雷帝の登場と最期
ロード・ラステイター出現を確認した正清は、すぐに出発しようとした。
「高崎くん! 止まれ! キミはここにいなければならないんだ!」
「でも、相手は魔王級なんですよ! 二人だけじゃ荷が勝ちすぎる……!」
正清は幾度の交戦経験から、その強さを身に染みて理解していた。
だが、玄斎は微笑み正清の方を叩いた。
「彼らを侮ってはいけないよ、高崎くん。
キミがラステイターと戦ってきたように、陽太郎たちも日々の戦いで成長している。
そう簡単に負けたりはしないさ」
玄斎に説得され、正清は渋々ながら席に戻った。
玄斎は息を吐く。
「陽太郎、相手は危険な魔王級ラステイターだ。勝算はあるのか?」
『ご心配なく、先生。勝算なく突っ込んで行くほど、バカな真似はしませんから』
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影を纏わせた槍の柄で、睦子は紙一重のタイミングでロッドを受け止めた。
ロッドの先端から電気が放出されるが、それは影の表面を伝って行き、空中に霧散した。
「面白い力を持っているようだな。影に実体はなく、フィードバックもないか」
ロード・サンダーはニヤリと笑い、回し蹴りを繰り出して来た。
睦子はバックステップでそれを回避。
だが手首を返し放たれたロッドの刺突を避けることは出来なかった。
伸縮警棒くらいの長さのあるロッドが、睦子の腹にめり込む。
そして先端から電流が迸る! 彼女の体を高圧電流が焼き、吹き飛ばす!
睦子は壁に激突した!
「さすがは、ロード・ラステイター。私じゃ手に余る相手みたいですね……!」
重くしっかりした足取りで迫ってくるサンダー。
睦子は手を付き、影をカーテンのように展開した。
サンダーは鬱陶し気にそれをなぎ払い、剥ぎ取る。
睦子はその陰に隠れ、地下街を脱出しようとした。
だが、その眼前にサンダーの配下が現れた!
焦げ茶色の毛に覆われたグリズリーラステイター!
黒い体毛と黒い顔が特徴的なゴリララステイター!
動物公園から逃げ出したラステイターだろう!
両者は凄まじいパワーで殴りかかって来る!
睦子は槍で受け止めるが、反動で後方に流される!
「俺の可愛い部下から逃げらえるはずがあるまい! イヤァーッ!」
サンダーはロッドの先端を睦子に向けた。
反射的に、彼女は影の盾を掲げた。先端から電光が迸り、彼女を襲った。
電光は影によって流されるが、死角からサンダーが踏み込み、槍のような蹴りを叩き込んだ!
影の盾はあっさりと粉砕され、睦子は再び吹き飛ばされる!
「貴様がこの地下から脱出することは出来ん。誰にも看取られぬまま惨たらしく死ね!」
サンダーは残虐な笑みを浮かべて睦子を挑発した。
睦子はそれを受けて――笑った。
「そう、私の考えは違うわね。死ぬのは、あなたの方よ――!」
その時、地震のような衝撃が両者を襲った。
予期していなかったラステイターたちはそれに驚き、睦子は予測していた衝撃に身を固め耐えた。
睦子の動きに攻撃を警戒したサンダーは、後退。その決断がサンダーの命を救った。
天井が、いきなり崩落した!
それと同時に、何発ものミサイルが飛来する!
「なっ……! これは、貴様の仲間の攻撃か!」
サンダーは電光を発し、迫り来るミサイルを迎撃した。
だが、ゴリラとグリズリーはそれを避ける手段を持たない。
防御を固めるが、しかしミサイルは彼らを素通りした。
その代わり、周辺一帯の天井を支えていた柱に命中、それを崩した。
天井が崩落し、二体のラステイターに瓦礫が降り注ぐ!
超越生命たるラステイターはそんな攻撃では死なない。
だが彼らの体を影が包み込んだ。睦子のパワーソースが。
崩落によって生じた影に、睦子の影が触れた。
影から影に、それは広がっていく。
影の持つ元の範囲から外に行くことは出来ない。
だがそれぞれが繋がり合ったいまならば、最大の力を発揮することが出来る。
影から生じた刃が、逆ギロチンめいてせり上がった。
ゴリラとグリズリーは首を刎ねられ、爆発四散した!
「貴様……! 俺の可愛い部下を殺してくれたな!? よくも、貴様ァッ!」
「私に構っていていいのかしら? あなたの敵はもっと強いわよ……!」
崩落した天井から、次のミサイルが飛んで来た。
サンダーは迎撃の雷を放つが、しかし埒が明かなかった。
誘導弾の数は段々と増えている。
このままでは押し潰されると判断したサンダーは、駆け出した。
影の手が何本も伸び、サンダーを捕まえようとするが、彼は器用にそれを避けて跳躍。
崩落した天井から地上へと向かった。
「……須田さん。ロード・サンダーはそちらに向かいました。あとはお願いします」
『了解した。こちらでも敵を確認したよ。ゆっくり休んでいたまえ』
その言葉を聞いて、睦子は変身を解除した。
魔力的にはまだ問題はないが、しかし肉体的な疲労と傷は深い。
魔力は肉体を修復し、欠けた力を補填するために大気中の魔力を吸収する。
それでは、滅びへの一歩を進んで行くことになる。
睦子は瓦礫の山に腰を下ろし、一息ついた。
上方では戦闘の音が絶えず響いていた。
須田が放ったヴァリアガナーの弾丸を、サンダーはロッドで弾き飛ばした。
「避けられたことは結構あるが、弾かれたのは初めてだ。大した反射神経だな」
雷を司る動物から進化したサンダーは、どんな生物よりも電流を操る術に長けている。
それは自らの生体電流も例外ではない。
電流の通り道を増やし、制御することによって、優れた反射神経を得ることが出来たのだ!
「だが分かったことがある。弾いたってことは生身に食らえば傷つくんだろ!」
須田はブレードモードを展開、二刀を携えてサンダーへと切りかかった。
サンダーは反射神経を研ぎ澄まし、須田の斬撃を観察した。
冷静に斬撃にロッドを合わせ、電流を流した。
ブレードを伝って須田の体に電気が到達! 彼の体を揺らす!
「この力に耐えられる生物は存在しない……! 俺はすべての頂点に立つものだ!」
電流によって機器と肉体の均衡を崩された須田は、続くサンダーの連撃に対応出来なかった。
ロッドによって何度も打ち据えられ、太い足から繰り出された前蹴りによって弾き飛ばされる!
須田は電流によって痛めつけられた四肢に力を込め、立ち上がった。
「ってて……電気とは相性悪いよな、この鎧。キミって最悪の相手っぽいね」
「その余裕がいつまで続くか見ものだな! 続かんだろうがなァーッ!」
好機を見たサンダーはロッドを威圧的に振るい、須田に向かって突進を仕掛けて来る!
須田はヴァリアガナーを向け、発砲。
だが電撃によって感覚を狂わされたためか、弾丸はサンダーを掠りもしなかった。
サンダーは嘲笑した。
「もはやまともに俺を狙うことすら出来んか! ならばこれで終わりだ!」
サンダーは跳躍し、全体重を掛けて須田に殴りかかる!
須田は震える手でヴァリアガナーを結合させ、ライフルモードを形成。ブレードを生成した。
そして片膝を突き、刃の片方を地面へと突き刺しロッドを受け止めた。
電撃は金属質の刃を通って地面に流れる!
「電気はより伝導率の高い方に流れていく…… 樹脂グリップよりも流れやすい方に!」
「ぬぅーっ、少しは知恵を使ったようだな、人間!
だがこの体勢で俺の力に耐えられるか!?
押し潰されないように、いつまで頑張っていられるかなァーッ!」
哄笑するサンダーは、気付かない。
背中から彼に迫るものがあることに。
「耐える必要なんてない。キミが力を抜いてくれるんだからね……!」
サンダーは背中に凄まじい痛みを感じた。
いつの間にか放たれた弾丸が、彼の背中を抉ったのだ。
事態を理解出来ないサンダーは、一瞬考えてしまった。
サンダーが誘導弾を知っているか、いないか。それは賭けだった。
ラステイターが仲間と密に連携を取っており、またハンドガンモードでも誘導弾が使えると知っていればこの作戦は通用しなかっただろう。結果として、須田は賭けに勝った。わざと外した誘導弾がサンダーの背中を抉り、須田に反撃の機会をもたらしたのだから!
須田はサンダーを押し返し、ブレードロッドを振り下ろした。
装甲を切断、切り返し再度斬撃を加える!
通常の刀剣とは異なる形状を持った武器による攻撃に、サンダーは対応し切れない。
反射神経に優れているとは言っても、それは普段の蓄積があるからだ。
攻撃への対処法を知らなければ、ましてやダメージを負えばそれを生かしきれない。
須田はショルダータックルでサンダーを押し、大上段に構えた剣を振り下ろした。
好機を見て、サンダーは攻撃を止めようとした。
だが、振り下ろされた剣はロッドに掠りもしなかった。
攻撃の途中で分解され、サンダーには届かなかったからだ。
斬撃と同時に懐に潜り込んだ須田は、ヴァリアガナーを振り上げた。
銃身下部に接続されたブレードがサンダーの甲冑を切り裂いた。
舞い踊るような連続攻撃を受け、サンダーは多大なダメージを受ける!
後退するサンダーに、須田は更なる攻撃を繰り出す!
須田は斬撃と同時に一回転。
背をサンダーにぶつけながらヴァリアガナーを再結合、マグナムモードを発動。
ガナーは須田の右手に巻き付き、ガントレットのような形になった。
鉄山靠めいた一撃を喰らいたたらを踏むサンダーの胸に、マグナムの一撃を繰り出した。
打撃の衝撃、そして弾丸の破壊力がゼロ距離で炸裂する!
「単純な出力じゃあ、キミには勝てないかもしれないがね。手の多彩さじゃ負けん!」
ガナーの形状を元に戻し、須田はエクスブレイクを発動させた。
銃口に魔力が収束して行く。吹き飛んでくサンダーは、それを認識出来ない。
躊躇わずにトリガーを引いた。
高圧縮された魔力が、サンダーに向かって飛来する。
あれを喰らえば、傷ついたサンダーは一溜まりもないだろう。
だが、ウィズブレンのセンサーは戦闘に介入するものを感知した。
サンダーの手前にあったアスファルトが凍結したかと思うと、氷柱がせり出して来た。
そしてそれはどんどん広がって行き、須田の足元にも。舌打ちし攻撃を回避!
「チッ……まさか二体同時に出て来るとはな。ロード……フローズン!」
マグナム弾を受け、氷柱は砕け散る。
だが、その奥にはもう一つ盾があった。
フローズンその人が掲げる盾が。
彼女は魔法少女としてそこに立ち、サンダーを守った。
「お前は……フローズン! 何をしにきた! 貴様の助けなど借りずとも、俺は!」
「それは僕も聞きたいね。まさか、仲間を助ける気があるとは思わなかったが……」
フローズンはニィ、と笑った。
彼女は須田に盾を向け――サンダーに向けて放った。
至近距離から放たれた仲間からの奇襲に、さしものサンダーと言えども反応すら出来なかった。
想定すらしていなかったのだから当たり前だ。
サンダーの胸に大きな風穴が開き、魔力が漏出した。
胸元に空いた穴を、サンダーはぼんやりと見た。
「フロー、ズン……これは、いったい。お前、俺をどうするつもりだ……!?」
「魔力がなければ、覚醒は出来ない。時間をかけてあまりいいことはない。だから」
フローズンは傷穴に腕を突っ込み、乱暴にかき回した。
悲鳴を上げるサンダーに構わず、彼女はサンダーの体内から目的のものを取り出した。
すなわち、マギウス・コアを。
「あなたの力を貰う。そのために、みんなをここに呼んでもらったんだから」
「きさ、ま……貴様! やはり、しょせんは人間から進化したラステイターか!
お前たちはどれほどの力を得ても、それに満足しない! それでは主の理想など到底――」
「あなたの意見は聞いていないよ、サンダー。大人しく、私に捧げていればいい」
足元から飛び出して来た氷柱が、サンダーを貫いた。
サンダーは爆発四散すらすることなく、灰のように色を失い大気に消えて行った。
「進化するために、僕らを利用したということか……!」
「ありがとう。あなたたちのおかげで、私は魔帝になれる。
この世界を凍結させて、そして……理想の世界を築くの。
誰も、二度と動かない世界を」
大気が逆巻いた。フローズンが発生させた、急激な温度差によるものだろう。
視界を塞がれ、それが回復する頃にはフローズンの姿は消えていた。




