をするつもりだ。リースが早くも明日いきなり上空で料理したいと言い出したらそれを試させるかもしれないが、急ぐのと焦るのは違う。ゴールが見えてきた今だからこそ、より慎重にならなければならないのだ。
「今日はこの後、日が落ちるまで空の上だ。問題が起こらないうちに距離を稼ぐぞ」
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その後、一日かけて俺たちは戦争の最前線である基地の手前まで来ていた。流石にワイバーンが後方から飛んで来たらこちら側で戦っている人たちが警戒するだろうから、その対策に手前で一旦地上に降りるのだ。
勇者たちもここにいるのかもと思うとその活躍を一目見ておきたいとも思ったが、たとえ人間だろうと呼ばれてもいないのにいきなり戦場に来る奴なんて怪しくて仕方がない。できる限り気付かれないように、気付かれても攻撃の範囲外にいるように立ちまわることにした。
「まだ日が落ちるまでにもう少し時間がある。大きく迂回して、人間側の軍に気付かれないように海を渡るぞ」
恐らく基地には索敵能力の高い人員が配備されているだろう。その実力がどれほどかは分からないし、他にもどんな実力者が集められているのかも知らない。見付かったからと言ってすぐに戦闘になるとは思えないが、事情聴取をされるとなると時間がかかる。面倒を避けるために、認識や音声を遮断する結界を張った。
その甲斐あってか、辺りが暗くなる頃にはだいぶ基地から離れた所まで移動することができた。大陸の端と言うだけあって目の前には海があるのだが、整備されている基地周りが港町のようになっているのに対して、俺たちがいる所は荒々しい崖だ。簡単に上陸できないという点では外からの敵に対処しやすいのかもしれないが、船しか海上を移動する手段がないのだとすると、こちらから攻める時も一苦労だ。
「朝までここで待つのか?」
「ああ、ワイバーンを五体まとめて飛ばすのは目立つからな」
「ニャ? 目立つなら暗い方が良いんじゃないのかニャ?」
ごもっともな疑問だ。普通に考えたら暗い夜の内に移動した方が気付かれにくいものだろう。
「目立ちすぎるんだ。きっと暗かろうとどちら側からも見付かる。その時に正体不明の飛行物体じゃ怪しすぎる。人間だと分かっていれば攻撃してこなかったはずのこちら側から攻撃が来るかもしれない。まぁ、正体が分かっていても攻撃は飛んで来るとは思うが、それに対処する時に俺たちの視界が良好な方が良いだろ」
魔族が魔物や魔術を使って空を渡ってくるのに対して、こちら側からは基本的に舟でしか行けない。そんな中空を通って向こうに行こうとすれば不審に思われることは必至だ。それに夜間は昼間以上に索敵に力を入れて警戒しているから、見付からずに渡り切るというのも無理な話だろう。
「それに一旦休憩したいだろ。このまま突っ込んでも絶対どこかでミスをする。それは避けたい」
モミジとユキを助けられる。それを目の前にして集中したとしても、疲れが溜まった脳みそは無意識の内にパフォーマンスを落としている。正直その程度の小さな不調が大局に関わってくるとは思っていないが、可能性がゼロではない以上、対策しておくに越したことはない。成功するにしたって、楽に終えられればそれが一番なのだ。
だから、今日はもう休憩だ。認識疎外の結界を張ったままだからここまで来て見付かることはないと思うが、それでも念には念を、交代制で見張りを立てて夜を明かした。
早朝、俺たちはワイバーンに掴まり空を飛んだ。ネットに乗るのは小回りが利かない上、切られてしまうと落下の危険があるため一人一人が足に掴まれるタイプの飛行だ。ちなみに一人あぶれてしまう問題だが、小さくて軽いリースとカーシュを一体のワイバーンで運べることが分かったため、俺が自力で飛ぶ必要はなくなった。
体重計に乗せたわけではないので正確な数値は分からないが、リースとカーシュの体重を足しても、全身鉱物のオルの重さには敵わないだろう。
なんてことを考えていたその時、後方から魔力の反応があった。振り返ってみると、弱々しい火球が飛んできていた。
「気付かれたみたいだな」
「でも、もう届かないみたいね」
火球以外にもいくつか魔術らしきものが見えたが、遠ざかる俺たちに届く程の攻撃は飛んでこない。最前線に集められた実力者はこんなものなのかと神の眼を使って見てみると、明らかに強そうな魔術師は揃って魔術を放っていなかった。
それが遠くを攻撃することが割に合わないからそうしているのか、俺たちが人間側であることに気付いて攻撃していないのか、はたまた別の理由があるのかは分からない。だが強い者が考えなしではないことが分かってなんだか嬉しかった。
「これからは魔族側からの攻撃もあるだろうから、みんな気を付けるように。一応障壁を張ったし、ワイバーンにも回避するように言ってあるが、もしもの時は自分で守るか俺に声をかけるかしてくれ。判断は早めに頼むぞ」
魔王城攻略作戦が始まった。
すみませんが来週の更新はお休みです。再来週までお待ちください。




