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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
悲しみを消し去るもの
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望まぬ再生

 彼は、高崎正清は夢を見た。

 夕暮れの校舎、そこには彼らがいた。


 ここにいないはずの彼らが。

 死んだはずの彼女たちが。

 あの日と変わらない笑顔を向け、あの日と変わらず正清に接してくる。

 街の輪郭はぼやけ、どこに何があるのかさえ判然としない。


「……ねえ、ショウ。あんたはさ、どうしてラステイターと戦うの?」


「え? それは……僕に戦う力があって、託されたからさ。死んだあの人に。

 それに、僕は美里を守りたい。この手で守りたいから、こうして戦って……」


 数多はそんな正清にツカツカと近寄り、手を取った。

 冷たい手。


「ああ、そうだよね。だからこそ、正清はそんなに弱いんだ(・・・・・・・・)

「え? 数多、いったい、何を言って……」

「ショウ、あんたにはね。主体的に戦う目的がな(・・・・・・・・・・)()

 あの人にやれって言われたから。あの子を守りたいから。

 でも守れなくてもあなたにデメリットはない。

 だからあなたは負けたんだよ。

 どうしても戦わなきゃいけない目的がないから」


 冷たい手が手から、ゆっくりと首に掛けられた。

 何かに足を引かれ、正清は倒れ込んだ。

 背中を強かに打ち付ける、そう思ったがそうはならなかった。

 何かがそこにあった。


「そんなものに殺されるなんて……私は、理不尽だと思うんですよね」


 正清に押し潰されながらも、それは口を開いた。

 パステルカラーのヒラヒラとした衣装に身を包んだ女。

 『桜花の魔法少女』、佐切禊。

 彼女の爪はすべて折れており、頭部には醜い裂傷が刻まれている。

 分かっている、いまならば。彼女を殺したのは正清だ。


 教室にはいつの間にか、異形の怪物がひしめいていた。

 いずれも、彼が殺して来た怪物たちだ。

 分かっている、これは自分の、死にたいという意識の表れだと。


「頑張ったよ、高崎さん。あなたはただの傍観者に過ぎないのに頑張った。

 頑張り過ぎた。ここまで関わる意味はないのに、関わって来た。

 だからあなたは死んじゃったの」


 傍らに立った綾乃が言う。

 彼女の最後の姿を思い出した。

 表情は見えないが、砕かれた顔面は恐らくあの時と同じだろう。

 ただ生きていても、綾乃はこんなことは言わないだろうな、とは思う。

 彼女に代弁させているのだ、自分の意志を。


 いつだって、高崎正清は己の心を削って戦ってきた。

 ラステイターとの戦いが、魔法少女との戦いが、そして親友の喪失が。

 彼の脆い心を引っかき、傷を作っていた。もう解放されたい。

 ずっと思っていたが、なまじ強い意志力がそれを押し隠していた。


 死に瀕した彼の体。

 彼の心は自ら死を選ぼうとしている。

 繰り返されるストレス、自死を選ぶのと殺されることを選ぶのと、それはどう違うのだろうか。

 そして心が選択した死を、正清はゆっくりと受け入れた。目を閉じ、楽しい思い出に耽溺する。


「いいんだよ、ショウ。もう苦しまなくてもいいんだ。あんたは、もう……」


 数多の手が、禊の手が、綾乃の手が。

 正清の首に絡まる。

 死者の放つ怨嗟の声が、正清を死へと誘った。

 おぞましき情景、だが正清はそれを受け入れた。

 意識を手放す――


「――え? あんた、ショウ……? いったい、何を、するの?」


 思い出の中の、数多の声が歪む。

 正清は目を開いた。

 数多の体に剣が刺さっていた。


「……え? これは……違う、僕は、僕はこんなことを望んじゃ……!」


 生きることを望んではいない。それは本当だ。

 体が強制的(・・・・・)に蘇生されているのだ(・・・・・・・・・・)

 それに呼応して、意志もまた強制的に呼び覚まされた。

 突き刺さった剣の柄、そこに掛かったトリガーを、正清の指は引いた。


 止めてくれ、そう叫んだが指は止まらなかった。

 エネルギーが刀身に収束、数多が爆散した。


 絶叫を上げながら正清は腕を振り上げ、肘で絡みつく禊を打った。

 グチャグチャになった頭に肘がめり込んで行くのが分かった。

 禊を振り払い、立ち上がり、その首を刎ねた。

 周囲にいたラステイターが飛びかかって来る。


 もうどうにもならない。

 もうどうしようもない。

 楽に死ねると思ったから受け入れた。


 苦しんで死ぬくらいなら。

 苦しみを否定して生きてやる。


 正清は叫び、剣を薙いだ。

 幻影のラステイターはあっさりと切り裂かれ、叩きつけられ、そして首を刎ねられた。

 夕焼けに照らされた教室で、鮮血が舞い上がった。彼の主観時間では、一分も経っていない。

 教室は怪物の死体で溢れかえった。


「どうして……どうしてこんなことになる!? なぜ僕を殺してくれない!

 何も残らないじゃないか、こんなことをしたって……!

 大切なものは全部零れ落ちて行くんだ!」


 正清は剣を逆手に持ち、己を突き刺そうとした。

 その手が、小さな手に止められた。


「ウソだよ、高崎さん。死にたくないって、あなただって思ってるんじゃないの?」

「そりゃ死にたかないさ! 死にたかないが、生きたいってほどじゃない!

 生きていてどんないいことがある、どんなメリットがある!?

 何もなかったじゃないか! キミも数多も死んだ! 魔法少女になった人たちの家族も!

 守りたかった人を誰一人守れず、誰よりも守りたいと思った人も守れなかった……!

 もう苦しいんだよ、辛いんだよ! 死なせてくれよ、早く!

 こんなことを繰り返したって、何の意味があるってんだ!」


 剣を取り落し、膝を突いた。

 拳を打ち付けると、血が跳ねる。

 自分のものだったらいいと思った。

 そんな正清の体を、綾乃は優しく抱いた。


「辛くて、苦しくても、生きて欲しいんだ。あなたには……みんながそう思っている」


 正清の視界が歪んで行く。

 涙ではない、この世界が崩壊しようとしているのだ。


「あなたを死の淵から呼び戻したいと思っている人がいる。

 あなたに生きていたいと思っている人がいる。だから、生きて。

 あなたは、みんなの望みなんだ」


 望みによって生き続けるもの。

 それは、呪いと言っても差し支えないのではないか。


 世界が歪み、消える。

 彼の死は覆された。

 彼の願いとは裏腹に。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 目覚めると、息苦しさが先立った。

 人工呼吸器を付けられているのだと、すぐに分かった。

 腕には何本ものチューブが差し込まれており、まともに動くこともままらない。

 正清は上体を起こし呼吸器を取り外した。辺りを探り、視線を彷徨わせた。


 そして正清は、左手に重ねられた温かな手に気付いた。

 それは、睦子のものだった。


「むっちゃん、先輩? どうして、ここに。いや、それよりここは……」

「気が付いたんだね、ショウくん。よかった……! 本当に、よかったよ」


 睦子は大粒の涙をためて言った。

 いいことかどうかは、まだ分からなかった。


「生き返るかどうかは賭けだったが、どうやらうまく行ってくれたようだな」


 部屋の片隅に腰かけていた玄斎が声を上げた。

 正清はそちらを睨んだ。


「そうか……僕を生き返したのは、あなたなんですね。玄斎さん」

「あまり嬉しくなさそうだね。命を取り戻したんだ、もっと喜んでくれ」

「意味ある命が返ってきたなら、それは喜びますよ。でもそうじゃないでしょ!?」


 正清は制止する睦子の声も聞かずに叫んだ。

 玄斎はそれを無言で受け止める。


「どうして僕を生き返したんですか! 苦しくて、辛いだけの生に!

 あのまま死んでりゃ、僕は少なくとも後悔せずに逝けた!

 生き返る意味なんてなかった!」

「美里くんはどうする? このままでは死ぬぞ。キミが戦わなければな」

「気付いたんですよ、玄斎さん。美里が苦しんだって、死ぬのは僕じゃないんだ。

 生き残れば儲けもの、負けたって何のデメリットもない。

 だから僕はこれまで戦ってこれたんだ。

 僕に戦う理由なんて初めからなかったんだ……!

 もう戦えやしませんよ……!」


 正清は事ここに至ってようやく、自分の思いを理解した。

 それでも玄斎は続ける。


「究極的には、キミの意志はどうでもいいんだ。私はラステイターを殺せればいい」

「か、川上先生……!?」


 玄斎の乱暴な言葉に、正清も睦子も驚いた。

 いままでこんなことを彼が言ったことはなかった。

 その瞳にはラステイターへの殺意、そして狂気が渦巻いていた。


「キミが死んだと聞いて、思ったよ。私はやはりラステイターが憎い。

 人に苦しみを与え、それを嘲笑うラステイターを殲滅したい。

 だがそれは私には不可能だ」


 玄斎は正清の目を真っ直ぐ見つめた。

 その静かな圧力に、正清は息を飲んだ。


「私にはラステイターを倒すだけの力がない。だが、キミはその力がある。

 戦う理由がないと言ったな、高崎くん。

 ならばキミは他人の願いを叶えるために戦ってくれないか?」

「他人の願いを、叶えるために? でも、それじゃあ僕は……」

「苦しいだろうな。無茶なことを言っているのは分かっている。

 だが、キミにしか頼めないことなんだよ。魔力を受け付けないキミにしか頼めないことだ」


 そこで疑問符が浮かんで来たので、玄斎は正清にそのことを説明しながら話を続けた。

 彼自身の持つ、魔力を無力化するという特異体質についての説明を。


「キミの魔力を引き出し、自然治癒能力を増幅させた。上手くいってよかった」


 玄斎は『ABSORPTION』アプリを指さして言った。


「正直なところ、賭けだった。

 キミが他者の魔力の影響を受けないのは分かっているが、自家中毒を引き起こし死ぬ危険もあった。

 キミがキミ自身の魔力に当てられてラステイターになる可能性もあった。

 だが、私は賭けに勝った。私はキミの命を救った」

「恩を感じろとでも? 命を救ってやったからお前も命を賭けろと!」

「そうだ。それに、キミは理不尽な状況に唯々諾々と従うような人間ではない。

 もしそんな人間であるならば、シャルディアにならず一人逃げ出していたはずだ」


 玄斎はディアフォンを差し出した。

 これを手に取れば、また戦いに身を投じることになるだろう。


 それでも。

 正清は立ち上がり、ディアフォンを受け取った。


「私の願いを叶えてくれ。

 世界を救う、救世主(メサイア)になってくれ」


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