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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
悲しみを消し去るもの
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魔力を消し去る魔力

「魔力を無力化する能力、って。そんなもの、あるわけがないでしょう」


 悟志は須田が告げた真実を理解出来ず、それを否定した。

 だが、須田は続けた。


「キミたちも分かっていると思うけど、魔力の使い方には大まかに分けて三種類ある。

 一つは単純に魔力を放出する方法。

 二つは魔法と呼ばれる、非実体の力を放出する方法。

 そして最後は僕たちのように魔力によって物体を錬成し、それを叩きつける方法だ。

 火炎弾生成などもこのカテゴリーに入る。最後のもの以外は物理的な干渉力を持たない」

「ええ、ラステイターと戦っているうちに大まかには。でも、それがどういう……」

「正清は、シャルディアの力を持たずともマギウス(・・・・)フィールドを無力化し(・・・・・・・・・・・)()

 そう考えないと(・・・・・・・)彼の始まり自体が有り(・・・・・・・・・・)得ないんだよ(・・・・・・)。分かるだろう?」


 睦子は少しだけ考えた。

 だが悟志はすぐにその意味を理解した。


「ラステイターが襲うのは、一度に一人だけだった。二人いるのはおかしいぞ」

「……美里はあの時点でも膨大な魔力を持っていた。

 ラステイターは彼女が引き寄せたんだ。正清はその場に居合わせただけ。

 ラステイターに出会うはずはなかったんだ」


 だが、出会った。

 美里と一緒に(・・・・・・・)ラステイターの大軍と出会った。


「彼は悟志、キミと一緒にラステイターと遭遇した。

 システムの助けを借りず、魔法少女よりも早く学校の異変に反応した。

 そしていま、栗田蓮華の回復魔法を無力化している」

「正清の持った才能が、あいつ自身を害しているって言うのか……!?」


 だとすれば皮肉と言うほかない。

 というより、彼の持つ才能は彼にとって災厄としかならないのではないだろうか。

 少なくとも、この力に救われたことはないはずだ。


「だが、彼自身も膨大な魔力を持っている。

 魔力を無力化するという性質を持った魔力をね。

 だから彼は、常人よりも遥かに優れた自己治癒能力を持っている。

 同じようなダメージを負っても、僕よりも彼は遥かに回復速度が早かった。

 それに賭けるしかないな」


 思えばロード・アリエスとの戦いの時も、その兆候はあった。

 須田はアリエスに打ち据えられ、大きなダメージを負った。


 だが、正清はあれよりも重篤なダメージを受けながら、すぐに回復して見せた。

 バットラステイターに痛めつけられ、川に落とされた時も、一夜にして歩けるくらいまで回復した。

 それが彼の持つ魔力という異常性を表していた。


「懸命な治療が行われている、はずだ。だから彼が回復するのを、祈るしかない」

「その間にあいつを探しましょう。

 アークロードだか何だか知らねえが、あいつをこのままにしてはおけねえ!

 ショウの仇ってだけじゃねえ、あいつを放っておいたらきっとロクでもないことになる!

 それだけは避けなきゃならねえ!」

「それは同感だ。アークロード・ラステイターから放出される魔力は魔王(ロード)級と比較してさえ数倍。

 放置しておけば重篤な魔化放射線汚染が起きることになるだろう。

 睦子くん、正清を頼んだ。僕らはあいつを探して、そして……倒してくる」


 『倒してくる』というまでに長い間があったことを、睦子は聞き流さなかった。

 アークロードの力を目の当たりにした二人は、軽はずみにそう言うことが出来なかったのだろう。

 だが、それでも二人は言った。世界を脅かす魔物を倒して見せる、と。


 睦子が頷くと、二人は走り出した。二人とて、軽い負傷ではない。

 特に格上を相手にせざるを得なかった悟志の負傷は大きいだろう。

 だが彼らは立ち止まらない。


(私には……ここで二人の無事を祈るだけしか出来ないの……?)


 無力感が睦子を苛む。


 これ以上魔法少女としての力を使えば……

 魔化放射線に体は犯され、取り返しのつかない細胞変異を引き起こすことになる。

 そうなれば、後は賭けだ。変異した細胞が活性化し、ラステイターとなるか。

 あるいはならないか。それは当人にも分からない。

 ラステイターになり、二人の負担を増やすわけにはいかない。


「そうじゃない、わよね。私は……怖んだ。化け物になって、そして消えて行くのが」


 言葉にして、はっきりと自分の意志を理解した。

 消えて行った数多のようになるのも、殺された綾乃のようになるのも、嫌だ。

 睦子は自分の体を抱いて、うずくまった。


「……大丈夫かね、睦子くん。どこか、痛むところがあるのかね?」


 声をかけられ、弾かれたように睦子は振り返った。

 そこにいたのは、玄斎だった。


「川上、先生? どうしてこんなところに? ラボにいるはずなんじゃ……」

「島崎くんに起こったことを聞いたんだ。それで、ここまで来た。

 それほど遠い場所じゃないからね。高崎くんの容態は、どうなっているのか分かるかい?」

「まだ先生たちが出て来ていないので、何とも。でも、あまり良くないと思います」


 それだけ言って、睦子は目を伏せた。

 だから玄斎の口元が歪んだのが見えなかった。


「なるほど、なるほど。そうなっているのか……ならば、試してみる価値はあるな」

「……え? 川上先生、それは……」


 その時、ICU(救急治療室)のランプが消えた。中で治療が終わった合図だ。

 扉が開かれ、ストレッチャーに乗せられた正清が出て来た。顔色は悪く、呼吸は乱れている。


「付き添いの方ですね。

 ご両親にも連絡は行ったんですが、いまはどちらも県外にいるようでして。

 結論から言いますが、未だに彼は予断を許さない状況にあります」


 医師の言葉は専門的なところもあり、睦子にはあまり理解出来なかった。

 分かったことと言えば内蔵がずたずたに引き裂かれ、取り敢えず止血と縫合をしている状態であるということ。頸椎を含めた中枢神経にもダメージがあり、蘇生したとしても重篤な後遺症が残るということ。いつ心肺が停止しても不思議ではない状態であるということ。


 聞いているうちに、涙が溢れて来た。

 これ以上聞きたくない。後輩の危機など。


「手は尽くしましたが、正直難しいと思います。現代医療で彼を治すことは……」

「では、現代医療に寄らない力であれば彼を蘇生する可能性があるということですね」


 えっ、と睦子も医師も同時に言った。

 玄斎の顔を二人は見た。


「そう言えば、あなたは……川上先生でしたか。いったいどういうことなんですか?」

「あまり人目に触れたくはありません。病室まで移送してから、それからですね」


 医師は訝しげな視線を玄斎に向けたが、しかし彼の言葉に従った。

 病棟は非常に閑散としている。それどころか、人の気配は殆どなかった。

 まるで幽霊屋敷のようだった。


「あんまり人がいませんね。いつもは人でいっぱいなのに」

「ここで受け入れていた患者は、他の場所に移送してある。

 ここは美里君ただ一人のための、隔離病棟なんだよ」


 先ほどから脅かされてばかりだな、と思いながらも、睦子はその意味を聞いた。


「美里くんがラステイター化し始めている、ということは聞いているね?」

「ええ。その治療を行っている、とも。でも、それにいったい何の関係が……」

「彼女が放っている魔力はね、アークロードのそれをも上回る量なんだよ」


 ビクリと睦子は震えた。

 予感はあった、一階にいるいまでも僅かに魔力を感じていたからだ。

 だが、まさかそれほどとは思っていなかった。だからこそ、彼女は。


「当直の医師も長時間勤務が禁止されている。

 ラステイター化の危険性もあるし、急性魔化放射線中毒によって死に至る危険性もあるからだ。

 いまの千葉大学病院は、ネズミ一匹入り込む隙間もないほど徹底して監視されている。

 極めて危険な場所だからだ」

「どうなってしまうんでしょう、美里ちゃんは。このまま、怪物に……」

「そうさせないために、手は尽くしている。そして、これはその一環だ」


 病室は滅菌処理の施された無菌室。玄斎と睦子も薄い防護服を身に着け、室内に入って行った。

 まじまじと見てみると、正清が負っている傷の深さを思い知らされる。


「ずっと考えて来た。この戦いを終わらせるためにはどうすればいいか、と。

 出て来るラステイターを一体一体潰し、殺し回っていたのではとても間に合わない。

 それに、彼らの力もとても足りないだろう。何かが必要なんだ。抜本的な何かがな」


 玄斎はバッグに仕舞っていた《ディアドライバー》を取り出すと、正清の腰に巻き付けた。

 睦子はそれを呆然と見ていた。彼はディアフォンを取り出し、操作した。


「私は罪深い。決して楽には死ねないだろう。

 それを自分で背負うでもなく、その業を彼に背負わせようというのだからな。

 だが、たとえどうなろうとも私は止まらない」

「いったい何をしようと……ショウくんに何をさせようとしているんですか?」


 玄斎はディアフォンのアプリケーションを起動させた。

 その名は、『ABSORPTION』。

 玄斎は振り向き、睦子を見た。

 確かな怒りを、憎しみを感じた。


「私は、高崎くんをラステイタ(・・・・・・・・・・)ーにする(・・・・)


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