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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
死者の舞踏
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愚かなる願いの代償

 どうしてこんなことになった。

 正清はかろうじで立ちながら、天を睨んだ。


「どうして、どうしてこんなことになるんだよ!

 ただ、幸せになりたかっただけなのに……

 なんで、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!」


「決まっているよ、高崎正清。それはキミたちがただ、愚かだったからさ」


 返答が帰って来ると思っていなかった正清は、弾かれたように振り返った。

 彼の目の前に現れたのは、白の生物。プレゼンター。

 正清はディアバスターを向けた。


「お前が……お前が魔法少女なんてものを生み出すから! みんなはこんな目に!」

「勘違いしないでくれよ、高崎正清。僕は何も彼女たちを陥れたワケじゃない」

「ふざけるな! あんなものがなければラステイターなんて生まれなかったのに!」


 クスリ、とプレゼンターは笑った。

 この世の悪意を凝縮したような、黒い笑みを。


「ねえ、高崎正清。何のリスクもなく願い事が叶う方がおかしいんじゃないかな?」

「なにを、言っているんだよ」

「どうして僕が、魔法少女を生み出したか分かるかい?

 それはキミ(・・・・・)たちが愚かだからだよ(・・・・・・・・・・)

 少しでも道理が分かっていれば、自分が何の努力もせずに願いが叶うワケがないと分かる。

 少しでも知恵があるのならば、願いの先には何らかの代償があると分かる。

 キミたちはそれが分からない。だから選んだんだ」


 正清はトリガーを引いた。

 プレゼンターの眉間に赤い穴が穿たれた。


「愚かだから、僕の言葉に耳を傾ける。

 愚かだから、僕のようなものと契約してしまう。

 これはその愚かさの代償だよ、高崎正清。

 願いの対価を掴んだんだ」


 横合いからまたプレゼンターの声。

 そこには、寸分たがわぬ白の生き物がいた。


「それにね、僕の力を受け取らないっていう選択肢もあるんだよ?

 僕は別に強制していたわけじゃないさ。

 それなのに、僕が一方的な悪者にされるのは我慢出来ないな」

「一理あるわね、プレゼンター。ただし、あなたが仕向けていなければだけどね」


 その場に踏み込む影が一つあった。

 『鮮血の魔法少女』、ザクロ。


「あなたの目的は、ラステイターを生み出すこと。

 ただのラステイターではない、魔王以上の知性を持つラステイター。

 だからあなたは知性を持つ生き物を選んだ」

「ザクロ、さん……」

「分かったでしょう、高崎。彼女を助ける手段なんて、存在しなかったのよ」


 ザクロは斬馬刀の切っ先をプレゼンターに向けた。

 プレゼンターは微動だにしない。


「悪魔に魅入られたものが辿る末路は、二つに一つ。死ぬか破滅するか、それだけよ」


 ドタドタという足音が聞こえて来た。

 須田、悟志、睦子の三人だ。


「正清! ラステイターはどうした、ここには、いない……」


 須田たちはプレゼンターの姿を認め、立ち止まった。

 プレゼンターは睦子の方を見て、笑みを浮かべた。

 悪意を押し隠した、善意の仮面を。


「やあ、朱鷺谷睦子。キミに与えた力は、役に立っているかな?」

「もう、あなたの好きにはさせない。魔法を使えば、私も怪物になるんでしょう……!」

「やれやれ、キミたちは一面的なところしか見ないから話が進まないよ」


 プレゼンターは心底うんざりだ、というような仕草で首を横に振った。


「貴様の目的は何だ、プレゼンターとやら。ラステイターを増やして、何をする?」

「僕の目的は最初に語っておいた通りさ。僕はね、世界に平和をもたらしたいんだよ」

「こんな……こんな悲劇を繰り返しておいて、平和だって?

 ふざけるな! お前がもたらしているのは破壊と、悲しみだけだ!

 そんなもので平和なんて訪れるものか!」


 正清は泣き叫んだが、プレゼンターは意にも介さない。


「有史以来、人類は争い続けて来た。

 人類だけではない、すべての生き物がだ。

 単純な欲望、すなわち生存と繁殖を目的としたものだ。

 それは分かるだろう?」

「……争うことも、領土を広げることも、すべては生存本能に基づいたものだ」

「本能の身によって動く生き物。

 生き物が生きたいという本能を抱いている限り、この世界から争いはなくならない。

 そしてそれは、人が人としての形を保っている間は決して根絶することが出来ないものだ。

 もっと抜本的な解決が必要になる」


 須田は何かに得心したように顔を上げた。


「……そのためのラステイター、強いていうならば魔帝級ラステイターか!」

「その通り。彼らは自分が活動するのに必要なだけの魔力を、自ら生み出すことが出来る。

 質量保存の法則に縛られた物理体には決して出来ないことだ。

 無限の魔力によって生きるラステイターだけが、この世界から争いを根絶することが出来る」

「そのために魔法少女を増やして来たと? あまりに遠大な計画だな、プレゼンター」


 須田の言葉を、しかしプレゼンターは否定した。


「僕はずっと待ってきた。世界から争いを根絶するその時を。

 そして、その手段を見つけたんだ。キミたちのおかげでね。

 宣言しよう、ほどなくしてすべての生物は滅びるだろう」


 静かな衝撃が、一行に走った。

 プレゼンターの言葉は淡々としたものだったが、それだけに真実味があるように思えた。

 ザクロは剣を振り上げ、プレゼンターを切り裂いた。


「あなたがどんな策を弄しようとも、関係ない。すべてを打ち砕く」

「キミには出来ないよ、ザクロ。僕はこの日のために、二千年待ってきたんだ」


 プレゼンターの死体が分解され、消えて行く。

 再び一帯に静寂が戻って来た。


「すべての生物が滅びる、って……みんな、ラステイターになっちまうってことか?」


 ようやく悟志は口を開くことが出来た。

 目の前で起こったことを受け止めきれないのだろう。

 睦子も不安げな表情をして、仲間の動きを待った。


「……もし、全生物がラステイターになるようなことがあれば……その時は」


 須田もあまりの事態にすべてを飲み込めていなかった。

 ザクロはこの場でやることが終わったと判断し、踵を返しそこから去ろうとした。

 それを、正清が呼び止めた。


「どこまで、知っているんですか、あなたは。どうして、それを……」

「……私はあなたたちと一緒にいるわけにはいかない。それが、私の……」

「この期に及んで何言ってんだよ、あんたは! 人が死んでるんだぞ!?」


 正清はザクロに食って掛かった。彼女の襟首を掴み、詰め寄る。

 ザクロは言葉を返さない。激高する正清だったが、それを止めるものがあった。

 携帯の着信だ。


『た、高崎くん! ああ、ようやく繋がった! すぐ病院に来てくれ!』


 電話をかけてきたのは俊一だった。

 内心で舌打ちしながら、正清は通話を続けた。


「落ち付いて下さい、俊一さん。僕もいま手が離せなくて……」

『美里が大変なんだ!

 腕も、足も、何だかおかしなことになっていて……

 医者も原因が分からないが、でも命にかかわるんじゃないかって!

 と、とにかく早く来てくれ!』


 美里の命が危ない?

 正清の頭は真っ白になった。


 その場のすべてを捨て置いて、正清は駆け出した。

 ブラウズを展開、闇の中を法定速度違反で駆けて行った。


「ショウ、待て!」

「あなたたちはあの子を回収してあげなさい。仲間、だったんでしょう?」


 それだけ言って、ザクロも消えた。

 悟志たちは彼女の言葉の意味を、すぐ理解した。




 千葉大学病院、病室。

 美里が運び込まれた病室に、正清は飛び込んだ。


「俊一さん! 美里の容態が変だって、それいったい、どういう……」


 部屋に入った瞬間、俊一は美里の容態を理解した。

 腕が、確かにおかしかった。


 それは、七色に輝く不可思議な金属に包み込まれていた。

 ガントレットか何かのように見えた。

 目をしばたかせると、その間にガントレットは消えていた。

 あれは、まるで。


「美里の、美里の容態が変なんだ。苦しそうにして、こんな……!」


 俊一はそこで言葉を切り、口元を手で覆った。

 恐らく現実に思考が追い付いていないのだろう。

 正清もさっぱり訳が分からなかった。

 あれはいったい、まるで。


「まるで、魔王(ロード)じゃないか……」


 美里の腕に現れた不可思議なガントレットは、数多が身に着けていたものに酷似していた。

 十分前に同じものを見ているのだ、見間違えるはずもない。

 正清は美里の傍らまで行こうとした。ところで、入り口に誰かの気配を感じた。


 それは、ザクロだった。

 ずぶ濡れになっているのにも構わず、彼女は部屋に入り、美里の傍らに立った。

 今にも泣きそうな顔で、美里の手を取った。


「ごめん……守るって、あなたを守るって、約束したのに……!」

「キミは、いったい? いったい、誰なんだ……」


 俊一が問いかけた。

 その時、入り口で大きな音が鳴った。そこには美月が立っていた。

 手に持っていたペットボトルを取り落し、顔面蒼白で立ち尽くしている。


「あなたは……どうして? どうして、こんなところにいるの……柘榴(・・)


 正清も、俊一も訳が分からなかった。

 混乱する二人をよそに、ザクロは口を開いた。


「私は、柘榴。藤川(・・)柘榴。美里の、姉です」


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