第一話 二つの始まり
初長編連載!
真っ黒で分厚い雲が空を覆い、大粒の雨が息苦しいほどに降っている。
吹き荒れる風は冷たく、そこにいるだけでガリガリと体力が削がれていくようだ。
しかしそこには、雨風をものともせずに立つ一人の男の姿があった。
男は何かに大きな怒りと恨みを抱き空を睨みつけると同時に、抱えきれない悲しみを双眸から流している。
「――――――――」
雨音にかき消され、風にさらわれた声はどこにも届かない。
男の手が、何も掴むことができなかったように。
それが愉快で仕方がないといった様子で嵐は強さを増していく。
どこまでもどこまでも、際限なく激しくなっていく。
それからほどなくして、かろうじて見えていた世界は、視界を埋め尽くす雨粒によって完全に閉ざされてしまった。
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今日、ついに俺は細々と続けていたバイトを辞め、完全な無職となった。
当然のように両親には怒られたし、すぐに次の仕事を探せと言われているのだが、言うことを聞かずに家を飛び出してきた俺が感じているのは清々しい開放感だけであった。
自分でも不思議なほどに余裕があり、つい自分の置かれた状況が転生モノの主人公みたいだとかそんなことを思ってしまう。
これでトラックなんかが突っ込んでくれば完璧だ。
しかし期待を込めて道路を見渡すが、どの車もきっちりと規則を守って走行しているようで、事故を起こすような気配はなかった。
残念ではあるものの、俺みたいな平凡な奴が異世界に行ってもどうせすぐに死ぬだけだろうし、仕方がないと言ったら仕方がない。
現実を突き付けられたようで一気にテンションが下がる。
踵を返し、とぼとぼと俯いて家に向かって歩く。
さっきまで感じていた清々しさは鳴りを潜め、代わりに重く苦しい絶望感が主張を強めている。
それは両親の期待に応えられなかったからか、それとも自分は物語の主人公になれないからか、はたまたこれからする就職活動に対するものなのか、自分自身でも分からない。
あるいは、これら全部が重なってできた感情なのかもしれない。
分かるのは、これ以上何も考えたくないということだけだ。
とぼとぼがフラフラに変わり、幅の広い国道の横断歩道を渡っていると不意に声が聞こえた。
「――――――――」
ノイズのようなもので聞き取れなかったが、何か俺の絶望感とは比べ物にならないほどの悲痛さが伝わってくる、そんな声。
性別も判断できないくらいの雑音ではあるものの、決して無視できない確かさを伴っていた。
「だ、誰の声だ、何を――」
――言っている。
そう言おうと顔を上げた俺の目に映ったのは、眼前に迫った鉄の塊――否、大型のトラックだった。
どうやら俺は赤信号を無視して飛び出してしまったらしい。
一瞬が何秒にも引き伸ばされ、走馬灯が見える、なんてことはない。デマだったようだ。
ああ、これが転生者が見た景色か、実際に体験してみると、思っていたより何も感じな――
――ゴシャッ。
都合良く現れたありふれた「死」は、俺の都合なんてものは一切無視して、何も感じさせないまま命を刈り取っていった。
次回、転生します。