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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
終末、来たれり
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桐沢雪菜という少女

 正清は電灯が落ち、暗くなった家に帰宅した。

 『ただいま』と声をかけるが、返答するものはいない。

 父はアフリカに出張、母は親戚を頼って県外に出て行ってしまったのだから。

 高崎家はいま、バラバラだ。父だけはまだそれに気付いていないが。


 ネクロマンサー事件があった後、母は正清に一緒に県外に逃げよう、と言った。

 それはもちろん、正清には受け入れられないものだった。

 だが、それを適当に答えてはならないと思った。


 母が浮かべている表情は真剣で、自分の身を案じてくれていることが分かったからだ。

 だからこそ、正清は自分が抱えている秘密のすべてを正直に告白した。


 彼が過ごしてきた、半年もの戦いのすべてを。

 自らがシャルディアになったこと。

 自分の持つ才能、否定魔力について。

 そして、美里を守るために戦っているということを。

 母は半信半疑だったが、彼の持つドライバーを見てすべてを知った。


「ねえ、ショウ……それって、その……危険なことなんでしょう? 死ぬような」

「うん、そうだね。実際のところ、死にかけた。もう嫌だって思ったことも何度もある」


 母は正清に止めるように促した。

 何度も死にかけて、傷ついて。

 これ以上戦う必要はないと、言った。


 だが、正清はそれをきっぱり断った。

 顔をひっぱたかれて、泣かれた。

 それでも正清は説得を続けた。

 一晩話し合って、夜が明ける頃に母は折れた。


「……分かったわ。お父さんには秘密にしておく。またこんなことになるからね」

「ありがとう。それから、ごめん、母さん。心配してくれてるのに……」

「どんなに心配したって、親心ってのは子供に伝わらないものなのよ。

 きっとそれは、親のエゴが多分に含まれてるからね。

 だから子供には受け入れられないことばっかり」


 母は最期に正清を抱きしめた。

 こんなことをするのは何年ぶりだろう、と考えた。


「必ず生きるんだよ、ショウ。次に会うのが葬式なんて御免だからね」


 そう言って、母は行った。

 最初は残ると言ったが、今度は正清が反発した。

 もう近しい人が犠牲になるのはたくさんだった。


 朝早く、母は荷物をまとめて出て行った。

 正清が暮らして行けるだけの金を残して。

 そして、がらんどうの住居を残して。


(誰もいなくなるって言うのは、こういうことなのかな。いや、まだマシだ)


 千葉には救援物資も届くし、街から自由に出入りが出来ないわけではない。

 さすがに検問は敷かれていないし、いまも羽田行きの飛行機が空を舞っている。

 それでも……かつてないほどの規模で、千葉は衰退していっている。

 それを間近で感じていた。


(ラステイターをすべて排除して、この事態を解決する。

 そうすることだけが人を助けて、美里を助ける方法なんだ。

 弱音を吐いたり、している場合じゃない……!)


 コンビニで買ってきた弁当を広げて、正清はささやかな夕食を取った。

 メサイア起動は大量の魔力を必要とし、魔力の回復のためには休息と栄養が必要だとされている。

 しかし、いまの状況で十分な栄養は望むべくもなかった。


 せめて、十分な休息を取ろう。

 正清は早めにベッドに入った。午後七時、普段ならばまだ街の明かりは絶えていない。

 これから夜が始まる、という時間帯だ。


 だが、世界は静まり返っていた。

 それはこの近辺だけではない、千葉の中心部も同じような状態だ。

 ほんの少し前まであった平穏は、一月の間に消え去っていた。




 翌日。

 底冷えする寒さで正清は目を覚ました。

 夏の熱気がまだ残っていると思っていたが、そうでもなかった。


 毛布でも引っ張り出さなければ風邪をひいてしまいそうだった。

 曇ったガラスを擦り、外を見た。木枯らしが吹き、木の葉が舞い飛んだ。


 温かく簡単な食事を摂り、正清は家を出た。

 つけっぱなしにしたスマートフォンからニュースが流れて来る。

 関東は例年にない速度で冬に近付いているのだそうだ。

 気温はグングンと下降して行っており、一週間も経てば冬本番になるペースだそうだ。


(どんなことが起こっても、季節ってのは関係なく巡って来るんだな……)


 当たり前ながらに力強い自然の力を感じつつ、正清は第三社史編纂室へ急いだ。

 街はほとんど死んでおり、学校も例外ではない。休校状態なのは都合がよかった。


 十数分後、正清は部屋に辿り着いた。

 中では須田と玄斎、島崎が難しい顔をしている。


「おはようございます、皆さん。どうしたんですか、そんな難しい顔して」

「あ、おはようございますショウくん。ところで、気付いてらっしゃいますか?」

「いや、いきなり来てそんなことを言われても困るんですが」


 本気で当惑する正清と、疑問符を浮かべる島崎に苦笑しながら、玄斎は説明した。


「急激な気温低下についてだ。キミも朝起きた時、相当寒いと思ったんじゃないか?」

「ええ、もう冬本番になるような報道もありましたよね。それがどうしたんですか?」

「どうやら、それは人為的な行為によるものらしい。僕が昨日戦った敵については?」


 既に聞いている。凍結の力を操るロード・フローズン。

 かつて正清も対峙した白い魔法少女だ。

 あの時は、ラステイターだとは思いもしなかった。


「いま悟志に外を回ってもらっている。しばらくすれば結果が出るはず……」


 そう言うのとほとんど同時に、悟志からの通信が入った。

 須田はさも面白そうにモニターを叩いた。

 カメラに近すぎたのだろう、悟志の顔が大写しにされた。


『いま銚子との市境の辺りにいます。須田さんの予想は多分あたりですね。

 千葉を中心として、円形に冷却範囲が広がっている。

 それから少しずれると気温が元に戻ります』

「分かった。なら、海にドローンを飛ばそう。冷却半径が分かるかもしれん」


 短く返答し、須田は通信を切った。

 その表情には複雑な色が滲んでいる。


「ロード・フローズンは我々が戦ってきたどんなラステイターよりも危険な存在かもしれない。

 アリエスも、ネクロマンサーも、これほど広域に能力を展開することは出来なかった。

 魔力量で劣るはずのロード・ラステイターにこんなことが出来るとは……」

「フローズンを倒せば、これは解除されるんですよね?」

「恐らくは。だが、ネクロマンサーが死んだことによって彼に操られていたラステイターが解放されたことからもその可能性は高いだろう。まずはフローズンを見つけなければ」


 正清は頷いた。

 だが、二人はこれに納得しているのだろうか、とも思った。

 今回のラステイターは、彼の仲間が探していた少女なのだから。


「僕らのことを心配しているならば、それはいらぬ心配だと言っておこう。正清」

「でも、フローズンの本体は桐沢って人が探していた人なんでしょう? だったら……」

「確かにそうだ。だが、それだけだよ。

 いまの桐沢雪菜は危険なロード・ラステイターとなってしまった。

 ならば、僕たちの仕事はそれを滅ぼすこと。そこに迷いはないさ」


 須田は正清の目を真っ直ぐ見て、言った。

 かつて、数多がラステイターとなった時も須田はそう言った。

 だがいまの目にはあの時にはなかった決意がある気がした。


「キミに殺せと言っておいて、僕が迷ってなどいられないさ。

 ロード・フローズンは我々の手で始末する。そのために力を貸してくれるね? 正清」

「ええ、それはもちろん。ラステイターを倒すことは僕の目的とも一致します」


 正清にすれば、桐沢雪菜はまるで知らない人間だ。

 それがラステイターと化してしまったなら、倒すことに何の迷いもない。

 ラステイターになった人間が元に戻れないことも知っている。

 ならば、彼女を解放するためには死を与えるしか方法はない。


「お話の途中すみません、須田さん。

 千葉市街地を巡回中の睦子ちゃんから通信です!

 地下街からラステイターが出現、かなりの数がいるそうなので応援が欲しいそうです!」

「地下からか……奴らの根城をつついてしまったのかな、睦子は?

 分かった、すぐに向かう。睦子には僕が到着するまでは引き気味に戦うように言っておいてくれ」

「了解です! 足止めとか時間稼ぎとかなら、睦子ちゃん大得意ですからね!」

「僕も行きます、須田さん。場所はどこなんです?」


 正清は立ち上がろうとしたが、須田に手で制された。


「キミは昨日、メサイアフォームを発動しているだろう? 取り決めを忘れたか?」

「……メサイアを発動した翌日は、大事を取ってすべての任務から外れる、ですよね」

「代わりにこっちの書類整理でも手伝っておいてくれたまえ。

 色々なものが溜まって、知っちゃかめっちゃかになりかけている。

 先生、こいつのことをお願いしますよ」


 それだけ言って、須田は部屋から出て行った。

 正清は深いため息を吐いた。


「確かに取り決めはそうなっていますけど、いまはそんなこと言っている場合じゃ……」

「睦子くんの危機にキミが不安を抱くのは分かる。だが、落ち着いてくれ。高崎くん」


 玄斎は正清の方を強く掴んだ。

 行くな、と全身で主張しているのが分かった。


「キミに負担がかかれば、DMFの研究が遅れる可能性だってある。

 目の前のラステイターを倒すことも大事だが、キミが生き残ることはもっと大事なんだ。

 分かるね?」

「……分かりました、分かってますよ。ですから、その、この手を外してください」


 肩にめり込む玄斎の強い力に、正清は顔をしかめた。

 歳の割に玄斎は力が強い。朗らかに笑いながら、玄斎は手を放した。

 この数週間で彼も調子を取り戻して来た。


 しばらく、正清は玄斎とともに書類整理を行った。

 黙々と続けられる単純作業。

 そんなことを続けていると、正清の中で疑問がむくむくと鎌首をもたげて来た。


「……ところで、桐沢雪菜って言うのはどういう人なんですか?」


 思えば、正清は桐沢という人間についてまるで知らなかった。


「私も雪菜に会ったことはない。

 取り寄せた情報によれば、桐沢が四十台前半の時に産んだ子供で、生きていれば二十二になる。

 それなりに成績は良かったみたいで、数学大会で入賞したこともある。

 ただ、素行は結構荒れていたみたいだがね」

「それで、ラステイターによって浚われても誰も騒がなかったんですか……」

「妻を失った桐沢は、仕事と子供にすべてを捧げた。

 残念ながら、親子仲はそれほどよくなかったみたいだがね。

 よくあることだが、子供は近付いて行くほどに遠ざかる」


 何となく、それは分かるような気が正清にはした。

 親が自分のことを気遣い、べたべたと近付いてきた時は、彼らのことを鬱陶しく思ったものだ。

 だが、こうして離れ離れになって分かることがあった。

 自分にとって両親は大切な存在だったのだ、と。


「警察が捜査を打ち切ってからも、桐沢は子供を探し続けた。

 だからかもしれないな、彼は子供の面影を陽太郎に重ねていたのかもしれない。

 あの子の面倒をよく見た」

「……ある意味で、桐沢さんって言う人は育ての親なんですね、須田さんにとっての」

「そういう言い方も出来るかもしれないな。傍から見ていただけだが、いい父親だった」


 だからこそ、須田はラステイターとなった実の娘、雪菜を倒そうとしているのだろうか?

 桐沢雄一がこの世に遺したものとしては、あまりに酷すぎるから?


 ぼんやりと考え込んだ正清の意識を、けたたましいアラームが引き戻した。

 弾かれ、モニターを見た。


 この警報は大量の魔力を検知した時に発生するものだ。

 島崎の顔にも緊張が走り、凄まじい勢いでキーボードを叩いている。

 発生地点は、千葉市の地下街だった。


「まさか、むっちゃん先輩のところに……!?」

「固有魔力波形計測! この反応……ロード・サンダーのものと思われます!」


 それは、ザクロがもたらしたデータに記載されていた、三体のロードのものの一つだ!


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