恨みの一撃
倒れた男性を病院まで見送った後、三人は第三社史編纂室に向かった。
すでに与沢も到着しており、ミーティングの準備は整っていた。
「事件は、終わったはずじゃないのか? 敵は倒したんだろう?」
「ええ、でも……すみません。あれをやったのは、他のラステイターだったんです」
正清は路地裏で見たことのすべてを説明した。
サラリーマンの首筋についていた傷跡と川谷の傷の形状は一致していた。
そしてドラクル被害者のすべてが死亡している。
それなのに、彼が生き残っているのはなぜか?
理由は明白だった。
「本当なら、そいつは相当狡猾だな。仲間に責任をおっかぶせたんだから」
「あいつら仲間って言ってもそんなに連携が取れているわけじゃないんでしょう?」
「そうだね。だがだからこそだ。
自分の袴を履いて相撲を取っているやつがいたら、間違いなく消されるだろう。
だが奴は察知されることなく、ここまで来た……」
「いったい何者なんでしょう、そのラステイターは。
犯行を隠すだけの知能を持っているってことは、少なくとも魔王級。
でも、それらしい反応はなかったはずです」
「気配を隠すのが上手いんだろう。まずはどうにかして敵を見つけないと……」
ミーティングを行いながら、正清は横目で玄斎のことを見た。
彼は会議に参加しているようで、しかししていなかった。
虚空を見つめている。見ていられなかった。
「……という方向性で調べて行こうと思う。異存はないかな、みんな?」
「ええ、大丈夫です。まずは俺たちが今回の現場の状況を捜査。
その間に与沢さんたちがドラクル被害者と目されていた人たちのデータを集積。
ショウは蓮華ちゃんを探す」
すかさず悟志がフォローを入れてくれたので、大事にはならずに済んだ。
「敵は狡猾だ。キミたちを陥れようとするかもしれない。慎重に行動してくれ」
ミーティングは終了、そこから個別での活動に移った。
正清は誰よりも速くその場を後にし、ブラウズに乗り込んだ。
とにかく、まずは蓮華を見つけなければ。
もちろん、何の手がかりもなく彼女を見つけることは出来なかった。
ある程度の当たりを付け、聞き込みを行ったが彼女の痕跡さえも見つけることが出来なかった。
結局、蓮華に関する情報は与沢の報告を待たなければならなかった。
『どうやら、敵はドラクルの行動に合わせて活動していたようだね。
見つからないわけだ。一番大きな敵にカムフラージュされて、こちらも気付かなかった』
須田は悔しげな声を上げた。
送られてきた地図に示された点は、見事にドラクルの活動範囲と重なっていた。
思えば、川谷があの近辺で襲われたのも仕込みだったのだろう。
あわよくばドラクルに自分たちを仕留めさせ、もしくはドラクルを自分たちに仕留めさせる。
どちらに転んでも損のない策だ。手堅く用心深い知性を感じる。
『見る限り、栄町とか本千葉とか、盛り場での犯行が多かったみたいですね』
データを見て、悟志が口を挟んだ。
ドラクルの活動範囲とも重なる。
『共通点はなんだ? 人通りが多く、猥雑な店が多い。後は……』
「昼間はあまり人がいない。人から隠れるには、最適な場所」
それは、ラステイターにとっても、蓮華にとってもそうだろう。
『つまりお前は、この辺りに蓮華ちゃんが隠れているって言いたいのか?』
「分からない。けど、何の目印もなしに探すよりは余程マシだと思う」
『その辺りに設置されているマギウス・レーダーの反応を調べてみる。
もしかしたら、何か出るかもしれないな。ところで悟志、そっちの方はどうなんだ?』
『残留している魔力の反応がありました。ラステイターのものと見て間違いないでしょう。
いまデータを送ります。固有波形からある程度は推定が出来るんじゃないかと……』
言ったのとほとんど同じタイミングで、ディアフォンが反応した。
マギウス・レーダーが彼女が放つ微弱な魔力を捉えたのだ。
いまは千葉神社の辺りにいる。
『正清、彼女の確保に向かうんだ。その位置ならば先回り出来るはずだ』
「確保するんですか? いきなりそれはさすがに乱暴なんじゃ……」
『もう何人も被害者が出ているんだ。
敵の目的が分からない以上、彼女をこれ以上一人にしておくのは危険すぎる。
彼女の安全を確保するためにも、つれて来るんだ』
それで通信は切れた。須田も現場に向かっているのだろう。
彼の言っていることは正論だ、取り敢えずは納得し、正清はブラウズを走らせた。
五分もかからないだろう。
その時、正清は気付かなかった。
彼の背中を、殺気立った目で見るものの姿に。
大通りに出て直ぐ、正清は蓮華を見つけた。
蓮華は正清の姿に気付くと、体をビクリと震わせて走り出した。
まるで恐ろしいものから逃げているようだった。
声をかける暇もなかったため、正清はアクセルを吹かし彼女を追い掛けた。
道を走っていては逃げられないと判断したのか、蓮華は神社の境内に入って行った。
正清は適当なところでバイクから降り、彼女を追った。
平日の夕方ということもあり、人影はまばらだった。
「待ってくれ、蓮華ちゃん! 僕だ、高崎正清だ! キミに助けてもらったッ!」
子供の脚力ということもあって、正清はすぐに蓮華に追いつくことが出来た。
「ッ……来ないで下さい。あなたには、関係のないことですから」
「そうはいかない。キミの周辺で、何かが起こっているんだ。
僕はキミを助けたい。キミに助けてもらったんだ、その恩を返したいんだよ」
正清は蓮華に近付こうとした。だが、その足は止められた。
ディアフォンが激しく反応、上空からの魔力反応を検知する。
正清は後方に向けて転がった。
一瞬前まで彼がいた場所に、何かが降り注いだ。
それは、羽根だった。
参拝客たちが悲鳴を上げる!
「ホッホッホ! 悪いがこの少女に手を出させるわけにはいかんなぁ!」
上空から何かが下りて来た。
それは、鳥のような羽根を持った怪物だった。
腕と羽根とが一体化しており、羽根は刃のように鋭い。
鋭いくちばしと眼光、そして禿げあがった頭が特徴的だ。
ヴァルチャーラステイターとでも呼ぶべきか。
「ホッホッホ! さあ行け、早く。お前の願いを叶えたいのならばな」
蓮華は身を竦め、そして走り出した。
追い掛けようとするが、ヴァルチャーが睨む。
「何を狙っている。あの子を利用して、何をしようとしているんだ!」
「ホッホッホ! そのようなことを気にしている場合かな、少年?」
一々癇に障る笑い方をする。
ヴァルチャーは腕を薙ぎ、羽根の弾丸を放った。
側転でそれを回避し、《ディアドライバー》を装着。
ディアフォンを操作した。
「変身!」
正清の体が錬金式に包み込まれる。
ヴァルチャーが続けて羽根を放つが、顕在化した鎧に阻まれ本体には届かなかった。
装甲展開が完了すると同時に、正清は駆け出した。
腕と羽根とが一体化しているためか、ヴァルチャーはすぐ飛ぶことが出来ないようだ。
地上に留まり、正清と格闘戦を演じる。二者の攻防が目まぐるしく入れ替わった。
「ホッハッハッハ! なるほど、聞いていた通りの実力者よ!」
ヴァルチャーは半歩後退し、ミドルキックを繰り出した。
正清はそれを捌き、逆の手でヴァルチャーの腹を打った。
ヴァルチャーはくの字に折れたたらを踏む。
その隙を見計らって、正清は槍のようなサイドキックを繰り出す!
ヴァルチャーがふっ飛ばされた!
「これでとどめだ! もう邪魔はさせないぞ――!」
正清はエクスブレイクを発動させようとした。
その時だ!
正清の体に影が掛かる。
後ろから何かが放たれたのだと気付いた時には、もう遅かった。
正清に投網が放たれたのだ。予想もしていなかった彼はそれに絡め取られる!
「なっ……! なんだ、これ! クソ、外れないぞ……!」
ただの網であったなら、シャルディアにとって何の問題にもならなかっただろう。
だがこれは魔化炭素繊維によって作られた強固なネットだ。
ラステイターを捕えるために作られ、販売されているもの。
如何にシャルディアのパワーであっても簡単には千切れない。
もがく正清。
だが、誰かが走って来るのに気付いた。
それは手に持ったスタンガンを正清に押し当てた。
魔力を帯びた電流が押し付けられ、正清の体を焼いた!
「グワァーッ!? なっ、これは……いったい!?」
正清はスタンガン攻撃を行って来たものを見た。
そして愕然とした。
それはかつて、彼が倒した魔法少女だった。
名も知らぬ少女は憎悪を帯びた目で正清を睨み付けた。
「お前が……お前のせいで弟は死んだんだ! お前が、お前さえいなければーッ!」
彼女は対ラステイター用スタンガンを正清の顎先に押し当てた。
魔化装甲を貫く電流が正清を焼いた!
悲鳴を上げるが、しかし抵抗出来ない!
相手は生身の少女だ!
「ホッハッハッハ! 愉快、愉快! そして無様! では死ね、死ぬがいい!」
ヴァルチャーは飛び上がり、垂直チョップを繰り出そうとした!
防御が出来ぬ正清にそれを避ける術はない! 万事休すか?
だがそうはならなかった!
「オリャァーッ!」
「グワァーッ!?」
社の屋根の上から繰り出されたキックが、ヴァルチャーを吹き飛ばした!
反動で着地するのはマグス、すなわち悟志!
悟志は吹き飛んだヴァルチャーに追撃を加える!
「なにをっ! 邪魔を、邪魔をしないでよ! あんたたちィーッ!」
少女は立ち上がろうとしたが、しかし叶わなかった。
何処からか伸びた影が、彼女を捉えていたのだ。
凄まじき力を持つ影を操るのは、『影絵の魔法少女』睦子!
彼女からしみ出した影は水たまりのように広がっていき、ネットの重りをまとめて砕いた。
こうなれば、もはや正清を邪魔するものはない。
正清は重りを失ったネットを振り払い、立ち上がった。
視線の先では、銃撃をものともせず突き進んで来たヴァルチャーが悟志との格闘戦を演じている。
魔獣級ラステイターとの一対一での格闘戦は、やはりマグスでは荷が勝ちすぎる。
バスターライアットを棍棒代わりに使い、かろうじでヴァルチャーの攻撃を捌く。
しかし形勢は徐々にヴァルチャー有利に傾きつつあった。
そこに正清は飛び込んで行く。
正清のジャンプパンチに、タイミングを合わせて悟志も拳を繰り出す。
二か所同時に放たれた拳撃に、ヴァルチャーは対応し切れなかった。
二人の拳をまともに胸に受け、そして吹き飛んで行った!
「決めるぞ、悟志! 援護してくれ!」
「あいよ、相棒! さっさと決めて来てくれ!」
悟志はバスターライアットのエクスブレイクを発動させ、銃撃を放った。
増幅されたエネルギー弾が何発もヴァルチャーの体に吸い込まれて行った。
さしものヴァルチャーも、それには動きを止めた。
生まれた隙を見逃さず、正清もエクスブレイクを発動。
拳に魔力を収束させ、ジャンプパンチを放つ。
頬に叩き込まれたパンチがヴァルチャーの頭部を吹き飛ばした。
数歩たたらを踏み、転倒。
ヴァルチャーラステイターは爆発四散した!
「っそ、時間を取られた……! 須田さん、蓮華ちゃんは!?」
『見失った。地下……そう、下水道を通っているのかもしれない。彼女なら可能だ』
下水道は過酷だが、魔法少女の肉体ならどうとでもなる。
正清は舌打ちした。
「あんたが……あんたのせいで。何であんたが生きて、弟が死ぬのよ……!」
少女は尚も繰り言をつぶやく。
それは正清のささくれた心を刺激するには十分だった。
「どうして僕が生きていて、あんたの弟が死んだかって?
決まってるだろう。あんたの弟はとっくに死んでいたんだ!
あんたは死体に縋りついていただけだ!」
「ショウ、よせ! この子に当たっても仕方ないだろ!」
「あんたのせいでまた人が死ぬかもしれないんだぞ! 責任とれんのかよ!」
「ショウ、止めろ! 言い過ぎだ!」
悟志は正清の肩を掴み、無理矢理止めた。
境内には少女の鳴き声だけが響き渡った。
泣きたいのは自分の方だ。
正清は自己嫌悪を抱きながらも、内心で毒づいた。




