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#6


「じゃあ手はず通り、私とホープの班とそしてサムとポールとヒメリの班で一気に回り切りましょう。願いを届けるために準備された時間は約三十分よ。ポンド君を私たちで救うの」

彼らが大きくうなずく。使命感だったんだと思う。私が彼ら以上に熱くなっていた。

「予定の場所を全部回り切ったらロンドン大学の裏手にある廃ビルの屋上に集合よ。それじゃ、解散!」

私は霧煙るロンドンの夜街をホープと走り抜けていた。

「ねぇ」

走りながら彼が話しかけてくる。

「どうしたの」

「どうしてヒメリは俺たちを助けてくれるの?」

「急にどうしたのよ」

「いや、いいんだ。ちょっと不思議に思っただけで」

そう言って彼は前を向いて走りだす。私の腕に光る端末にはサムたちの位置情報が表示されていた。今のところ順調そうだ。

私とホープの担当はソーホー地区からプリンセスズシアターにかけて。へびつかい座の左側。この地区だけはどうしても花火を上げることができなく、一番遠いエリアなのだが私たちが来るしかなかった。でも、制限時間を考えると往復が限界。戻ってぎりぎりぐらいなのだ。

事前に決めていた各チェックポイントに例のスタチュエットを置いていく。

「よし、これで最後だ」

「集合場所に戻りましょう」

「うん」

そう言ってホープが踵を返した瞬間だった。私の視界から彼が消えた。

「え、ホープ?」

「―――だ」

霧のせいで彼の姿を確認できない。

「――こだ」

「どこ?」

「ここだ!」

耳を澄ますと微かに彼の声がした。足元を確認しながら進むと、そこにはぽっかりと口を開けた地下につながるマンホールだっだ。どうしてまた旧世代のものが開いているのよ。

「ホープ、無事なの?」

「あぁ、かろうじて。でも、足をやっちゃったみたい。ヒメリだけで戻ってよ。これじゃ間に合わなくなっちゃう」

「馬鹿言わないでよ!あなたがいなかったサムはどんな顔をすると思う?意地でも連れていくわ。そこで待ってなさい」

私はそう言って慎重にマンホールの入り口を観察すると、ゆっくり梯子を降り始めた。すると、ベシッと嫌な音がして足に奇妙な浮遊感を感じた。梯子の一部が崩れたんだ。

「わぁお。ヒメリ、大丈夫かい」

下から不安そうなホープの声。

「ええ、大丈夫よ、ちょっと待って―――」

その時、私の手にあったはずの梯子の感覚がなくなった。思わず目をつむる。暗転。

―――しかし、私の体はいつになっても底に辿り着くことはなく、その代わりに右手に力強い感覚を得るのだった。誰かが私の腕を握っている。

「やぁ、プリンセス。お転婆なお姫様には困ったもんだね」

クレイグだった。

「え、どうしてあなたが」

「まぁ、細かい話はあとだ。とりあえず危機的な状況を脱しようか」

その後、彼が私を引っ張り上げ、彼の車に積んであったロープでホープを引き上げる。足をひねってしまった彼は、走るどころか歩くこともままならない様子だ。

「とりあえず、俺の車に乗って。話はそれからだ」

クレイグに言われるがままに彼の車に乗り込み、ロンドン大学に向かってもらう。

夜の街をシルバーのシボレーで疾走する様はさながら映画のワンシーンの様だった。

「クレイグ、どうして私の居場所が分かったのよ」

「ん、まぁ、落成式の時からそわそわしていて何かと上の空の君をつけてきてしまったなんて口が裂けても言えないよ。まぁ、仕事仲間との飲み会時間中にプリンセスになにかあったらジャックに顔向けできないからね」

「えっ、ジャックに話しちゃったの?」

「いいや、ジャックからあいつは思ったより酒に弱いから何かあったらよろしくって頼まれただけだよ。ジャックはプリンセスがウィル社長と飲みに行っていると思っているはずだ」

その話を聞いて胸をなでおろす。

「結果的に迷惑をかけることになってしまって、ごめんなさい」

「いいんだ、これは私の趣味のドライブってことで。ところで、深夜の街で小さな子供と君が密会していたということに関してはそろそろ説明をもらえるのかな」

「あっ」

車内に気まずい沈黙が流れる。

「いいよ、ヒメリ。僕らのことはいずれ明るみに出るかもしれないし。もう、こんなに協力してもらっているんだ」

ホープがそう言ってくれたのもあって、私は彼にここまでの一切を伝えた。

ハンドルを握る彼は最後まで言葉を挟まずに聞いてくれた。

「プリンセス。君らしいね。君の上司として、しっかり片棒を担がせてもらうよ」

「やめてよ、クレイグ。私たちは別に悪いことをしているわけじゃないんだから」

ふふっとホープが笑って車内の空気がほぐれる。

「それじゃあ、飛ばすぞ。つかまってろよ」

クレイグがぐっとアクセルを踏み込んでシボレーは霧の中に消えていく。



「あと、4分しかないよ」

心配そうなホープの声と同時にクレイグが言う。

「大丈夫、もう到着だ」

大学裏に横付けされた車からはじき出されるように飛び出す。ホープのことはクレイグがおぶってくれている。

端末を確認するとサムたちはすでに屋上にいるようだった。予定通りだ。

4階分の階段をぐるぐる駆け上がるといよいよ、屋上だ。

「サム!いるの?」

私が声を張り上げると、

「ここだ!もう、間に合わないかと思ったぞ。って、その人は―――」

サムがクレイグのことを見て警戒する。

「大丈夫だよサム。俺、ちょっとドジっちゃって。この人が助けてくれたんだ」

「そうだったのか。ありがとうございます」

サムが礼儀正しくお礼を言う。

「なんのなんの。お安い御用だ。さて、そろそろ頃合いだね」

示し合わせたように霧は晴れていた。

「1分前ね。サム、押して」

私があらかじめ渡していた小型のスイッチをサムが押す。

次の瞬間私たちが走り回ったチェックポイントからオレンジ色の光の柱が夜空に向かって伸びる。私があのスタチュエットを改造して作ったのだ。

「うわぁ…」

「キレイ…」

ポールとシネトは手を取り合って感動している。

「さ、次が仕上げよ。3,2,1」

私のカウントダウンにぴったり重なるように夜空に一斉に光の柱が飛び立つ。そして、無数の星型の花火が暗闇に咲くと、夜空にへびつかい座が浮かんだのだった。

それはそれは美しい光景だった。

「これでいいんだよな」

サムが脱力した声を出す。安心感と徒労感なのだろう。

「ええ。あなたたちの努力の結晶よ」

「ポンドも良くなるはずだよ」

「ねぇ、サム」

「ねぇ、帰ろう」

ポールとシトネがサムのマントの裾を引っ張る。ポンドの様子が気になるのだろう。私たちはクレイグに送ってもらい別れた。もちろん私は明日いまだ語らずの諸々の説明をしなければならないだろう。

「ただいまー」

ちびっこ二人が声をそろえて室内に入る。

「やぁ、お帰り、みんな」

そこに立っていたのはポンドその人だった。社長、何から何までありがとうございます。心の声はしまっておくのが一番だ。

私の社長へのお願いの一つは彼の治療だった。私たちが市内を奔走している間にお医者さんがここにきて彼を治療する手はずだったのだが、それがうまくいったようだった。

「お、おい、ポンド、お前もう平気なのか」

「心配かけてごめんね、サムもう大丈夫」

「よかった・・・・・・」

ホープはもう人目を憚ることなく泣いていた。それだけ安心したのだろう。

シトネもポールもポンドの足にくっついて離れない。そして、サムが私の方に居直る。

「ヒメリ、本当にありがとう。奇跡だよ、こんなの」

「ううん、せいぜい私は最初のドミノを倒したぐらいよ。後はあなたたちが必死に走ったから。いいものを見せてもらえたわ。むしろ、私を仲間に入れてくれてありがとう。あなたたちは素敵な家族よ。あ、そうそう。私との約束も忘れないでね。楽しみにしているわ」

私は兄弟水入らずの時間に水を差すわけにもいかないので、後ろ髪を引かれる思いもあったがその場を辞することにした。

それに、ジャックも家で待ちぼうけだろうし。

孤児が増え、救いきれないほどの不幸が蔓延するこの現代で私がしたことはほんのちっぽけなことで、もしかしたらほとんど何の意味もないことかもしれない。

でも、それでも、いいんだ。ほんの数人でも、こんな世の中にでも奇跡があるってことを知っている子供が増えたことが嬉しい。今に、未来に奇跡を期待できずに生きていくなんてつら過ぎる。

そして、この日を、燃ゆる大輪の間を彼らが飛び交ったあの晩を境に「ミッドナイトビー」はロンドンから姿を消した。



「いらっしゃいませ。こちらでお召し上がりですか」

店内に明るい少年の声が響く。今日もここ、ナショナルギャラリー前の本店は大繁盛している。間際の席に陣取って店内の様子を何となく眺めている。

ふぅん、だいぶ板についてきたじゃないの。

赤い星印の付いたエプロンもだいぶ似合ってきた彼らは、このお店の名物になっている。

私と蜜蜂たちとの約束。

それは、事がすべて済んだら社会に出ること。

自分たちの力で生きていくために職に就くこと。

ここもウィルが便宜を図ってくれたおかげで実現したようなものなんだけど。

そして、このタイミングで耐性菌に関しては先日明るいニュースが舞い込んだ。ついに、ワクチン開発のめどが立ったとWHOが発表した。実際に民間人が接種できるまでにはもう少しかかりそうではあるが、光明が射したことに変わりはない。

「さて、そろそろ行かなきゃ」

きょうはジャックとアップルマーケットに行くことになっていたのだ。彼がデザインした改築も完成し、ひと月前に落成式を終えていた。オシャレな食器の一つでも見つかればいいのだが。

「ありがとうございました!」

彼らの笑顔とドアベルに見送られ私は外に出る。

青々としたロンドンの空を眺めて、私は彼らの将来を楽しみしていることに気が付いてほくそえむのだった。

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