呪われし魔剣は少女の願いを叶えるのか
寸でのところで打ったステップによって、綾乃は即死を避けた。
だが右腕は肘の先から切断されている。
断面から魔力が漏出し、周囲に血霞めいたものを作った。
(本気だ……! 本気で、数多お姉ちゃんはあたしを殺そうとしている!)
数多の優しげな表情が思い出せなかった。
大胆不敵な顔で強敵に向かって行く彼女を思い出せなかった。
自分の頭を撫でてくれた、柔らかい感触がもう思い出せない。
感傷を振り払え。綾乃は自分の心に強いる。
九児河数多という人間は死に、恐るべきアークロード・ラステイターが誕生した。
彼女は際限のない魔力汚染を引き起こし、彼女が愛する人々を苦しめるだろう。
それだけは、絶対に阻止しなければならない!
深呼吸を一つして、綾乃は地を蹴った。
彼女の蹴りを、数多は魔剣を掲げて防いだ。
単純なスピードでは数多に利があるが、武器を持っている分数多には重みがある。
対して、綾乃は無手。単純なスピード勝負ならば負けるはずはない。
(攻撃力も防御力も圧倒的に劣っている、ならこの領域で――)
そう思っていた。
だが、いつの間にか戦いは終わっていた。
脇腹に刃が刺さった。
盾の底から刃が伸びていた。
ルーンめいた刻印の刻まれた聖剣が。
「聖魔、合一……! あたしの刃は、何者であろうとも許しはしない……!」
数多は剣を振り払った。
綾乃の体が真っ二つに切断され、断面から陶器めいたひび割れが広がって行った。
そして、綾乃は爆発四散。生身の彼女が地面に投げ出された。
(格が、違い過ぎる……! こんなの、どうやったって倒せるわけが……)
綾乃に降り注ぐ雨が途切れた。数多が彼女の体を覆っているのだ。
数多は馬乗りになって、無理矢理綾乃の顔を自分の方に向けた。
そして拳を振り上げ――振り下ろした。
何度も、何度も、何度も。
硬い拳が綾乃の顔面に打ち込まれた。
綾乃の顔は二目と見れないものになった。
それでも、生きていた。
数多が死なない程度には加減していたから。
「お前は……あたしからすべてを奪った! 今度はあたしが奪ってやる!」
数多は立ち上がり、彼女の首を両手で掴んで持ち上げた。
綾乃の華奢な体が吊り上げられた。
綾乃は呻き、抵抗しようとするが、あまりにも力のレベルが違い過ぎる。
数多は綾乃の首を、締めた。
脛骨がミシミシと音を立てて軋むのを、綾乃は聞いた。
死ぬ、殺される。
その段になっても、不思議なほど綾乃には恐怖がなかった。
あるいは、諦めてしまったのかもしれない。
綾乃は腕の力を抜いた。
だらりと彼女の腕が垂れ下がった。
数多は力を緩めることなく締め続けた。
そして。
何かが折れる音がした。
綾乃の全身から力が抜けた。
数多はそれを投げ捨てた。
「……ははっ。やったよ、お母さん。あたし、あたしは……ッハッハッハ!」
哄笑を上げるそれは、もはや数多ではなかった。
「何を、してるんだよ。お前は……」
ゆっくりとテュルフィングは振り返った。
そこには、正清がいた。
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もう何も考えたくない。
肉体も限界だ。
一度帰って、寝よう。
すべてから目を背けよう。
そう考えていた正清を、須田からの着信が呼び止めた。
『正清、千葉公園に数多が出現した! 綾乃も交戦中だ、すぐ行ってくれ!』
「数多と、綾乃ちゃんが? でも、綾乃ちゃんなら数多も……」
『いまの彼女は何をするか分からん!
それに、先生もいたんだがどうやら尋常じゃない状態だったそうだ!
つべこべ言わずに行ってくれ、早くッ!』
正清は歯噛みして、走り出した。
彼が覚悟を決めるよりも先に、世界は動き出した。
高台に辿り着いて、最初に見たのは電灯の光に照らされるテュルフィングの姿だった。
そして、それがすべての力を失った綾乃を投げ捨てた。
死した綾乃の瞳に二度と目に光が宿ることはない。
「何を、してるんだよ。お前は……」
カラカラになった口から、それだけがかろうじで零れ出て来た。
振り返って来たテュルフィングの目は、数多のそれではなかった。
金色に輝く、化け物の目だった。
「……アァァァァァマタァァァァァーッ!」
正清はすべてを理解することを拒んだ。
拒んで、走り出した。
《ディアドライバー》をセット、『BURST』アプリを起動させ、変身。
即座にフレイソードを生成し、テュルフィングに向かって切りかかった。
テュルフィングは盾から伸びる聖剣でそれを受け流し、魔剣で正清を逆に切りつけた。
正清は吹っ飛ばされ、太い木の幹に激突した。
「数多、お前……! お前、どうして綾乃ちゃんを殺したんだよッ!」
正清は叫んだ。
何もかも理解出来なかったが、感情が口をついて飛んで行った。
だが、テュルフィングは言葉を返さない。二本の剣を正清に向ける。
「心まで、化け物になったってことかよ……!」
言葉もなくテュルフィングは踏み込んで来る。
正清はブライガードを生成、聖剣の一撃を受け止めようとした。
だが、その力はあまりにも強い。弾き飛ばされ、逆の魔剣を振り下ろされる。
正清はフレイソードでそれを受け流し、側面に回った。
手首を返し、フレイソードを一閃。
テュルフィングはそれを難なく魔剣で受け止め、跳ね返した。
体勢を崩した正清は、まともに魔剣の一撃を喰らった。
ふっ飛ばされ崖から落下、正清は湖のほとりに叩きつけられた。
地面にクレーターが穿たれた。
呻き、立ち上がろうとするが、あまりの衝撃に立つことすら出来ない。
モニターにアラートが瞬き、緊急避難プログラムが作動しようとしていた。
『正清、後に、三分で悟志がそちらに到着する! 僕もそっちに向かっている!
そっちの状況はどうなっている、正清! 答えてくれッ!』
須田の切羽詰まった声が通信機越しに聞こえて来る。
うるさい、と思った。
崖の上からテュルフィングが正清を見下ろす。
光に照らされた青い鎧は、いっそ幻想的だった。
テュルフィングは逆手に持ち、崖から飛び降りた。
全体重を掛けた刺突を繰り出す気だ。
殺される。そう感じた正清の主観時間が、急速に鈍化した。
正清は身を捻り、フレイソードを突き出した。
テュルフィングの反応速度ならそれを避け、正清を殺すことなど造作もないだろう。
本気で避ける気があったならば、だが。
腹部を覆う鎧が光に包まれ、大気に溶けて行った。
テュルフィングが放った剣の切っ先は、正清を微妙に逸れていた。
それに気付く前に、フレイソードがテュルフィングの腹に刺さった。
正清がその意味に気付き、剣を引こうとした時にはすべてが終わっていた。
テュルフィングは空いた左腕でフレイソードのトリガーを引いた。
シャルディアの魔力が刀身に収束し、炸裂。
無防備なテュルフィングの腹を吹き飛ばした。
目の前で友達が弾け飛ぶのを、正清は呆然と見ていた。
何が起こったのか、さっぱり分からない。
どうして先ほどまで自分を追いつめていた相手が、道路に転がっている?
下半身は完全に吹き飛ばされ、胸から上だけがかろうじで残っていた。
衝撃によって変身を解除させられた正清は、生身の目で彼女を見た。
「あま、た……? 数多! どうして、どうしてこんなことをしたんだよ! 数多ッ!」
「まだ、あたしのこと『数多』って呼んでくれるんだ……ショウ」
数多の断面から魔力が漏出していく。
彼女が消えて行こうとしている。
「……化け物なんだろ。この世界を滅ぼせるくらいの力を持った、化け物なんだろ!
だったらこんな傷どうってことないだろ! しっかりしろよ、生き返ってくれよ!」
「死んだ方が、いいんだよ。あんたの言う通り、あたしは化け物なんだ」
「だからどうした! 数多、お前は僕の友達だ! どんな姿になったって!」
気付かないうちに、正清は泣いていた。
その顔を、数多は真正面から見つめた。
「ううん、違うよ。あたしは化け物。生きていちゃいけない存在だ。
あたしさぁ……殺しちゃったんだよ、綾乃ちゃんのこと。
妹みたいに、思ってたのに……!」
数多も泣いた。
崩れかかった顔をくしゃくしゃに歪めて、泣きじゃくった。
「あの子がお母さんの仇だって分かった瞬間、何も考えられなくなった!
殺意だけが心を満たして、この有り様なんだよ!
あたしはあたしの欲望のため、大切な人を手に掛けた!
生き残ったら、また同じことが起こる……!
あたしはそんなのは嫌だ!」
数多は大の字になって転がった。
体が崩壊していく。
正清はその手を取った。
「それでも……それでも、死なないでくれよ。僕は、キミのことが……」
「ありがとね、ショウ。あんたの友達でいれて、あたしはよかったと思うよ……」
握った手が崩れて行くのが分かった。
彼女の体が分解され、消えて行く。
「ねえ、ショウ。約束してよ。もう、こんな目に遭う人は出さないで。
あたしはここで消えちゃうけど……あんたは、消えないで。
もう、誰も消さないで……」
正清は頷いた。
数多は笑った。
そして、消えて行った。
笑いながら消えて行った。
雨音だけが辺りを満たした。
もうどこにも、生きているものはいなかった。




