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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
終末、来たれり
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氷の女王

 アークロード・ネクロマンサーの暴虐から一月、十月四日。


 もはや千葉の都市機能は死んだも同然だった。

 ネクロマンサーの死後も、ラステイターの活動は止まらなかった。


 当たり前だ、大本となるプレゼンターと、その配下がまだ生存しているのだから。

 秘密裏にその行方を追っていたザクロは、四体のロード、そして一体のアークロードと遭遇した。


 辛くもそれを撃退したザクロは、それを伝え再び出て行った。

 高位ラステイターの行動に呼応するようにして、下位ラステイターも活動を活発化させた。

 市民への被害も無視できないレベルとなり、政府は緊急事態を宣言。

 ラステイターの活動を『災害』と認定し、被災箇所からの速やかな退避を呼びかけた。


 それに呼応し、多くの人が千葉を去った。


 もちろん、そこから出て行ける人ばかりではない。

 膨大な避難民を受け入れ切れる場所は少なく、また保証もなく県外で生活できる人も多くない。

 人々は死の恐怖に耐えながらも、この場に留まらざるを得なかったのだ。


『京葉道路穴川口の辺りにラステイターの反応を検知、対応して下さい!』

『こちらマグス、道場南でラステイターと遭遇。交戦に移ります!』

『こっちは幸町で遭遇した。現地で対応に当たるから、そっちの方は他の人に頼む』

『他の人って誰ですかぁ!? もー、現場もオペも全然、手が足りませんよぉ!』


 島崎の悲鳴を、正清は苦笑しながら聞いた。

 ならば自分が対応するしかない。


「こちらシャルディア、三分以内に向かいます。ルートのナビをお願いします」

『りょ、了解! かなり無理矢理なルートを取ることになるか気を付けてくださいね!』


 正清はブラウズのスロットルを捻り、車体を加速させた。

 免許は持っていないが、運転技能は向上しただろうと思う。

 ブラウズの制御技術が優れているのかもしれないが。


 現場に到着した時、トラックがブロック塀にぶつかり黒煙を上げていた。

 出現したラステイターを避けようとしてハンドルを切り損ねたのだろう。

 食料や生活必需品を千葉に運ぶという、危険な作業に従事するものたちが運転するトラックだ。

 運転席からほうほうのていで逃げ出して来たドライバーは腰を抜かしている。


 そこにいたのは、胴体の半ばから生えた手足で二足歩行する魚だった。

 ほとんどは魔人(デーモン)級、フィッシュラステイターだが、一体は違う。


 頭部からは鋭いブレードが生えており、手足から伸びる指もカミソリめいて鋭い。

 カトラスフィッシュラステイター、と言ったところだろうか。

 その魔の手はドライバーに伸びようとしていた。


「そうはさせるか……! 変身!」


 正清はブラウズに跨ったままディアフォンを操作、ドライバーに挿入し変身した。

 そのまま車体を加速させ、飛び上がらせた。

 カトラスフィッシュはそれに反応し、横に跳んだが、フィッシュは無理だった。

 二体ほどが飛来するブラウズに押し潰され、爆発四散!

 路面に降り立った正清は襲い掛かって来るフィッシュとの格闘戦を開始した。


「逃げてください、早く!」


 巻き込まれてはいけないという思いと、足手まといになるのは面倒だという思いの両方があった。

 ドライバーは素直に正清の言葉に従い、走って高速から降りて行った。

 いまは千葉を通行する車両もそれほど多くない、問題なく出られるだろう。


 フィッシュの一体が口をすぼめ、水の弾丸を放とうとする。

 兆候を見破り、正清はディアバスターを放った。

 弾丸が口に吸い込まれて行き、後頭部から出て行った。


 爆発四散するフィッシュの後ろから、別のフィッシュが飛びかかって来る。

 正清はその場で半回転、振り下ろされるヒレブレードを回避。

 迎撃の上段後ろ回し蹴りを繰り出した。

 フィッシュは空中五メートルほどにまで打ち出され、そして爆発四散!


「オノレ、アクエリアス様ニ任サレタ仕事、貴様如キニ邪魔サレテタマルカ……!」

「アクエリアス……ザクロさんが言っていた魔王(ロード)級ラステイターのことか。

 でもそんなことを心配しなくてもいい。すぐにアクエリアスとやらもお前の後を追う……!」


 カトラスフィッシュは激高したように腕を広げ、正清に跳びかかって来た。

 両手足、形に十本もの鋭いブレードが正清に襲い掛かる!


 正清は手首と足首を狙い捌き、致命的ブレード攻撃を回避する。

 カトラスフィッシュが不満げに呻き、彼を抱え込むようにして跳びかかって来た。

 正清はそれを受け止めるが、しかしそれは狙い通りの展開だった!


 カトラスフィッシュは頭を振り下ろした。

 頭部に備えられた鋭いブレードが上方から回り込み、正清の背中を襲った!

 予想外の衝撃に正清は力を緩めてしまう。

 カトラスフィッシュは彼を押し飛ばし、十本のブレードを正面装甲に叩き込んだ!


 さすがは魔獣(ビースト)級ラステイター、油断ならぬ強敵だ。

 正清は衝撃に吹き飛ばされながらそう思った。

 カトラスフィッシュは更に十本の指を向ける。

 そこから水玉がせり上がり、放たれた。

 炸裂弾めいた衝撃が連続して正清を襲う!


「くっ……! ならばこいつだ、喰らえ!」


 正清は攻撃を受けながらディアフォンを操作、『ABSORPTION』アプリをドラッグ。

 瞬時にシャルディアの装甲が分解され、彼の体にベースラインが刻まれる。

 カトラスフィッシュは訝しみながらも攻撃を続ける。

 それが彼の致命的判断ミスだった。


 ベースラインからせり出して来た装甲は、表面に当たった水の弾丸を霧散させた。

 内より生まれた装甲に、正清の全身が包み込まれる。

 シャルディア・メサイアフォーム、顕現。

 正清は真っ直ぐ、カトラスフィッシュのことを見据えた。


「バカナ、私ノ攻撃ガマルデ効イテイナイトイウノカ!?」

「これで終わりにしよう、カトラスフィッシュ……!」


 正清は拳を握り、カトラスフィッシュに突進して行った。

 細かい水の弾丸が正清のに当たり、炸裂弾の飛沫が彼の体に到達した。

 だが、その周辺に漂う否定魔力がそれらの存在を否定した。

 正清を害する弾丸は一つとして存在しなかった。


 懐に飛び込まれ、狼狽したカトラスフィッシュは前蹴りを放った。

 その膝を下段で払い、カウンターの突きを放った。

 カトラスフィッシュの胸が歪み、痛みが彼を襲った。

 そして次に、自身を構成する魔力が崩壊していくのを彼は感じた。


「コレハ、バカナ……! 私ガ、消エテ行クト……!?」


 カトラスフィッシュは右の爪を振り払った。正清は手刀でそれを払った。

 爪がへし折られ、空中をクルクルと回転しながら大気へと溶けて行った。


 狼狽したカトラスフィッシュは左の爪を振り払った。

 正清は逆の手刀でそれを払った。

 爪がへし折られ、空中をクルクル回転しながら大気へと溶けて行った。

 正清は無防備になった胴体に三打拳を放った。


 メサイアフォームのパワー、そして否定魔力による装甲分解。

 二つの力が合わさり、拳の衝撃はダイレクトに体幹へと響いた。

 カトラスフィッシュは吹き飛ばされ、道路を転がった。

 それとほとんど同じタイミングで、事故を起こしたトラックから爆発音が響いた。


「ソウカ、ソウイウコトダッタノカ! オ前ガ、オ前ガ私タチノ死神ナノカ!」


 正清はそれに答えず、エクスブレイクを発動させた。

 すべての魔力存在を否定する魔力が、正清の右手に収束した。


 カトラスフィッシュは最後の賭けに出た。

 カトラスフィッシュが跳び上がると、彼の姿は元の魚と同じような形に戻った。

 頭部のブレードを正清に向け、不可思議な水のブースターを吹かして一直線に飛んで行った!

 串刺しにするつもりなのだ!


 正清に恐れはない。

 スウ、と息を吐き、踏み込む。

 渾身のストレートをカトラスフィッシュのブレード、その切っ先に向けて放った。

 拳とぶつかった瞬間、頭部ブレードは溶けるようにして消えて行った。


 渾身の突撃を仕掛けたカトラスフィッシュは、正清の拳に向けて一直線に突き進む形になった。

 頭部を砕かれ、カトラスフィッシュは爆発四散!


「こちら高崎、ラステイターの殲滅終わりました。次はどちらに行けば?」


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 ラステイター殲滅の報を聞きながら、須田もまた幸町方面に出現したラステイターを滅ぼした。

 小学校の校庭にまで侵入していったのは厄介だったが、何とか被害を出さず済んだ。

 ヴァリアガナーをホルスターに戻しながら、須田はため息を吐いた。


「それにしても、『次はどちらに行けば?』、か。ワーカーホリック過ぎやしないか?」


 ここのところの正清の有り様は、まさしく『鬼気迫る』と言っても過言でない。

 ラステイターと戦い、倒し、次の敵を探す。

 ネクロマンサー戦の前後も修羅のような戦いぶりをしていたが、その時とは違う。

 不思議な冷静さがあった。


(多くの仲間を失い、彼としても思うところがあるということかな……)


 須田は変身を解除しようとした。

 だが、センサーが異常を捉えた。


 急速な温度の低下。

 須田は前転を打つ。


 直後、彼がいた場所目掛けて巨大な氷柱が何本も落ちて来た。

 地を穿ち、アスファルトを粉砕する威力。しかも魔力を込められている。

 ウィズブレンの装甲であっても、あれを喰らえばひとたまりもなかっただろう。

 須田は戦慄した。


(敵の姿は見えない。遠隔攻撃であれだけの威力を出せる……魔王級か!)


 須田は再びヴァリアガナーを抜き、攻撃を警戒した。

 センサーが反応した方向に対して、銃撃を仕掛ける。

 空中に発生し、圧縮空気か何かの圧力によって撃ち出された氷柱の弾丸が粉砕される。

 物体の強度自体はそれほど高くない、砕き折れる。


 そう思った須田だったが、センサーは警告を発した。

 反射的に上方に跳び上がった。そして、それは正しかった。

 砕かれた細かい破片は意志を持ったかのように踊り狂う!

 そして周囲の物体を粉々に引き裂いた!

 何たる威力、そして精密さか!


(厄介なパワーだね。だが、僕がいつまでもこうして手をこまねいているとでも!?)


 須田はヴァリアガナーを結合、ライフルモードを展開。そして、発砲した。

 校舎を飛び越し、明後日の方向に飛んで行くと思われた弾丸は、しかし半ばで軌道を変えた。


 一月の猶予期間の間に作り上げた弾道誘導機構だ。

 氷を操る魔力の流れは、すでにセンサーで探知していた。

 何かに着弾し、攻撃が止んだ。


 その隙に須田は駆け出し、校舎を飛び越え攻撃者の方へと向かった。

 空中で身を翻し、ヴァリアガナーを発砲。

 攻撃を行うとともに、強襲を避けながら着地した。


「悪いが、僕もやられてばかりではない。少しずつだが成長させているのさ、これをね」


 須田はウィズブレンを叩きながら、目の前の存在を見た。

 半透明のローブを身に纏った少女だ。光の反射によって、それは水色にも見えた。

 氷色の服を纏った少女。


「……キミは、魔法少女なのか? だとすれば、なぜこんなことを……」

「プレゼンターの望みは、邪魔させない。あなたたちは、ここで死ぬ」


 まさにそれは、氷のように冷たい声だった。

 少女は須田の方に向き直り、ローブを取った。

 その下に隠されていた顔を見て、須田は息を飲む。

 その顔を須田は知っていた。


「そんな……だが、バカな。こんなところに、いるはずがない……!」


 少女の名は、桐沢(きりさわ)雪菜(ゆきな)

 初代シャルディア、桐沢雄一の娘だ。

 十年前ラステイターの手に掛かり、そして死んだはずの少女が、目の前に現れた。

 十年前と寸分も違わぬ姿で、須田の前に現れたのだ。


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