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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
青の魔法少女
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青き魔法少女、登場

 それから二日経って、週末の木曜日。

 相変わらず情報を手に入れることも出来ず、悶々とした日々を送っていた。

 さすがに以前のような焦燥感はないとはいえ、あまり気持ちのいい事態ではない。


 そんな中、正清たちは第三社史編纂室に呼び出された。

 環境を変え、気持ちを一新するために二人はバンクスターの誘いに応じた。


「我々も彼らの尻尾を掴むために相応の時間を必要とした。あまり焦ることはないさ」

「分かっています。ただ、いまも誰かが犠牲になっていると考えると……」


 玄斎が振る舞ってくれたコーヒーに、二人は口をつけた。ほのかな酸味と苦み、そして強い香り。決して不快ではない。チェーン店のコーヒーしか飲んだことのない二人は、玄斎が淹れる本格的なコーヒーを大いに楽しんだ。


「そんなに気にすることないよ。なるようにしかならないんだから、さ」


 対照的に、須田は二人をあまり歓迎している様子ではない。目にも止まらぬ高速のタッチタイプで何らかのレポートか、あるいはプログラムを打っているのだな、ということがかろうじで分かるだけだ。一区切りがついたのか、彼は眼鏡を上げて向き直った。


「平均的なラステイターなら、平均的な成人男性で二週間程度は保つんだ。

 彼らは燃費がいい、あまり頻繁に獲物を取ろうとはしない。

 それに、彼らは共食いをする」

「共食いって、ラステイター同士で殺し合いをするってことですか?」


 思わずその光景を想像してしまったが、あまり気持ちのいいものではなかった。


「そう。でなければ辻褄が合わない。人間に一切探知されることなく狩りを行うことが出来て、人間を遠ざけることが出来る生命体がどうして地上の覇者になっていない?

 単純な身体能力だけを考えれば、この世界に存在するどんな動物よりも強いのに」


「人間をわざわざ食う必要がない。犬でも猫でも同類でも同じ、ってことですか……」


 悟志は須田の説明である程度納得し、首を縦に振りながら何かを考えた。


「とはいえ、獲物が減って来れば必然的に人間を襲う頻度は高くなってくるだろう。

 飢えたクマが人里に降りて来るようにな。そうならないようにしなければならない」

「ラステイターが放出する電磁波、マギフィールドの探知はやってるんだけどね。

 いかんせんまだ精度が低い。かなり近くにいないと探知出来ないんだよね、これ」


 そう言っている間にも、何か機械が動いていた。

 正清は訝し気にそれを見た。


 自販機のような形をしているが内部には複雑な構造をした機械がいくつも備えられており、それらがせわしなく動き、何かを形作っている。かと思うと機械からタイマー音がして、そこから何か小さなものが吐き出された。須田は上機嫌でそれを手に取った。


「よし、取り敢えず出来たな。あとは実戦で動くかどうか、ってところだが……」

「あの、須田さん。それいったい何ですか? オモチャみたいに見えますけど……」


 正清がそう言うのも無理はなかった。須田が持っているプラスチックのような質感をしたそれは、ミニカーくらいの大きさの物体だった。先端はUSBアダプタのようになっているが、それがどこに繋がって、どのような効果を及ぼすのかは分からない。


「さあ、これが何になるかはキミ次第、ってところかな? 取り敢えず預けとくよ」


 須田はそれを正清に投げて渡した。

 渡して、それでどうしようと言うのだろうか?


「ディアフォンに挿してくれ。それで新規プログラムをインストール出来る」

「ワイアレスでアップグレード出来ないんですか、これって?」

「機密は何でもオフラインで管理するもんさ。ちゃっちゃとやっちゃってくれ」


 言われるがまま、正清は渋々ディアフォンにアップデーターを挿し込んだ。

 警告メッセージを受け流し、アップデートを開始。

 数秒でプログラムのアップデートは終了した。


「……このままバグがあって変身出来なくなる、なんてことありませんよね?」

「そこまでヘマはせんさ。自動でチェックが入るようにしてるしね」


 つまらないことを聞くな、とでも言いたげに須田は鼻を鳴らした。

 アップデートはすぐに終わり、画面上に剣のようなアイコンが現れた。

 『ブレード生成』と書かれている。


「シャルディアの武器生成プログラムだ。

 リザードとの戦いで力負けすることが多かっただろう?

 ディアバスターだけでは力不足だと思ったから急遽追加した。

 名を冠するならばディアブレードと言ったところかな?

 桐沢さんなら必要なかったんだがね」


 正清と須田の間で、静かな火花が散った。

 理由が分からない悟志はポカンとしている。

 玄斎は呆れた表情で二人を仲裁しようとした。


 その時、けたたましいアラームが鳴った。


「近いな、警察署の近くでラステイターが現れた。この反応、リザードだ」


 正清は弾かれたように立ち上がり、すぐに部屋から出て行った。

 須田と玄斎は素早くヘッドセットを身に着け、パソコンの前に座った。

 市街地の地図や様々なデータが展開される。


 ラステイターが現れたのは近場にある警察署の裏、陽は高いが人通りは少ない。

 ラステイターが現れるにはおあつらえ向きの情景と言っていいだろう。


「……あの、コーヒーでも淹れてきましょうか?」

「いや、結構。それよりも帰った方がいい。危ないし、こちらの邪魔になるからな」


 玄斎も真剣な表情になりモニターと向き合う。

 悟志は頭を下げ、部屋を後にした。




 警察署までは走って五分の距離にある。

 表通りでも、警察署でも、何も起こっていない。

 薄い皮膜の向こう側で起こっている超常現象に、彼らは見向きもしない。

 だからこそ、ラステイターは暗躍することが出来る。

 安全に獲物を狩ることが出来る。


 リザードラステイターが買い物帰りと思しき主婦を追い詰めていた。

 塀にもたれかかり、情けない叫びをあげる女性に、リザードが爪を振り上げる。


「そうはさせるか、ラステイター! 変身!」


 走りながら変身、リザードの横合いからジャンプタックルを仕掛けた。

 予想外の方向から放たれた衝撃を受け止めることが出来ず、リザードは吹っ飛んだ。

 正清はへたり込んでいた女性を助け起こすと、逃げるように促した。

 彼の言葉を聞いているのかは分からなかったが、女性は素早く逃げて行った。

 路地に残るのは正清とリザードのみ。


「今度こそ負けないぞ。お前を倒して、この事件を終わらせてやる!」

『正清、ブレードを使いたまえ。いままでと同じ、ドラッグして『ENTER』だ』


 正清は須田の指示に従い、バックルに嵌めたディアフォンの画面をドラッグ。

 『ブレード生成』のアイコンを『ENTER』のボックスまで持って行った。

 画面が明滅し、正清の右手に錬金式が浮かび上がる。

 光が収束し、一本のブレードが生成される。


 そう思ったが、それは一瞬だけだった。

 ガラスが砕けるような高い音がして、生成されたブレードが粉々に砕けた。

 正清も、リザードも呆気に取られていた。


『……ふぅむ、錬金式に何か不具合があったかな? まだ一手必要か』

「こんな使えるかも分からないもの、これに入れないで下さいよッ!」


 リザードが飛びかかって来る。

 正清はそれをギリギリのところで受け流し、戦闘態勢を取る。


 武器はない、だが負けるわけにはいかない。見よう見真似でファイティングポーズを取り、恐るべき近接戦闘の名手、リザードラステイターと向かい合った。


(相手のペースに合わせていたら負ける! こっちが主導権を握らないと……!)


 正清はがむしゃらに突き進み、拳を振り上げパンチを見舞う。だが、格闘技の素人である正清と一流の捕食者であるリザードとではやはり格が違っている。攻撃はあっさりと受け流され、逆に隙を晒した正清の体に連撃が叩き込まれる。


『何をしている、正清! そんな動きで敵を倒すことは出来ないぞッ!』

『相手の動きをよく見るんだ、高崎くん。無理に踏み込むのは危険だ!』

「くっ、この場にいない人が……好き勝手言ってェーッ!」


 精神的に、正清は限界に近かった。人を救わなければならない重責、思い通りにならないことへの怒り、そして戦いへの恐怖。様々なものが彼を押し潰そうとしていた。


 リザードが腕を振り上げ、正清のガードを弾く。

 がら空きになった胴体に、リザードの爪が振り払われる。

 凄まじい力に吹き飛ばされ、正清は後退した。


(このままじゃ勝てない……どうすれば、どうすればいいんだ!?)


 呼吸が荒くなり、視野が狭くなる。リザードの姿が大きく見える。

 正清は竦む。そして怯んだ獲物の気配を、リザードは感じていた。

 長い舌をチロチロと見せ威嚇する。

 正清は一歩後退、恐怖を孕んだ目でリザードを見た。


「おおっと、そこまでよ! これ以上はあたしが許さないわッ!」


 突如、大声が張り上げられた。

 リザードも、正清も、そちらを見た。


「えっ……!? どうして、キミがここにいるんだ……!?」


 リザードも、正清も驚いた様子だ。

 だが、その質が違う。

 正清は彼女を知っている。


「これ以上の暴虐は……この『聖剣の魔法少女』、アマタが許さないわッ!」


 青いパステル調のドレスに身を包んだ少女。

 瑪瑙色のカチューシャで髪を後ろにまとめ、力強く人差し指はリザードを挿す。


 彼女の名は、九児河数多。


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