戦士たちを取り巻く世界
仕事が終わったら、美里の見舞いに行く。それが正清の日課になっていた。
彼女は殆ど面会謝絶状態になっており、その僅かな例外が正清だ。
とは言え、ビニールカーテンの向こう側からその姿を見ることしか出来ないのだが。
「細胞変化の具合も落ち着いています。
変わるべきところが変わってしまった、とも言えますが。
右腕と、心臓。それからいくつかの臓器がすでに変化しています」
「外見から見るだけでも、そう言うのって分かるんですね」
「CTも進歩していますからね。実際見ていないから何とも言えませんが……
とりあえず、容体は安定しています。あとしばらくしたら実際に面会できるでしょう」
『しばらく』がいつかは言わなかった。
前例のないことなので、当たり前だが。
医師に礼を言って、正清は帰った。
彼は玄斎から詳細なレクチャーを受けており、魔化放射線の影響について理解している。
だからこそ、正清も安心して美里のことを任せることが出来る。
本当の意味で、安心してはいないが。
容体は安定している。だが、変異は止まっていない。
あれが止まるかどうかすら分からない、そもそも元に戻るのだろうか?
ラステイターへの変異は不可逆のものだ。
ならば、美里も遠からずあの化け物のようになってしまうのだろうか?
最悪の想定を、正清は無理矢理振り払った。
あってはならないことだ。
「退院してすぐにまた入院なんて、藤川さんも災難だね。高崎くん」
知った声をかけられ、正清はそちらに振り返った。
そこには、雪沢光真がいた。
「……久しぶりだね、雪沢くん。どうしてこんなところにいるんだい?」
「風の噂で藤川さんが入院したと聞いてね。
でも、面会謝絶だったとは知らなかったんだ。
途方に暮れているところに、キミが現れたってわけ。帰りかい?」
「……ああ。そろそろ休みも終わるね。また、学校で会おう」
「そうだね。キミとも、藤川さんとも、九児河さんとも、また会いたいな」
九児河、数多。
彼女が死んだことは、まだ公表されていない。
夏休みの間に『転校』し、どこかに行ったことになるのだろう。
真実は誰にも分からない。
「ああ、そうだね。僕はもう帰らなきゃいけない。じゃあ、またね」
光真は薄く笑って、片手を上げた。
彼と話していると、心がざわついて来るのを正清は感じていた。
理由は単純、彼の語り口が気に入らないのだ。
あのねっとりした、心の中に染み込んで来ようという口調……
どうして人が彼を信じているのか分からなかった。
鈍色の雲から雨粒が吐き出され、大地を濡らした。
ここのところ雨ばかりだな、と正清は思った。
雨は嫌いだ。
どうしても、あの日のことを思い出してしまうから。
「お父さん、向こうの空港で足止めだって。飛行機が爆発したみたい」
「爆発って……確か、そんなに治安の悪くないところだったよね? まさかテロ?」
ラステイターという脅威があるにも関わらず、未だに人々は争いを続けている。
それでも、母は首を横に振った。原因は分からないのだそうだ。
「もしかして、外国にもラステイターっているのかな?」
「あのお化けのこと? さあ、よく分からないけどね。
でも、いてもおかしくないわ。どんな不思議なことがあったって驚かないわよ。
そんなの山ほどあるんだから」
母は肝が据わっているのだか、何も考えていないのか、よく分からないセリフを吐いた。
とにかく、正清は疲れていた。
今日だけではない、慢性的なオーバーワーク状態だ。
始業式を控え、これから学校が始まるかと思うと気が重くなる。
美里がいない。
数多がいない。
友達がいない。
その現実を見せつけられるかと思うと。
眠気に身を任せ、正清はベッドに転がり込んだ。
すぐに彼は、夢の中に引き込まれた。
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バンクスターの定例会見を聞き流しながら、須田は作業に没頭した。
当初は歓迎されていたようだが、一か月も経たないうちにバッシングの方向に舵が切られた。
『最初の発表で年間三百人ほどがラステイターの犠牲になっている、とおっしゃりました。
ですがこの一か月で被害者は五十人以上にも上っている。
このままのペースで進めば当初の予測よりもはるかに多くの犠牲者が出ることになります。
いかがでしょう?』
『当初三百と言っていたのは、確認が取れている分だけで、ということです。
年間数万人の行方不明者がいますが、その多くの原因は不明です。
また、この数値にはラステイターの活動も関わってきます。
ですので一律にどうとか、そういうことではないんです』
高田はあからさまに苛立っている。
最初に目立ったのが災いして、定例会見には彼が出張ることになっている。
宣伝になると言っていた彼も、最近のマスコミの攻勢にはさしもの彼もうんざりしているようだ。
ざまあみろ、須田はほくそ笑んだ。
『そのラステイターの活動についてです。
あなたたちがラステイターを刺激しているから彼らも活動を活発化させているのではないですか?』
『それはまったく的外れのものでありましてね、はい。
様々な原因、例えば近年の開発だとか、そういうものが重なった結果ですね。
ラステイターが人里に出て来たと、そういうことです。
我々の駆除活動は活発化とはまったく無関係であります』
あるいは、人目に触れるようになったことで活発化しているように見えているだけかもしれない。
そもそも年間の被害者数すらはっきりしていないのだから。
何はともあれ、AMFなるものを開発してラステイターを白日の下に晒した高田の失敗だ。
(しかし、AMFか。一月調べているが、技術の出所がはっきりしない)
AMFの魔力無効化方式はシャルディアのそれとは異なる。
シャルディアの場合は分厚い装甲によって魔力そのものを遮断するが、AMFは逆位相の疑似魔力を放出することによってマギウス・フィールドを相殺する。そんなものをどうやって彼らは作ったのだろうか? 第三社史編纂室の技術を流用したものでないことだけは確かだった。
『ここ最近、魔法少女と呼ばれる人々が出て来ていることはご存じでしょうか?』
大手テレビ局の、それなりに年嵩のいったレポーター。
それが真面目くさった顔で『魔法少女』などという単語を口にするのがおかしくてたまらない。
須田は吹き出した。
『ええ、ええ。こちらでも存じ上げています』
『魔法少女を名乗って暴力事件や住居侵入となど反社会的な行為を行う子供たちが増えているそうです。
これらについてはどうお考えですか?』
『大変痛ましいことだと思います。
ラステイターは危険な怪物ですので、ご自身が被害に遭われる可能性もある。
我々はそうした危険な行為に手を染める若者を発見した場合、それを止める立場にあります。
ですからですね……』
『ですが、魔法少女を名乗る子供たちにちょっと深刻な態度を取っているのではないかと。
映像を見る限りでは思ってしまうんです。こちらをご覧ください』
レポーターがフリップを手に取った。
市街で行われた魔法少女とラステイターの戦い、そしてそれに介入するシャルディアの画像。
シャルディアが魔法少女を殴っている。
もっと過激な映像はいくらでもあるだろうに、と須田は思った。
『御社のシャルディアは少女に暴行を行っている。これについてはどう思われますか』
『業務上やむを得ない範囲の行動だと解釈しています』
『少女を殴っていいわけがないでしょう!』『人権意識が欠如している!』『趣味の悪いスーツ!』『暴力を肯定すると理解してよろしいんですね!?』『銭ゲバ!』
高田の失言に呼応して、レポーターたちは鬼の首を取ったかのようなテンションになった。
そこから先は高田の釈明演説だけが続くようだったので、須田は電源を切った。
そして背伸びして、いったん休憩。ここに残っているのは須田だけだ。
腹が減った、と思って時計を見てみると時間は午前二時。
シャルディア用の新装備を調整していたらこんな時間になってしまったようだ。
この期に及んでも、バンクスターはマグスを量産しようとはしなかった。
技術的、そして金銭的な問題で量産に絶えないという点も、もちろんある。
だがなり手がいない。
危険な戦いに身を投じようというものはいない。
警察も自衛隊も、人死にがあっては世間からのバッシングに対応出来ない。
人々は安全を守るために命を賭けるのに非常に厳しい。
だからこそ、拒まれてもそれをやる正清のような人間にすべてを託すしかない。
第三社史編纂室にはある程度の金銭的リソースが戻って来た。
人員は補充されなかったが、生半可な技術者を送られれば邪魔になるだけだ。
いまが一番都合がいい。
(世界が滅びるまでどれだけの時間が残っているのかは分からない。だが……)
プレゼンターが語った内容が、どこまで真実を含んでいるかは分からない。
だが、戦いを止めることも後退することも選択肢にはない。進んで行くだけだ。
多くの死者が出た。
その中には仲間もいる。
幼い子供もいる。
死に報いるためにも。
いや、そうではない。
「彼らが死んだのが無駄ではないと、僕自身が思うために……!」
須田は夜食を摂りにビルから出た。
もう一週間ばかり、家に帰っていない。




