第九十六話 面倒事
魔族が出た。その報告を聞いて、ギルドマスターであるゾルは俺との話を切り上げその対応へと移った。
俺にはすまないとか、また後日時間を作ってもらうとか、そんなことを言っていた。
気遣いはありがたい。だが、今はそれどころじゃなかった。
本当に俺を気遣う気持ちがあるのなら、一刻も早くこの場から俺を離れさせて欲しい。
この場に残っていたら、きっと魔族との戦闘に駆り出されてしまう。
別に戦うのが嫌だというわけではない。
俺が今魔族と戦いたくないのは、何か嫌な予感と言うか、思い当たる節があると言うか、とにかく面倒なことになる気がするからなのだ。
脳裏にいつか勇者たちと歩いている時に、俺たちを襲った魔物を操っていた怪しい人物の姿がよぎる。
今城を攻撃している魔族とそのフードで顔を隠し性別すら分からなかった人物が同一の存在なのかは分からない。
だが、少なからず俺に面倒を呼び込む存在であることは確信できた。
魔族と話せればモミジとユキがどうなったのか知る手掛かりになるという可能性もあるが、人質に取られでもしたら俺は逆らうことができない。
フードの人物だったとしても、倒した後にまたギルドマスターとお話だ。
こうやって話やら交渉が中断されて、また今度なんてことになっている現状がもう面倒なのに、これ以上負担をかけられたくない。
それなのに、無情にも部屋の出口には報告に来た職員が立っていて外に出ることができない。
どいてもらえば出て行けないこともないのだが、ゾルだけでなく俺にも合わせて現場の詳細を伝えてくれているのにそれを遮って出て行くことは俺にはできなかった。
もう既に半ば俺も応援に向かうことが確定してしまっているような状況に若干の焦りを感じながら、俺は報告が終わるのを待った。
職員さんの話をまとめると、城に向かって魔族が攻撃をしている。その魔族が空を飛んでいるので、地上から有効打を浴びせることが難しい。今は元から城の周囲に展開されている結界が守ってくれているが、それもいつまでもつかは分からない。更には冒険者を向かわせようにも場所が場所、相手が相手であるために適任の冒険者が少なく、名簿に載っている適任の者を探しても中々つかまらない。といったところだった。
報告を聞き終えて、ゾルは俺の方に目線を向ける。
「スマル君、君は魔術師、それも相当腕の立つ冒険者だと聞いているが、どうかね? 報酬は弾むよ」
確かに、俺は魔術師だから遠距離の攻撃手段を持っているし、それはそこらの魔術師よりも練度の高いものだと自負しているし、やろうと思えば空中の敵を直接殴りに行くような芸当もできなくはない。
だが、それはこの依頼を受けるかどうかの判断には関係のないことだ。
勿論、報酬に関してもそうだ。俺は別に金には困っていない。高級な装備品やら何やらに興味があるわけでもない。
冒険者として、俺はここで色んなリスクを冒してまで依頼を受ける必要がないのだ。
しかし、逆に断る理由もないのも事実。
嫌な予感がするから、なんて理由でわざわざギルドマスターが好条件で仕事を斡旋してくれているのにそれを無下にして突き返すというのは冒険者としての信頼を失いかねない行為だ。
それで不名誉なレッテルを貼られでもしたら、これから動きづらくなることは必至、もっと悪い方向に転がって行く可能性だってある。
そもそも、頼み込まれたらこんな理由じゃ断り切れない。
何か別の理由が必要だ。
「昨日魔力が空になるまで戦ってから、まだ回復しきってないんだ。こんな状態で応援に行っても大した戦力にはなれない。断らせてもらう」
俺は咄嗟に作り上げた理由で、依頼を断った。
作り上げたと言っても、全てが嘘で構築されているわけではない。
昨日魔力が空になるまで戦ったのは本当だし、回復しきっていないのも本当だ。戦力になれるかどうかは相手の魔族次第なので何とも言えないが、少なくとも既に戦闘中の消耗した魔族一人に後れを取るほど回復していないかと言われれば、そんなことはなく、十分に戦えるくらい――具体的には満タンの六割ほどまでは回復できていた。
「そうか、それは残念だが、ところで、君は魔術師の中でも防御特化を謳っているそうじゃないか。結界の維持だけでも良いから、協力してはくれんかね」
そう言って、ゾルがにやりと笑う。
完全に、何か裏がある時の笑い方だ。
しかも、それを隠そうとしていない。
「見たところ、確かに疲れているようだが、全く使い物にならないというわけでもないだろう。報酬はそのままで、既存の結界が破られそうになかったらいるだけでいいんだ。こんな好条件、他にないと思うが」
そう言うゾルの顔は、明らかにそれ以上のことをさせるつもりの顔だ。
何か悪いことを企んでいる。
だが、それが分かった上で、俺はこの依頼を断ることができなくなってしまった。
こんなことがまかり通って良いのかとは思うが、この男、立場を利用して自分がこれだけ譲歩したんだからと俺から断るという選択肢を奪ったのだ。
この場に他の誰もいなかったらまだ断ることができたかもしれない。
だが、未だに入り口には報告に来た職員の男が立っている。
こんなことで生きづらくなるのは避けたい。
「……分かった。やろう」
俺は渋々、依頼を受けた。
「それは良かった。期待しているよ」
そして、準備が始まる。
今回はゾルも出向くらしい。魔術が使えるわけではないが遠距離攻撃の心得はあるとかなんとか。
俺としてはさっさと終わらせてくれるのが一番だ。
戦力は多くて困ることはない。
支部長室を出る時に職員さんに名簿のようなものを渡していたから、そこに乗っている優秀な魔術師や遠距離攻撃手段を持った冒険者が集まるのだろう。
正直不安は残るが、ギルドマスターになるような男だ。街に被害が及ぶような企みはしていないだろう。
俺は建物から出る前にフォールを預かってくれている部屋に行き、もう少し時間がかかりそうだと伝えてから現場に向かった。
身体強化をし、ゾルと並んで走ること数分。
普段は入るのに許可がいる貴族街にゾルの顔パスで一緒に入る。
そこで見たのは、無数の攻撃を結界に放ち続ける魔族と、それに攻撃を当てられない地上の軍、そして、今にも破られそうな――と言うか一部に穴が開く程ダメージを受けた城を囲う結界だった。




