高崎正清の死
アークロードの持つ、圧倒的な魔力が周囲を覆い尽くした。
その圧力を、魔力を持たぬ須田と悟志も、そして睦子も感じていた。
警告音が鳴り響く。
「睦子君、これ以上ここにいるのは危険だ。後退したまえ、いますぐに」
「そんな……! 私だって、まだ戦うことは出来ます!」
「キミがラステイターになるといろいろ面倒なんでね。帰ってくれ、早く」
睦子はビクリと震え、そして彼の指示に従った。
アークロード・ネクロマンサーの魔力が届かぬ範囲まで。
ネクロマンサーはその有り様を見て、クツクツと笑った。
「どこへ逃げようが、変わりゃしないんだがな。ま、いいんだけどさ……」
「ほざけ、ネクロマンサー! お前は僕たちが倒す、それは変わらないぞ!」
悟志はフルアーマーを、須田はライフルのエクスブラストを発動させた。
ガトリング、キャノン、ミサイル、そして銃弾の嵐がネクロマンサーに殺到した。
凄まじき魔力の奔流に晒され、ネクロマンサーの姿が一瞬消える。
正清もエクスブレイクを発動。魔力を右足に収束させ、跳んだ。
必殺の蹴りをネクロマンサーに向けて繰り出す!
「何だァ、そりゃあ……! 軽すぎてあくびが出て来るぜ!」
放たれた弾丸のすべては糸によって絡め取られた。
そして蹴りを――受け止められた!
「バカな……! 僕たちの、最強の攻撃を重ねたんだぞ……!?」
「それじゃあ、答えはこれだけだ。手前らの最強は俺よりも弱ェーッ!」
ネクロマンサーの肉が膨張した。
渾身の力を込めて、ネクロマンサーは正清を押し返した!
そして、糸を操る。
正清の胴体に向けて放たれた糸の束は――
シャルディアの装甲を貫き、正清を射抜いた。
「――え?」
正清は呆然として声を上げた。
糸が引き抜かれ、鮮血が舞う。
正清が地面に落ちる。
シャルディアの装甲が分解され、生身の肉体が露わになった。
腹部は真っ赤に染まっており、鮮血が辺りに撒き散らされる。
何かを喋ろうとして、口から血を吐いた。
「そんな……! 正清! ネクロマンサー、貴様ァッ!」
「激高するんじゃあない、カスどもが。
まあ、なんだ。手前ら如きの雑魚が……
この俺に逆らったことがすべての間違いだってことだ。
止めを刺してやるぜ――」
そう言い、手を振り上げたネクロマンサーだが、そのまま固まった。
正清を庇うように立つ人影があったからだ。
両手を広げ、そこに立つのは――栗田蓮華。
「……オイ、この状況見て分かるだろ? お前はもう用済みなんだよ、要らねえんだよ」
「……そうだね。だから、ここから先は私が勝手にやることだ……!」
蓮華はマギウス・コアを握り締めて、魔法を発動させた。
温かな癒しの魔力が周囲に展開され、ネクロマンサーに傷つけられた人々を癒した。
正清は目を開け、蓮華を見た。
「ま、って……蓮華、ちゃん。そんな、ことをしたら……キミは……」
魔法少女はマギウス・コアの内包された魔力によって魔法を行使する。
足りない分は生命力によって補われる。
これだけの大規模魔法行使、人間の魔力で賄えるはずはない。
彼女はいま、肉体を削って魔法を使っている。
「よせ、蓮華ちゃん! キミが、死んでしまうぞ!」
「これが、私の願いだから。みんなに生きて欲しい……それは傲慢かな?」
蓮華は寂しげに笑い、そしてそれっきり口を開かなくなった。
彼女から放出された魔力は人々を癒し、立ち上がらせた。
アークロードの魔力に晒されながらも、人々は懸命にそこから逃れた。
その光景を、ネクロマンサーはつまらなそうに見ていた。
「無駄な足掻きだなぁ。
そんなことをしても、だ。俺がいる限り世界の終末は止まらない。
生きとし生けるもの、すべてが俺の魔力によって変わって行くんだ。
お前がやっていることは、単に苦しみを先延ばしにしているだけ。
諦めちまえよ、なぁ?」
ネクロマンサーの嘲笑を受けても、蓮華は不敵に笑った。
ネクロマンサーは不快げに舌打ちした。
蓮華の体が光に包まれある。
否、光の粒子へと変わって行く。
正清は手を伸ばす、だが届かない。
彼女の体が完全に分解され、そして消えて行った。
「っあっ……! うぁぁぁぁぁっ!」
正清は地を叩き、絶叫した。
ネクロマンサーの哄笑が響く。
無力、あまりにも。
「ッハッハッハ! 茶番だな、こんなの!
自己満足で生き長らえた気持ちはどうだ、小僧!
あの小娘のしたことになんて何の意味も――」
そこでネクロマンサーは止まり、真顔になった。
正清を見下ろし、観察する。
「お前……なるほど、そう言うことか。ようやく分かったぜ。
何故プレゼンターがお前を排除しようとしているのか」
ネクロマンサーは正清に手をかざした。
確実に彼を始末するために。
そんなネクロマンサーに向かって、何発ものミサイルが飛来した。
それは張り巡らされた糸の結界に絡め取られ、切り裂かれた。
放った悟志は驚愕の声を上げる。
「防ぐ必要もないが、近付いて来るだけ面倒だから止めるようにしてるんだなこれが」
だが、それは悟志の狙い通りだった。
周辺に煙が撒き散らされ、視界を塞いだ。
(煙幕? いや、それだけじゃねえな。魔力も通り辛い。魔力撹乱膜ってところか)
エンジンの嘶きが煙の中から響いた。
ネクロマンサーは警戒し、身構える。
だが、彼に攻撃はいつまでたっても行われなかった。
やがて煙が晴れると、誰もいなくなっていた。
「あの怪我で動ける筈はねえ、となるとあいつらが回収しやがったか」
ネクロマンサーは一瞬考えた。
――まあいいか。
彼は踵を返し、消えて行った。
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幻影の戦団を率い、引き気味に戦うナイヅを、ザクロは攻めあぐねていた。
「この間真っ二つにされかけたことが、余程恐ろしかったのかしら?」
「安い挑発だね、ザクロ。分かっているよ、高崎くんたちが心配なんだろう?」
ザクロの剣撃を真正面から受け止め、弾き返す。
ナイヅは幻影を展開、その中に混じる。
さっきからこれの繰り返しだ。
どうにかして打開策を見つけなければ。
そんなことを考えているうちに、背後から感じていた魔力がふっと消えた。
「これは、まさか……上での戦いが、終わってしまったというの?」
「どちらの勝ちで戦いが終わったのか。キミならば分かっているはずだね?」
歯を噛み締める。
彼らの力ではアークロード・ラステイターに太刀打ち出来ないだろう。
ネクロマンサーが勝ち、どこかに消えた。それが決着だ。
「人をラステイターにする方法を探し出すまで、幾千年の時間が掛かった。
プレゼンターのいじましい努力も、これでようやく実を結ぶということだね」
「みんな死ぬわよ。後に残るのはあなたたちと、荒れ果てた世界だけ」
「僕の愛するものが残っているならば、それで構わない。
思い通りにならない世界は邪魔でしかないんだよ、ザクロ!」
幻影の戦団が一斉に切りかかって来る。
ザクロは身を固めるが、しかし本物はいなかった。
幻影が消え失せた時、そこにナイヅの姿はなかった。
「所詮はネクロマンサーの足止め、ということか。何度やっても小癪な奴……!」
ザクロは舌打ちした。
ナイヅの策略にまんまと嵌められた形になってしまったからだ。
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病院に担ぎ込まれた正清の容態は深刻なものだった。
腹腔部に開けられた穴からおびただしい量の出血がある。
内臓も大きく傷つけられ、回復したとしても後遺症は免れない。
そもそも出血多量によるショック症状で死にかけている。
「あんな……化け物みたいな奴がいるなんて。どうすりゃいいんだよ……!」
悟志は壁に拳を打ち付けた。
拳には血が滲んでいる。
「悟志くん……ショウくんは大丈夫よ」
「そうだな……蓮華ちゃんが、命を賭けてくれたんだ」
彼らは蓮華が消滅する、その様を見ていた。
魔力を失った魔法少女の、その行く先。
睦子は空恐ろしい感覚に襲われた。
それでも、それをおくびにも出さず振る舞った。
「……あの子の力で、正清は回復しないさ」
睦子の希望的観測を、しかし須田は即座に否定した。
「どう言うことですか、須田さん。あの子とは命を賭けて、みんなのことを」
「命を賭けたって、届かないものがある。少しも負傷が治っていないのが、その証明だ」
須田は二人に向き直り、正清に関する絶望的な観測を口にした。
「高崎正清は、魔力による干渉を無力化する能力の持ち主なんだよ」




