#3 「随分と近代的な…」
その後、罵詈雑言が飛び交う掲示板を後にした泳梨は、やたらと広大な中央広場を改めて探索することにした。
周りには、銀行や食堂、宿屋や酒場……RPGにおいては欠かす事の出来ない施設が立ち並んでいるものの、広場、というにはあまりにも曠然であり、まるでそこが1つの街かのようだった。
中央広場の他にも北広場、西広場、南広場、東広場などと広場だけでも5つの区域に分かれているはずだったのだが、「只今建築中の為、進入禁止」と粗雑に殴り書かれた看板が其々の入り口に配置されており、その奥は閑散としていた。つまり、現状「広場」として機能しているのは、中央市場だけである。
未だ未完成のゲーム故、近いうちにアップデートでも実装されるのだろうか?と、特にアテもなく散策している泳梨は、今し方起こっている出来事を頭の中で整理していた。
この『ハコニワ・リコネクト』は、現実世界を模したゲームであり、現実へと帰る方法はゲームをクリアする他に今の所方法は見つかっていない。
それもそのはず、ゲームクリアの条件に関して言えば、管理者も深くは語ってはおらず、現時点では元の世界に帰ることが出来るのかどうかさえ不明。この事に触れなかったGMに腹を立てたプレイヤーもいるのだろう。
確かに、自らがオーナーとなって店舗を経営するシミュレーションゲームや、ペットやモンスターなどの育成ゲームなんかは、明確なゲームクリア条件が設定されていない場合がある。だが、管理者自らが『ゲームクリア』の存在を仄かしている点から、一応条件がありそうなものだが、そもそものクリア条件が不詳なゲームというのは、他に類を見ない。
そして、このゲームの根幹にあるのは、定められた役職に就き、第二の人生に歩むことを主な目的としているようだ。
現実世界に極めて近く、大きく異なる点は生活する街そのものと、自分の職業くらいのものだ。泳梨の場合は巫女だが、人によって同様にランダムで決められているのだろう。
しかし、縁も所縁もない泳梨にとって、まず「何をするのか」すら予想すらつかない。思いつくのは御守りとお札の販売や、祈祷と境内の掃除……そのくらいのものだった。
(さて、と……)
丁度広場を1周グルリと見回り、再び中央広場へと戻ってきた泳梨。遠目に見える掲示板には、相変わらず多くの人が詰めかけており、彼方此方では悲鳴や叫声が耳に入った。
泳梨はげんなりしながら掲示板を迂回しつつ、先ほどのGMからの手紙に目を通す。先程は気付かなかったが、確かに右下に『セントラル街F-14』と小さく書かれている。
恐らくこれが、GMの言っていた例の『住所』の番号なのだろう。
「セントラル街……?」
泳梨は頭に疑問符を浮かべたが、やがて合点がいったように頷いた。
中央広場にも建物はあったが、そのほぼ全てが商業施設によるものであった。つまり、プレイヤーの住居はまた別の場所にあるらしい。
「とりあえず……行ってみようか」
既に何時間と中央広場内を歩き続けていたが、そんな疲労よりも好奇心が勝った泳梨は、その足でセントラル街へと赴くのであった。
それから、何十分と経過した頃、漸く自宅へと辿り着いたのだが、
「と、とりあえず指定の軸の通りに来たけど……ひ、広すぎる……」
疲労が重なった泳梨は、あまりにも膨大なマップに心が折れかけていた。
街への移動には、基本的に中央広場の真ん中に建設されている『転送門』を使えば早い。なおかつ、中央広場からセントラル街までは移動距離的には然程遠くはなかった。
だが、一RPGを名乗るゲームにしては、思ったより……というか、充分すぎる程に広かった。
例えば、ハコニワ・リコネクトの中心都市であるとされるセントラル街を、端から端まで徒歩で移動するだけで最短でも片道30分程度はかかるらしく、現状プレイヤーは徒歩か、要所要所にしか設置されていない転送門のみでしか移動出来ない為、ノンストレスとはいかない状況であった。
(広場から私の家まで大体10分くらい……せめて移動手段増やすか、目的地まで自動転送してくれればなぁ……)
自身様々なゲームをプレイしていた身であったが故、他のゲームと比較しまうのは性ではあるが、せめてもう少し何とかならないものだろうか、と泳梨は疲れきった表情を浮かべながら肩を落とした。
「表札は私の名字だし……間違いないよね」
RPGにおいて、寝泊りするのは宿屋であるというのが定石だろう。「自分自身の家」があるというのは新しくも感じる。
恐る恐るその鉛色に塗られた金属製の扉へ近づいて、ドアノブに手をかけた……その時、何処からともなく機械音声が流れ始めた。
『ヨウコソ、"ハコニワ・リコネクト" ノ セカイ へ』
「え……あ、はい」
突如として聞こえた無機質な声に、驚きのあまり思わずそれから手を離してしまった泳梨は、なおも聞こえ続ける女性の音声に耳を傾けた。
『"ツクモ ククリ" サマ デ オマチガイ ナイデスカ?』
「だ、大丈夫。合ってます」
『オマチガイ ナイヨウデシタラ コノママ ジュウキョトウロク フェイズ へ イコウ シマス』
言い終わるが早いか、扉のすぐそこの壁に小さな何かの紋様が浮き出たと思うと、再びアナウンスの声。
『アンゼン ノ タメ シモンニンショウ ニ ゴキョウリョク クダサイ』
「指紋認証……成る程、人差し指でいいのかな」
『ナニユビ デモ カマイマセン』
「え、ちゃんと会話とか出来るんだ……」
『サイシンエイ ノ AI デス カラ ネ』
流石最新鋭……と感嘆を漏らす他なかった。
(指紋認証システムや最新型のAIなんて、随分と近代化が進んでいるのに、街の移動は徒歩って……どこか古いような、懐かしいような…)
この後に入るであろうアップデートにより、更に未来都市のように発展していくのだろうか、などと思案しつつ、その紋様に右手の人差し指を置くと、暫く渦を巻くようなマークに変化した後、
『────トウロク ハ カンリョウ シマシタ 。 ロック ヲ カイジョ シマス』
ガチャン、と扉が小気味良い音で鳴り渡り、謎の紋様自体も役目を終えたかのようにブラックアウトした。
恐らく、この扉を開錠するには、この紋様部分に人差し指で軽く触れるだけで簡単に開くようになったのだろう。
「……よし」
一呼吸ついてから、泳梨は今度こそ扉を開け放ち、中に入っていくのだった。