第百十六話 鎖
ベネッサに逃げられないように、また、街の人たちに危険が及ばないように設置した結界の中で俺たちは睨み合いを続けていた。
さっきまで隣で微笑んでいたベネッサは油断のない表情でこちらを睨みつけていて、出方を伺っているようだった。
対する俺もこちらから動くつもりはない。
防御特化の魔術師らしく、攻撃を防いでからの反撃を狙うつもりだ。
「どうした、殺すんじゃなかったのか?」
だから、少し挑発してみる。
だが、彼女はこの程度で思惑通り動いてくれるほど単純な人間ではなかったようで、相変わらず構えたままこちらを睨みつけていた。
ベネッサも自分から動くつもりはないようだ。
我慢比べというわけではないが、このままでは時間がかかってしまう。
街の人たちを守る結界も事情を知らない人からしたら道を塞ぐただの邪魔なものだ。
しかし、早く決着を付けたくても俺から攻めるには手札が少なすぎる。
どうにかしてベネッサに攻め込ませようという気にさせられないだろうか。
そこで俺は、とりあえずベネッサを動かすために弱めの魔術で牽制して見ることにした。
「ファイヤボール」
遅いものと速いもの、弾速の異なるいくつかの火球を突き出した右手を起点に放つ。
ベネッサはそれを見て少し驚いたような様子を見せたが、まずは冷静に早い方の火球を避け、避けた先を見越して放っていた遅い火球も難なく避けた。
それから避けた体勢そのまま、右手に魔力を集中させ、突き出した。
「フレイムアロー!」
想像していた通り短縮された詠唱によって魔術が発動し、ファイヤボールよりも弾速の速い、炎の矢が飛んで来る。
その後ろにはフレイムアローを追いかけるように突っ込んでくるベネッサの姿が見えた。
恐らく近接攻撃で勝負を決めに来るつもりなのだろう。
詠唱に長い時間をかけなくて済むが故の戦法だ。
だが、それは俺も得意とするところの戦闘スタイルだ。
ベネッサが何をしたいのかは、大体分かっていると言っても良い。
「スプラッシュ!」
「エレキショック」
だから、俺がフレイムアローを避けた先に、近距離で威力を発揮する魔術を使ってくるのは考えずとも分かった。
正直言って安直すぎる選択だ。
この一瞬で案外大したことない奴だったのではないかと不安になりながら、俺は雷属性の魔術で迎え撃った。
きっと俺が驚くとでも思っていたのだろう。
全く動じない俺を不審に思ったのか、ベネッサはスプラッシュを攻撃ではなくブレーキとして使うことに切り替え、エレキショックを躱した。
それでも魔術師同士の戦闘としては距離が近いことには変わりない。
剣士なら一歩踏み込んで切りかかれるくらいの距離しか空いていない。
普通、距離を詰められた時魔術師は距離を取ることを優先する。
詠唱中に相手の攻撃が届いてしまうからだ。
だが、ベネッサはそのセオリーを踏襲していない。
きっと今までもこうして敵の元へ突っ込んでは魔術を叩きこんできたのだろう。
身体に染みついたその動きはそう簡単に変えられるものではない。
「フレイムスピア!」
距離を取らず、再び攻撃を仕掛けてくるベネッサ。
だが、威力はあれど点で攻撃するタイプのフレイムスピアを躱すのは難しくない。
「ファイヤボール」
ついでに攻撃しておいたが、これは当然当たらない。
とっておきは残してあるから決定打に欠けるとはまだ言えないが、現時点で普通の攻撃魔法を使っているだけでは当てられる気がしなかった。
「あなた、中々やるのね。実は相当名の知れた冒険者だったりするのかしら」
ベネッサは俺が近距離で魔術を運用する戦い方に対応したのが意外だったのか、一旦距離を取ってから少し悔しそうな顔をした。
その手には既に次の魔術を発動するための魔力が集められており、諦めていないどころかこの問答中にチャンスを作ろうという意気さえ感じる。
「まぁ、それなりに活躍してる自負はあるよ」
それに対して、俺も魔力を伸ばし、地面に気付かれないように魔法陣を描きながら答えた。
名の知れた、と言うにはまだ少し実績が足りていないと思っているので曖昧な答えになってしまったが、ベネッサにはそれが謙遜ではなく嫌味に聞こえたのか、彼女の纏う空気が少し鋭くなったような気がした。
「じゃあ、私もそれなりに本気でやらないといけないわね」
そう言うと、今度は近付いてこないままベネッサは両手に集めた魔力を開放した。
「スモールボム!」
一瞬強い光が放たれたかと思うと、ベネッサの手からビー玉サイズの赤い球が散弾銃のように飛んできた。
距離があるとはいえ、高密度の弾幕が避けることを許さない。
さらに、この魔術はこれだけでは終わらない。
術者の任意のタイミング、あるいは着弾時に込めた魔力に比例して爆発を起こすのだ。
会話は短いものだったが、ベネッサは魔力を詰められるだけ詰め込んだのだろう。
無抵抗でくらっても俺には体表を覆う防壁があるから致命傷にはならないだろうが、大きなダメージになることは間違いない。
そこで俺は障壁を張る。
会話の間に魔力を込めたのは俺も同じだ。
予備動作なし、無詠唱だからベネッサにはろくな回避行動がとれずにくらったように見えるだろうから、そこを奇襲してやろう。
「爆ぜろ!」
ベネッサの号令により、スモールボムが一斉に弾ける。
保険として障壁の強度を上げるためにできる限り面積を小さくしていたから少しやけどしてしまったが、その程度で怯む俺ではない。
まだ煙で視界が悪い中、俺は地面に描いていた魔法陣で魔術を発動させる。
その名もチェイン。
魔法陣を起点に魔力でできた鎖を射出、操作する魔術で、拘束などによく使われている。
便利な魔術だが欠点があって、自分の身体から出す場合は細かく操作ができるのに対し、魔法陣から出すと基本的には単純な動きしか組み込めないのだ。
だが、俺の描く魔法陣はその辺りも問題なく作動する。
魔法陣と直接魔力を繋いでいるから、それを経由して細かな操作ができるようになっているのだ。
離れた位置から突然出て来た鎖が自由に動かせる。
攻撃用にするには心許ないが、罠として使うには十分すぎる性能だ。
「なっ……!」
ベネッサは煙の先にいる俺に気を取られていて反応が遅れる。
その一瞬で、鎖による拘束を測るが、こちらからの視界も明瞭ではない。
そこで数の暴力。無数の鎖が飛び出し、触れたものに巻き付くように動かした。
そして、遂に拘束が完了したことを魔力伝いに感知する。
「ドレイン、パラライズ」
念には念を、ということで抵抗力を削ぐために魔力を吸い、身体を麻痺させる魔術で完全に動きを封じた。
万一の事態を警戒しながら煙の中から出て行くと、そこには大量の鎖にのしかかられて地面に縫い付けられているベネッサがいた。
「俺の勝ちだ」
口も痺れてしまっているのか一言も発さないベネッサに、より強い奴隷の刻印を刻みなおした。




