第百二十二話 新たな旅の始まり
今回から第四章です!
よろしくお願いします!
勢い良く街を飛び出してから、俺たちはほぼ無言のまま西へ向かって歩いていた。他のパーティメンバーたちは何やらこそこそと話をしていたようだが、俺はそれを意識的に耳に入れないようにした。だが、いかにも怒っています、機嫌が悪いですといった態度を取ってはいるものの、既に怒りは収まっている。気を遣わせてしまっているのなら申し訳ないし、このままずっと口を利かないというわけにもいかない。気まずいが、どこかで普段通りのテンションであることを示さなくてはな。
しかし、そう考えながらも俺は他のメンバーの様子を窺うだけで話しかけるきっかけを掴めなかった。何かしらのトラブルが起こってくれればそれに対応するための指示出しを足掛かりにできる気がするのだが、今のところ問題なく行軍できていた。問題が起こってほしいと願うのはおかしなことではあるが、今だけはそれが恋しい。それからしばらく歩いたが、やはり魔物の一匹にも出くわさなかった。
「スマル様」
そんな俺たちの沈黙を破ったのはリースだった。少し離れたところにいた俺にトテトテと走って寄ってくる。
「なんだ?」
「お昼ご飯はどうしますか? この先しばらくは街がないですし、そろそろ準備を始めても良い頃だと思うのですけど……」
俺がまだ怒っていると思っているのだろうか。いつにも増して下から、丁寧な口調で提案してくる。それを聞いて空を見上げると、確かに太陽がほぼ真上に昇っていて、自分の腹に聞いてもそろそろ良い時間だと言っているような気がした。
「じゃあ、一旦休憩にしようか。献立は任せるよ」
考え込んでいて気付かなかったが、リースの言う通り丁度良い時間のようだし、やっと現れてくれたきっかけを見過ごすわけにもいかないので、提案を聞き昼食の準備を始めてもらう。そのために、俺は外敵から身を守るための結界を張り、収納空間から椅子や机を取り出した。調理器具や食材などはリースに持たせているバッグに入っているため、その辺りは自由にやりくりしてもらうつもりだ。戦闘要員が戦闘訓練をしている間に生活に役立つ魔術を覚えたり、買い物の時に役立つ算術を勉強したりしていたので、この辺りの仕事は大雑把に指示を出しておけば上手いこと調節してやってくれるだろう。
「手伝いが欲しかったら声かけてくれ、他は一応見張りをしておこう」
「分かりました。じゃあ、今日はカーシュさんにお願いします」
「任せるニャ!」
それから俺はオルとベネッサが離れて行くのを確認してから、二人とはまた違った方角を見張るために結界の中心であるリースから離れるように歩いた。とは言え、少し離れる程度で結界の端まで行って見張りをするようなことはしない。というのも、結界自体が直径一キロほどある大きなものであり、その中にいる限りはひとまず安全だからだ。ベネッサくらい攻撃力があれば突破で行るかもしれないが、この辺りにいる弱い魔物やろくな戦闘能力を持っていない盗賊ごときではまず破れないようにできている。さっきも言ったが、あくまで「一応」なのだ。結界を破り得る無視できない脅威をいち早く見つけるための見張り。だが、それにしても俺の魔力感知能力が及ぶ範囲がさらに外側まで広がっているため、実質形だけのようなものだ。他にやることもないからやっている。そんな感じだ。
それが分かっているからだろうか。俺が暇だし手伝っていた方が良かったかな、なんてことを考えていると、いつの間にかベネッサがすぐ後ろまで来ていた。ボーっとしていたのもあるが、ベネッサが意図的に気配を消していたため近付かれるまで本当に気付かなかった。それでも、先手は譲らないとばかりに振り返り、こちらから話しかける。
「どうした? また不意打ちでも仕掛けようとしたのか?」
「まさか、そんなことするわけないじゃない」
ベネッサは笑って答えるが、穏やかな雰囲気のまま急に刺してきた前例があるので、易々と信じてはやらない。警戒を解かない俺に少しムッとした顔をしたが、すぐに気にしていないような様子で話を続けた。
「見張りなんて意味がないことをするくらいなら、ご主人様のご機嫌取りをする方が有意義だと思っただけよ」
「……オルはちゃんとやってるんだから、思っても口には出さないでおけよ? 少なくとも聞こえるところでは」
無意味であることは俺も認めるところで言い返せないので、特に咎めたりはしない。それに、ご主人様とかご機嫌取りとかいう言い方をされるといかがわしく聞こえるが、彼女なりに気遣っての行動だろうということはなんとなく理解できるので、それをないがしろにすることはできなかった。
「そんなことより、いつまでそんな態度を取るつもりなの? みんな気付いてるわよ」
「…………」
気付いている。何に。俺が既に微塵も怒っていないことだろう。きっとひそひそ話していたのは、俺にそれをどうやって気付かせるかとか、そんなことに違いない。そう思うと、気付かれていたのにいかにもな態度を取っていたことがとんでもなく恥ずかしいことのように思えてくる。というか、実際とんでもなく恥ずかしい。無言の時間が流れたが、その間に顔が熱を帯びた。
「あらあら、その顔をみんなに見せれば万事解決じゃないかしら」
「からかわないでくれ……」
思わず溜息を吐いてしまったが、少なくともこれでベネッサに対して気まずい思いをしなくて済む。やはりコミュニケーションというか、パーティメンバーの関係を良好に保つことにおいてベネッサはとても有用な働きをしてくれている。狙ってやっているのかどうかは聞いてみないことには――いや、聞いてもきっと教えてくれずに分からないままなのだろうが、それでもそこを苦手とする自分にとってはありがたい存在だった。
「私はリースちゃんを応援しに行ってくるわ」
「どうせなら手伝ってやれよ……」
もう大丈夫だと判断されたのだろう。ベネッサはヒラヒラと手を振りながら、料理をしている二人の方へと歩いて行った。
それから数分後、出来上がったという声が聞こえてきたので、俺も形だけの見張りを切り上げて戻った。一足先にオルの方も戻って来ていたようで、俺が到着すると揃ってこちらに目が向く。瞬間、みんなの様子が少しおかしいことに気付いた。正確には感情の見えない表情をしているオル以外のことなのだが、一緒になってこちらを見ている時点で内心は同じことを考えているのだろう。
ベネッサとカーシュは憎たらしいほどにニヤついた顔でこちらを見ていて、それを見て心配そうにしながらもリースが微笑んでいる。ベネッサが俺とのやり取りをリークしたのだ。
「スマ――」
「――はぁ……」
思わず、笑みをいっそう深めて口を開いたカーシュに被せるように特大の溜息が出た。




