氷結する戦場
『絶氷の魔法少女』、桐沢雪菜は腕を振るった。
須田の足元が凍結し始める。彼はサイドステップを打ち、雪菜の攻撃をかわした。
瞬間、氷の柱がせり出して来た。あと一秒あそこにいれば串刺しにされていただろう。
須田はヴァリアガナーを発砲した。
両手から放たれた弾丸は、しかし彼女の周囲を旋回する盾によって弾かれた。氷の盾だ。
彼女は自身の力によって生み出した氷を、サイコキネシスめいた力で操作することが出来るのだ。
せり出して来た氷柱が形を変え、須田に襲い掛かって来た。
「十年間姿をくらましていたキミが、いったい何故いまになって現れる!」
須田はブレードモードを展開、迫り来る氷樹の枝を弾き飛ばした。
続けて雪菜は自身の周りを旋回させていた盾を操り、須田にぶつけようとしてきた。
盾は回転しており、表面には細かなギザギザが刻まれている。
サークルソーのようなものだ、あれによって切り裂かれればただでは済むまい。
だが、それは雪菜自身の防御を解くという意味でもある。
須田は回転し迫る盾の軌道を予測、最適な回避角度を計算し、身を屈めた。
氷樹の枝、そして回転する丸盾が須田がいた場所を素通りしていく。
いくらかは表面を掠めたが、微々たるダメージだ。
須田は銃口を雪菜に向け、発砲。彼女の体に、いくつもの丸い穴が穿たれた。
「暗闇の中から、世界の輪郭を見たわ。酷く朧気で、ぼんやりしたものだった」
穿たれた穴から亀裂が広がって行き、彼女の体が粉々に砕けた。
その下にあったのは、クリスタルの鎧を纏ったラステイター。
女性的なほっそりした、胸元の膨らんだ鎧だ。
「まさかとは、思っていたが……ロード・ラステイターだったのか……!」
「私はこの世界を確かなものにする。決して壊れることのない完全な世界に」
素通りした丸盾が空中で軌道を急転換し、直上から須田に迫って来る。
須田は不安定な姿勢でバックステップを打ち、それをギリギリのところで回避。
雪菜はそんな須田目掛けて突撃、その手で自らが生み出した氷樹を掴んだ。
メキメキと音を立ててそれは形を変え、一振りの槍へと変わった。
雪菜はそれを須田の喉目掛けて繰り出した。
ヴァリアガナーのブレードを交差させ、それを防ごうとしたが、へし折られてしまった。
かなりの衝撃とダメージを軽減したことに間違いはないが、それでも槍は須田の喉を打った。
瞬間、息が詰まる。須田は吹き飛ばされ、無様に地面を転がった。
氷の槍をくるりと一回転させ、雪菜は構えを取った。
ロード・フローズン。
「ひどく抽象的で何を言いたいのかはよく分からないが……
要するにこの世界をぶっ壊して、ラステイターの世界を作ろうってんだろ?
そんなことはさせるものか!」
須田はヴァリアガナーを結合、ライフルモードとブレードモードを展開。
長物を構え、雪菜と対峙した。その最中に救援メッセージを発するのは忘れない。
改修を加えたとはいえ、魔王級ラステイターを単身で相手取るのは酷くリスキーだ。
出来ることなら三人で当たった方がいい、例えそれが恩師の娘であっても。
須田はブレードをしっかりと保持し、フローズン目掛けてそれを振り下ろした。
ブレードロッドの威力は、フローズンの膂力を持ってしても易々と受け止められるものではなかった。
フローズンは後退しながら須田の連撃を受け止める。
接近戦への適性はそれほど高くないのかもしれない。
ブレードロッドは広い片刃の刀身と、峰の部分全体に生えた持ち手から成る武器だ。
故に、両手武器としても片手武器としても使い易い。
須田は右手で持ち手の中心辺りを持ち、左手を遊ばせた。
構えの変化に一瞬フローズンは訝し気な視線を向ける。
だが、すぐ攻撃に移った。
相手の奇手に付き合えば自分が不利になるだけだということを理解しているからだ。
フローズンは槍を突き込む。
須田はそれをブレードで受け流し、反撃に移ろうとしたが、すぐ横に飛びずさった。
槍が変形し、須田の頭部を狙う刃が凄まじい速度で打ち出されたからだ。
変幻自在の槍攻撃、隙の少ない攻撃だ。
(だが、近接戦闘ではあの能力を十全に生かすことは出来ないらしいな。
氷の形状を操る能力、打ち出した氷を操る能力。
それには大きな集中力を必要とするのだろう。
ならば、接近戦で始末をつけることが出来れば……!)
一瞬の後退でかなりの隙を作ってしまった。
フローズンは盾を再生成し、自分の周りに旋回させている。
惑星の周囲を飛び回る衛星のような軌道を取る盾を完全回避するのは至難の業だ。
それでも……ウィズブレンの身体能力ならば可能か? 須田は一瞬考えた。
「……決まっている。僕に勝てる人間など、この世界には存在しないのだから!」
須田は手元でブレードロッドを回転させ、突進した。
百メートル三秒九の神速が、フローズンに迫る!
フローズンは冷静に手を掲げ、須田を狙った。回転する盾が須田目掛けて飛ぶ!
この距離、このスピード、須田に回避は出来ぬ!
『須田さん、位置に着きました。あんたを狙っている盾を止めりゃいいんですよね?』
「そういうことだ。早くしてくれよ、悟志。さっさとしなきゃ僕が死ぬ――!」
その時だ!
いくつもの発砲音が鳴り響き、横合いから弾丸が飛来!
須田に向かって迫る氷の盾が横から撃ち抜かれ、軌道を大きく逸らした!
フローズンは攻撃地点を凝視する。
背の高いビルの屋上には、黒い戦闘服に身を包んだ男、マグスがいた!
強化改修を施された狙撃仕様のバスターライアット。
衛星リンクシステム。
そしてマグスとウィズブレンの間に施された知覚リンクシステムがなければ成し得なかった神業だ。
悟志は須田の視界に映る丸盾の軌道を予測。衛星監視システムを使って誤差を修正し、迎撃したのだ。
マグスとフローズンの間には力の隔絶がある、だが弾くだけなら!
須田はエクスブレイクを発動させた。
ブレードロッドの刀身に魔力が収束し、光り輝く。
フローズンはそれを眩しそうに見て、自身の周りに氷柱を展開した。
「その程度の防御……貫き、そして終わらせてくれる! 桐沢――雪菜!」
須田はスピードを緩めず駆け、そして踏み切った。
全体重とスピードを乗せた斬撃を、フローズンに向けて繰り出す。
胴体を一刀両断に断ち切り、着地。
その背後でフローズンが作り出した氷柱が爆散した。
その中には――何もいなかった。
「……チッ。クラッシャーとやらが使った手と同じか。だが地中には逃げられないはず」
「どうやら氷の柱を作る合間に逃げたみたいです。俺も気を取られちまいました」
「まあいい、監視システムはフローズンのことを認識している。
彼女の魔力を、微弱なものでも捉えれば反応するだろう。
新たな魔王を見つけただけ、よしとしよう」
須田は落ち込む悟志を激励し、変身を解除した。
周辺にはラステイターの魔力反応はなく、フローズンが戻ってくる気配はない。
魔力をほとんど持たぬ須田の身には、ウィズブレンの力は強烈すぎる。
定期的にインターバルを入れなければならない。
「それにしても、桐沢……雪菜、か」
一度だけ、雄一に写真を見せてもらったことがあった。
満面の笑みを浮かべる雄一とどこか冷めた態度を取る雪菜とのギャップが印象的だった。
『あの子は離婚して以来、笑顔を見せてくれない』と雄一は寂しげに微笑んだ。
あの澄ました顔と、いま浮かべている顔は、よく似ている。だからこそ気付いたのだ。
「先生、もうご存知だとは思いますが、今回交戦したラステイターは……」
『ああ、分かっている。
こんな時にあの子と会うなんて、それこそ数奇な運命というところだろう。
だが、我々のやることは変わらない。分かってるだろう、陽太郎?』
「……ええ、分かっていますよ。先生。ラステイターを殲滅する、それに変わりはない」
それだけ言って、須田は通信を切った。
彼女の顔を見たら、雄一はどんな顔をしただろう?
喜んだのか、悲しんだのか。
多分喜んで、そして戦うだろうな、と思った。
自分を育ててくれたあの男は、誰よりも実直な男だった。
須田は少なくともそう信じていた。
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戦闘を終え、ロード・フローズンは桐沢雪菜に戻っていた。
その胸元には輝く氷のようなマギウス・コアがあった。
喉と一体化している。ラステイター化の証だ。
「まあまあだったみたいだね。雪菜ちゃん?」
戻って来た雪菜に対して、アークロード・ナイヅは声をかけた。
ここはかつて石油プラントとして使われていた場所だ。
重金属の障壁によって覆われており、また周囲は水に近い。
アークロードの放つ魔力を効果的に中和してくれるのだ。
彼らの最終的な目標はすべての生き物をラステイターとすることだ。
だがそのためには段階を踏まねばならない。
特に、ラステイターを殺すものが完全に目覚めてしまったいまとなっては。
「あの子を守らせるって言う目的は、達成出来なかったみたいね?」
氷のように冷たい声で、雪菜は言った。
ナイヅは苦笑し、首を横に振った。
「彼はあの子を、美里を守るために戦ってくれているよ。我が愛しい娘をね。
彼が彼女を守っている限り、我々の勝利は揺らがない」
ナイヅはほくそ笑んだ。
ここにプレゼンターがいれば、同じように振る舞っていただろう。
プレゼンターはあの戦いの後、姿を見せない。
ナイヅの語るところによれば、本当の力を取り戻しに行くのだそうだ。
それが何なのか、雪菜には分からない。
「キミはキミのために力を振るうといい。朧なものに確かな輪郭を与えるためにね」
「うん、分かった。そうすればきっと……お父さんも喜んでくれるかな?」
雪菜は知らない。
彼女の父がシャルディアとなり、ラステイターを殺していたことを。
ナイヅは知っていた。
知ってなお、悪辣な笑みを作って彼女の意志を応援した。
「ああ、きっと喜んでくれるさ。
生きとし生けるもの、それが死ぬのはひとえに不完全だからに他ならない。
その理を破ることが出来れば、人間は永遠に生きられる。
愛する者が永遠のものになることを、喜ばない人間がいるだろうか?
いや、いないさ」
雪菜は少しだけ笑顔を作って、ナイヅに向かって微笑んだ。
ナイヅも微笑を返す。
(せいぜいキミの願いが叶うように祈っているよ。フローズン。
キミたちが彼らを引き付けてくれている間は……我々の勝利が近付くのだから)
ナイヅが浮かべる恵美の理由を、フローズンは知らない。
彼女は無垢な子供のまま死に、ラステイターとなった。
そんな子供に、人の持つ悪意の意味を理解することは出来ない。




