プロローグ
親愛なるマーシャへ
お元気ですか?
ベルリンはもうそろそろ雪景色の頃だと思います。
こっちは雪どころか雨の一粒すら降らない始末です。
あたりには火の粉が漂うだけ。
日々、銃弾の中を頑張って走り抜けています。
運が良ければ今月中にはそちらに帰れると思います。
それまで風邪などひかないでください。
お元気で。
貴女の愛しの人 アレックス
「少尉殿。お時間です。」
顔を上げると、シュターヘルムを被り、紺色の軍服に身を包んだライマー左官が立っていた。
直立不動の綺麗な姿勢で敬礼をしている。
その姿勢とは裏腹に、顔も体も痩せこけており、肌は病的なまでに白い。
その痩せっぷりは、こいつはちゃんと食事をしているのか?と思わせるほどである。
だが、その青い瞳は殺意に満ち溢れていた。
「そうか。もうそんな時間か。」
そう呟き、書き終えた手紙を引き出しにしまい、灰色のコートに手をのばす。
「奴らの様子はどんな感じだ?」
「はっ。昨日から目立った動きは無く、ときおり、連絡将校と思われる人物が、塹壕内を行き来しているだけです。」
「成る程。奴ら、怖気づいたか。」
嘲笑しながら机の上に置いておいた拳銃を、ベルトのホルスターへとしまう。
「あの、少尉。一ついいですか?」
「手短にな。」
「はい。」
ライマー左官は咳払いを一つし、
「今回の総突撃、少佐は成功すると思いますか?」
彼の声は、いつもにも増して、低く、悲しい声だった。
「…大丈夫だろう。何とかなるさ。」
「しかし…。」
「無敗の天才少尉のこの俺がついてるのさ。心配ないさ。」
そういって、無理やり笑って見せた。
正直、我がドイツ帝国軍は、塹壕を挟んでにらみ合っているフランス軍に兵士の数でも、兵器の質でも、すべてにおいて劣勢な状況である。
それは、我が軍の兵士全員が知っている。
だが、誰も何も言わない。
ここが突破されれば、ドイツ内部深く進攻され、家族が危険にさらされてしまう。
つまり、ここが我が軍の最終防衛線なのだ。
だから補給線が途絶えようとも、負傷しようとも誰も何も言わないのである。
そんな彼らと勝利を掴むために、俺はここへやってきた。
彼らを、祖国を、勝利へと導く為に。
「さあ。行くぞ。勝利はもうすぐだ。」
唖然としながら立ち尽くすライマー左官の肩を叩き、俺は薄汚い指令室を後にした。




