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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
悲しみを消し去るもの
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癒しの少女は何故彷徨うのか

 目を覚ました時、正清は教室にいた。

 燃えるように赤い夕陽が照らす教室に。


 違う、これは夢だ。

 夢の中にいながらそれが分かった。


 そこには、美里がいた。

 数多がいた。

 悟志がいた。

 睦子がいた。

 友達がいた。

 何故か綾乃がいた。


 分かっている。これは自分の後悔が見せる幻。

 ならば早く覚めねばならぬ。何故ならば……


 数多が肘で正清を小突いた。

 その手は青いガントレットで覆われていた。

 数多ではない、テュルフィングがいた。


 さっきまで楽しそうに遊んでいた綾乃が、四肢を投げ出して床に倒れ込んでいる。

 友達の全身が血に染まった。


 止めろ、と正清は願った。


 ごつごつとした手甲が、正清の肩に乗った。

 恐る恐る振り返った、そこには、美里が。




 正清は跳ね起きた。

 全身は寝汗でびっしょり、消し忘れたクーラーの冷風が火照った体を無理矢理冷ました。

 だが、早鐘を打つ心臓はなかなか落ち着きそうにない。呼吸は荒く、頭は混乱している。

 時計を見るとまだ六時前だった。


 それでも、正清は起き上がった。

 もうこれ以上夢を見たくなかった。

 恐ろしい夢を。


「あら、おはようショウ。どうしたの、今日に限って。早いわね」


 正清の気持ちをまるで知らない母は、いつも通りの気楽な声をかけてきた。

 正清はそれに対して曖昧に頷き、食べるものを適当に見繕った。

 不思議そうな目で母はそれを見る。


「今日から学校だからって、そんなに楽しみだったのかね? この子は」

「母さん、止めてくれよ。確かに今日からだけどさ、そんなに思い出したくないんだ」

「苦しい目に遭ったんだもんねえ、それは当り前さね。でも、覚えておきなさいショウ」


 母は優しく、そして真剣な声色で言った。


「生きてりゃ悲しいことはある。あんたほどのものはそうないかもしれないけどね。

 でも、それに囚われちゃいけないよ。それは結局、あんたを苦しめるだけだ」


 正清はその言葉に、曖昧に頷いた。

 囚われたくなくても、過去が追い掛けて来る。




 かなり早めに正清は家を出た。

 散歩をして気を紛らわすことが出来るか、と考えたがもちろんそんなことはなかった。

 むしろ数多と綾乃が死んだ場所に近付くのが嫌になった。 


 九児河家には親戚がおらず、夏美の葬儀に参列する者もそれほど多くなかった。

 数多は死体も残らなかったため、表向きは失踪という形で処理された。

 綾乃も同様だ。彼女の遺体はひっそりと葬られた。

 顧みるものは、ほとんどいなかった。


 あの日から、玄斎は塞ぎ込んでいる。

 ボーっとしている時間が多くなり、定時に帰るようになった。

 彼女を失ったことで一気に老いた、そう須田は言っていた。

 もはやかつての彼はいなかった。第三社史編纂室は大きな力を失ったのだ。


 一時間前に校門を潜ったが、人はほとんどいなかった。

 運動部はもとより、教員たちも少なくなっているような気がする。

 優嶺から転校するものが増えているというニュースをどこかで見たことがあった。


 言うまでもなくなく、七月の事件のせいだ。

 当時もラステイターの目撃証言と、被害報告があったが、握り潰された。

 それがいまになって発覚した。


 隠蔽体質だと罵られ、頭を下げる学校責任者をニュースで見た。

 あの時発表しても、誰も信じなかっただろう。だから隠した。

 それがいまになって首を絞めた。


 教室は学期の最後と何も変わってはいなかった。

 だが、そこには二度と来られない人がいる。

 その事実を、ここに来ることで、それを実感させられた。

 正清は腰掛け、息を吐いた。

 窓の外では、白々しいくらいにいつも通りの日常が送られていた。




 相も変わらず退屈な訓示を聞き、新学期は始まった。

 もっとも、生徒の大半の感心はそんなところにはない。

 誰がどこに行っただの、消えただの、そういうことだった。


 そうしたいつもの日常を受け流している間に、あっという間に下校時刻になった。

 運動部は全面的に活動を自粛しているようで、学校に残るものはほとんどいなかった。


「……はぁ。気が重くなるよ。学校にまで行かなきゃいけなくなるなんて」

「そう言うな、ショウ。普通の生活を楽しもう。非日常の中で生きてるんだからさ」


 正清と悟志、それから睦子は駅の近くにあるコーヒーショップに集まった。


「私のクラスでも、転校した人が何人もいるわ。やっぱり危ないと思ってるんでしょう」

「この世界のどこに、安全なところがあるのかは分からねえけどな」


 コーヒーを啜りながら悟志はつぶやいた。

 ラステイターの被害は全世界規模で起こっている。

 ただ認識されていないだけだ。

 分からなければないのと同じなのかもしれないが。


「これからどうするんだ、ショウ? 俺たちは帰ろうと思うけど」

「この辺りを少し回って、それから帰るよ。また出て来るかも知れないからね」


 正清の言葉に、悟志は顔をしかめた。


「なあ、ショウ。ここんところ根を詰め過ぎじゃないか?

 おばさんから帰りが遅いって文句言われてんだ。

 たまには早く帰って、安心させてやれよ」

「アリバイ作りをしてくれてる悟志には悪いと思ってるよ。けど、これは……」

「数多ちゃんと綾乃ちゃんのことは残念だったけど、これじゃあなたまで……」

「数多と約束したんです。全部終わらせるって。そのために、僕は」


 二人はそれ以上何も言えなくなった。

 追い詰められている、少し突けば弾けそうなほどに。

 それならば、自分たちが近くにいた方が幾分かマシだろう。

 そう思った。


「分かった、なら俺たちも付き合うよ。しばらく辺りを見回って、それで帰ろうぜ」

「悟志、気持ちはありがたいよ。でも、むっちゃん先輩は……」

「私のことは心配しないで。

 島崎さんがモニタリングしてくれているから、使用魔力の許容限界もすぐ分かるようになってる。

 ザクロさんのおかげね」


 あの日以来、ザクロは第三社史編纂室に協力をしてくれている。

 彼女がもたらした情報は有益なものだった。

 特に、魔法少女のラステイター化が分かったいまとなっては。


 人間の体は魔化放射線に対する自浄作用を持っている。

 ある程度ならば魔法を使ったり、魔力に身を晒しても問題はない。

 マギウス・コアは魔力を吸収する性質があるため、時間を置けば失った魔力を充填出来る。

 須田はザクロが経験として理解していたことをロジックと成し、モニタリング装置を作り出した。


「……ありがとうございます。でも、無茶だけはしないで下さいよ?」

「ああ、俺とショウならいくら戦っても問題ないんだ。いざとなったら下がってろ」

「まったく……二人とも、そういうところが心配だってこと、分かってないみたいね?」


 睦子は苦笑するが、しかしそれは先ほどのものよりもずっと柔らかいものだった。

 安心し、視線を外に向けた正清は、そこでおかしなものを見た。


 そこにいたのは、蓮華だった。

 不安げな表情であたりをキョロキョロ見回し、何かを探している。

 やがてそれを見つけたのか、赤信号にも構わずそこに向かって行くのを正清は見た。


「蓮華ちゃん……? でも、あんなに急いでいったいどこに」

「なに? ショウ、そこに蓮華ちゃんがいたのか?」

「うん。ただ、どこかに急いでいるみたいだった。確か、あっちの……」


 彼女が入って行った路地の先には、銀行や企業、それからいかがわしい店が並んでいる。

 間違っても、あんな子供が入って行くような場所ではないだろう。

 正清は何となく胸騒ぎを覚え、追いかけた。二人もそれに続いて行く。


 しばらく進み、葭川にかかる橋を越えたところで、正清は蓮華を見つけた。

 裏路地に入っていく。あそこから先は猥雑な界隈だ。

 少しだけ躊躇って、正清はそれを追った。


 薄暗い路地には、蓮華がいた。

 それから、一人の男性。

 サラリーマンだろう、背を壁に預け、苦し気に胸を上下させている。

 蓮華が彼に魔法を使っているのが見えた、癒しの魔法を。

 彼女は正清たちに気付くと、弾かれたように立ち上がり去って行った。


「ちょっ、待ってくれ蓮華ちゃん! これはいったい……」


 蓮華はスルリスルリと雑多な物品が積み重なった路地を抜けて行き、消えて行った。

 正清は苛立ちまぎれに壁を叩き、振り返った。

 悟志と睦子は倒れた男性を気遣っている。


「マズいな、意識がない。ちょっと救急車呼んで来る。二人とも、見ててくれ」


 路地の中だからか、少し電波状況が悪かった。

 悟志は救急車を呼ぶため外に出た。

 正清と睦子はサラリーマンの前で膝を折り、彼の容態を観察した。

 自発呼吸があるので死にはしないだろうが、予断を許さない。

 いったい何があったのだろうか?


「蓮華ちゃんはこの人を助けるために急いでいたのかしら?」

「それなら、僕らを見て逃げる理由が分かりません。

 それに、それなら蓮華はここで男の人が倒れているのが分かったってことです。

 でも、彼女にそんな力は多分……」


 ないはずだ。

 ザクロから蓮華の力に関する詳細は聞いていないが、基本的に魔法少女は一人につき一能力。

 二つ以上の魔法を持つ魔法少女に出会ったためしはない。

 というより、魔法を使う魔法少女とも最近とんと出会っていないのだが。


 男のことを調べているうちに、正清は妙なものを見つけた。

 首筋に二点、赤い筋が付いているのだ。

 まるでここから何かが抜き取られたかのような。しかし。


「この傷……でも、これは、ロード(・・・)ドラクルの(・・・・・)

「でも、ドラクルは死んだはずなんじゃないの?」


 そう、ドラクルは死んだ。

 自分たちの手で殺したのだ、それから先のこともあってはっきり覚えている。

 どういうことだ、そこまで考えて正清は思い出した。


 川谷正人。

 ラステイターの被害者となった彼の首筋にも、同じ傷があった。


「そうか……あれは、ドラクルのじゃなかったんだ! 犯人は別にいたんだ!」

「ど、どういうことなのショウくん?」

「首筋の傷を見て、僕はドラクルのせいだと思っていた。

 けど、ドラクル被害者は全員死亡している。彼のやり口とは合わないんですよ。

 彼の仕業に見せかけていたラステイターがいるってことです!

 それが人々を襲って、何かをしていた……!」


 何をしていたのかは分からない、だがそれが悲劇に繋がっていることは分かる。


 そして、蓮華。

 現場から逃げ出した彼女は、この事件にどう関わっているのだろうか?


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