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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
悲しみを消し去るもの
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終わったものたちの願い

 悟志と睦子に少女を任せ、正清は蓮華を探した。

 だが、ヴァルチャーの相手をして時間を食ったのがいけなかった。

 結局蓮華は神社からまんまと逃げ遂せてしまった。


「どこに行ったんだ、蓮華ちゃん。キミはいったい何を恐れているんだ……!」


 これ以上続けても収穫はないと判断し、正清は第三社史編纂室に戻った。

 その頃には時間は午後六時を回っていた。


 すでに悟志と睦子は帰っており、部屋には須田と島崎、そして少女がいた。

 彼女は湯気の立つコーヒーカップをボーっと見ているだけだった。


「沢村茜さん、十三歳。

 弟さんと二人で留守番をしているところにロード・ドラクルが出現。

 殺されそうになったところでプレゼンターが現れたそうです。

 マギウス・コアを与えられ彼女は蘇生、『願い』に呼応して弟さんは蘇った……」

「だが、すべてはプレゼンターの策略だったわけだ。彼女は利用されていた。

 そこんところは説明してあげたんだけど……

 彼女、やっぱり受け入れられないみたいなんだよね」


 コーヒーカップに目を落していた少女は、正清に気付き視線を向けた。

 先ほどのような激しい殺気はないが、やはり警戒と不信とが混ざった視線だ。

 正清は少し不快になった。


「どうしてあそこにいたんですか、この子は? 偶然じゃないでしょう」

「そそのかされたそうだよ、襤褸(ボロ)布を纏った男にね。

 キミの弟を奪った男はいま神社にいる。

 復讐を遂げるならばいまだ、そんなことを言ってね」

「該当の商品はどこでも買えるものですから、それで購入者を特定するのは難しいそうです。

 増産のせいで現場も混乱してて、製造番号の割り出しにも時間が掛かりそうですし」

「っていうか、ラステイターなんだから盗んで来た可能性もあるしねぇ」


 ラステイターが彼女にグッズを与え、そして復讐をそそのかした。

 やはり知恵の回る相手だ。

 復讐心に囚われていそうなやつを見つける才能がある。


「僕を殺したって弟さんは戻ってこない。そんなことは分かっているんだろう?」

「そんなの、分かってるわよ……でも、納得出来ない!

 あんたがいなけりゃ、弟はもっと長く生きられた!

 それってつまり、あんたが殺したのと同じじゃない!」


 分かっている、そう言いながら彼女は分かっていなかった。

 正清は薄く笑った。


「やっぱり、愚かだから魔法少女に選ばれたんだな……」

「なっ……」

「分かってるって? 分かってないよ!

 人が死ぬってことは取り返しのつかない、つけちゃいけないことなんだ!

 それをキミは歪めた。だからその代償を払った!

 それだけのことが分からないなら、キミは愚かだとしか言いようがないだろ!」

「よせ、正清。彼女だって悪意があってやったことじゃないんだ」

「悪いがなきゃすべて許されるんですか? そんなはずはない!

 完全な善意に基づいていたって、多くの人を苦しめることになるならそれは罪ですよ!」


 当たり散らす正清を、須田は冷ややかな目で睨んだ。


「キミの鬱憤を晴らすために、彼女をここに呼んだわけじゃないぞ。

 冷静な話が出来ないようなら、出て行ってくれ。

 聞かなきゃいけないことがある、キミは邪魔だ」


 これまで、須田はこのようなストレートな言葉を使ったことはなかった。

 だから正清も、島崎も、これには驚いた。

 正清は言い返そうとしたが、言葉が見つからなかったのだろう。

 悔し気に舌打ちし、荷物をひっつかんで部屋から出て行った。


「……すまんね。人が死んで、正清もナーバスになっているんだ」


 須田は立ち上がり、常備してあったウォーターサーバーから水を汲み茜に渡した。

 玄斎が耄碌してしまったいま、こうした雑事をやるのも彼の役目になっていた。


「人死に、って。私の弟を殺してもなんとも思わない人が、ですか?」


 アカネは精一杯の嫌味を言った。

 須田は苦笑し、首を横に振った。


「彼はこの夏に起こった優嶺学園ガス爆発事故の犠牲者の一人でもあってね。

 知っているかも知れないが、あの事件もラステイターが関係しているものだった。

 彼は救助に向かったが、それでも何人もの生徒が犠牲になった。

 その中には彼の友人も含まれている」

「……」

「千葉大学病院ロータリーでの事件にも、彼は居合わせた。

 目の前で何人もの人が死ぬのを目の当たりにしながら、彼は戦った。

 その後もラステイターの犠牲者は増え続けて、その中には彼の仲間もいた。

 多くの人の死を背負いながら、彼は戦っているんだよ」


「あいつの方が苦しい思いをしているから、許せって言うんですか? 忘れろと?」

「そうじゃないさ。痛みも苦しみも、等価ではない。主観によって変わるものだからね。

 ただ、分かってほしいんだ。彼だって人の死を望んでいるわけじゃない、ってことをね。

 むしろ、それを望まずに足掻くから、彼の心は軋み、歪んでしまうんだ」


 島崎はこの数か月間に起こった須田の変化に驚いていた。

 かつての彼なら、決してこのようなことは言わないだろう。


 自らの力がラステイターに通用しなかったこと。

 正清に大きな負担を押し付けたこと。

 そして仲間がラステイターとなり、死んだこと。

 様々なことが重なり合い、彼も傷を負った。

 そしてそれを克服しようとしているのだ。


「茜さん、ちょっと遅くなっちゃいましたから送りますよ。今日はもう帰りましょう」


 茜は力なく頷き、立ち上がった。島崎は須田に目配せした。

 須田は『送ったら帰っていいですか?』ということだと解釈し、首を縦に振った。

 島崎はパッと微笑んだ。


 二人がいなくなり、第三社史編纂室には須田以外の人間はいなくなった。

 彼はふっと息を吐き、リクライニングチェアにもたれかかった。


 正清の精神は限界が近い。

 数多の死後、彼は何かを決意した。

 それが重しになって、彼の精神を潰そうとしている。

 それがいったい何なのか、須田には分からない。

 ザクロもそれについては口を噤んでいる。


 だが、何となく想像することは出来る。

 ここ一カ月、正清の鬼気迫る戦い方を見れば。

 彼はすべてのラステイターを殺し、魔法少女を殺そうとしている。

 これ以上の被害を増やさないために。


 そのために自分の身を捧げようとしている。

 だがそれは困難な道だ。


 彼の戦いは誰にも理解されないだろう。

 無理解な民衆は正清の戦いを見て『残酷』『非道』とはやし立てる。

 彼に救われた魔法少女は、彼のことを身内殺しの死神として憎悪する。

 真実は誰にも知られない。知られてはいけない。

 人間がラステイターになると知れれば、魔女狩りの世界が再来する。


 彼の思いは、誰にも知られない。それでも正清は戦い続けるだろう。

 心の強い男だから。


 だがいつか、限界は来る。

 その時を少しでも遅らせるのが、自分の仕事だと須田は思った。

 彼の心が保っている間に、この戦いを終わらせなければ。


「そのためには、抜本的な解決が必要なんだよなぁ……」


 いまのようにラステイターと対峙し、それを駆除するようなやり方では間に合わない。

 ラステイターは魔力に感応し、ネズミ算式に増えて行く。

 ネズミの巣を放置したまま潰しているようなものだ。

 根絶を考えるなら、巣ごと根こそぎ滅ぼさねばならない。


(そのための方法に目星は付けている……だが、これを実現することは……)


 須田はモニターを凝視した。

 対ラステイター戦線、その切り札。

 DMF。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 薄汚れた地下水道を、蓮華は一人歩いた。

 灯りはないが、魔法少女の知覚能力ならばこの程度の暗闇どうということはない。

 だが、たった一人歩く心細さだけはどうにもならない。

 蓮華は少し歩いたところで膝を折り、壁に背を預け座り込んでしまった。


(……どうして私は、こんなことをしているんだろう。お父さん、お母さん……)


 理性で押さえ込んでいた心が、蘇って来る。

 発端となった事故の記憶が蘇って来る。




 先頭にあった、ガソリンを満載にしたトレーラーが転倒、炎上、爆発した。

 圧倒的熱量と衝撃が辺りを舐め、地獄絵図を作り出した。

 地獄を作り出したものを、蓮華ははっきりと見ていた。

 鋭い爪を持った、トカゲのような怪物だったと思う。


「キミがこの絶望を払拭したいと願うなら、僕の手を取るんだ」


 白い生き物、プレゼンターがマギウス・コアを差し出して来た。

 蓮華はそれを取り、魔法少女になった。

 そして願おうとした、『父と母を救ってくれ』、と。


 だが、そうはならなかった。

 プレゼンターは蹴り飛ばされ、惨劇を起こしたラステイターは一瞬のうちに切り伏せられた。

 『鮮血の魔法少女』、ザクロによって。


「願いを手に入れようとすれば、あなたはそれ以上の代償を受けることになる。

 悪いことは言わない、願うな。

 あなたの願いはあなただけじゃない、世界を不幸にするから」


 だから、蓮華は願わなかった。

 代わりに、自分の手で両親を救おうと思った。


 彼女は自分が得た力がどんなものか、朧気に理解していた。

 肉体の鼓動を止め、死を偽装した。

 こっそり霊安室を抜け出し、両親の傷を癒した。

 そして、二人の前から姿を消した。


 一度死ななければならない。

 両親は絶対に自分を探し出そうとするだろう。

 魔法少女となった自分には、ラステイターが襲い掛かって来る。

 一人ならどうとでも逃げることが出来るが、しかし足手まといが二人いてはダメだ。

 二人には何も知らずに生きていてもらいたい。


 幸い、祖父から山の歩き方、食べられる野草の知識を得ていた。

 彼女は一人で生きることにした。

 ラステイターと関わらず、人とも交わらず、ただ一人だけで生きて来た。


 それは、幼い少女にとって死ぬよりも辛い現実だった。

 ザクロの語る、生き残った代償。身に余る願いを叶えた代償。

 それは、あまりにも重すぎるものだった。




「オイオイ、オイオイオイオイ! 蓮華ちゃん、こんなところで何をしてるのかなぁ?」


 蓮華は顔を上げた。そして顎を掴まれた。

 白い骨の指に。蓮華は息を飲んだ。


「お前さんのせいで、俺の部下が一人死んだ。

 ちょいと困ったことになったな、オイ。

 親御さんはどんな教育をしてんだろうな? ご挨拶に行っちゃおうかなぁ?」

「ッ……言うことを聞いている間は、二人に手を出さない約束でしょ……!」


 襤褸(ボロ)布の男――ロード・ネクロマンサーの口元が、ニヤリと歪んだ。


「そうさ、俺は約束を守る男だ。だがお前は約束を守れるかな?

 シャルディアたちに見つかっちゃったみたいだねえ。

 このままキミと俺の存在を隠し通せるのかなぁ?」

「隠し通せる……! いままでだってそうして来た! 今度だって大丈夫だよ!」

「結構、結構。じゃあご挨拶はまた今度だ。じゃあ次のお仕事の話をしようじゃないか」


 ネクロマンサーは嘲笑った。この娘は、あまりにもチョロ過ぎると。


「新町交差点だ、次はな。

 派手にやるぜ。せいぜい死なせないように頑張れよ」


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