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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
死者の舞踏
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断罪の剣は誰がために振り下ろされるのか

 集合した面々は、しかし各々現実を受け止めることが出来ずにいた。


「ウソだろ……数多が、化け物になったなんて。冗談だろう?」

「何かの、何かの間違いなんじゃないですか?

 敵の策略に、嵌ってしまったとか」


 悟志と睦子は必死になってそれを否定しようとするが、語気は弱い。

 自分で言っていても、有り得ないことだと思っているのだろう。

 特に記録を見せられた後では。


「周辺の魔力濃度が一気に上昇している。

 監視カメラに九児河数多が現れたのとほぼ同時刻にな。

 彼女が立ち去るのと同時に濃度も低下している。

 彼女のせいと見て間違いない」


 須田は険しい表情でデータと映像とを見比べている。

 そして、シャルディアの内蔵カメラが捉えた数多の姿も。

 ザクロとの戦いで表した、彼女の真の姿を。


「何ということだ……まさか、このような……!」


 玄斎は沈痛な面持ちでそれを見て、顔を伏せた。

 その表情には後悔がありありと見て取れる。

 彼女がラステイターと化してしまったことに、誰より心を痛めている。


「九児河数多は魔王(ロード)級ラステイターを超える危険性を持つ生物、魔帝(アークロード)級ラステイターへと変貌してしまった。彼女は生きている限り周辺に膨大な魔力を放出するだろう。歩く核弾頭のようなものと表現して、まず間違いない」

「それじゃあ、どうするんですか? まさか、あいつを殺せとでも言うんですか!」

「そうだ。九児河数多を発見次第殺害する。それ以外に事態を収拾する手段はない」


 須田は正清たちの方を振り返り、言った。

 そこにはいつもの軽薄さはなかった。


「あいつを……あいつを殺せって言うんですか! 須田さんは! 冗談じゃない!」

「冗談で言えたらどれだけよかっただろな!

 残念ながら冗談じゃあない、冗談で魔王をも上回る敵を殺せなんて言えるか!

 下手をすればこっちが殺されるかもしれない!」


 須田は激し、机を叩き立ち上がった。

 そして正清のことを睨み付ける。


「当時半径五百メートル以内にいた人々は重篤な魔化放射線中毒症状に陥った。確認出来ただけでも三人の死者が出ている。上層階にいた人間は分厚いコンクリートに守られてさほど大きな被害は出なかったが、いまも残留する魔力によって周辺は立ち入り禁止状態だ。後遺症に苦しんでいる人もいるし、汚染の影響で使えなくなった機器での治療を待っている人も大勢いる!

 彼女はそこにいるだけで人々を苦しめる存在になったんだ!」


 ザクロも同じことを言った。信じたくないし、認めたくなかった。

 あの数多が、そんな存在になったなどと。


 だが、現実はどうだ?

 彼女を逃がしたのは正しかったのか?

 正清の頭の中を様々な考えが駆け巡っては消えて行った。


「数多は、あいつはどこにいるんですか?」

「彼女は病院から逃走した後、行方をくらましている。地下に潜ったんだろうな」

「地下……携帯の電波も地下では悪くなりますけれど、魔力も遮断されるんですか?」

「ああ。魔力を遮断するためには分厚い地層か金属、あるいは大量の水が有効だ。

 水に関する妖怪や魔物の伝説は、海に逃れたラステイターが源流だと言えるだろう」


 須田は数多を逃がした正清を責めはしなかった。単に彼を責めている時間がないということでもあるし、彼の心情は理解出来なくもなかったからだ。


「九児河数多を追跡し、撃破する。

 今回の作戦に関しては参加は強制しない。

 キミたちも思うところがあるだろう。

 彼女を殺したくないと思うならば……参加はするな。以上」


 それだけ言って、須田は立ち上がり部屋から出て行った。

 呆然と立ち尽くす面々の中、正清だけは立ち上がり須田の後を追って行った。

 エレベーターの前で彼に追いついた。


「待ってください、須田さん! 本当に……本当に、数多を殺すんですか?」

「言っただろう、九児河数多は存在しているだけで人類にとっての脅威になる。

 彼女を排除しなければ、世界が危険に晒される。それだけは絶対に避けなければならない」

「待ってください、須田さん! 何か方法があるはずです!

 数多を助けて、世界も救えるような方法がきっと――」


 伸ばされた手を、須田は跳ね除けた。

 その目には確かな怒りが込められている。


「『何か』とか『きっと』とか、そんな不確かさを信じられるほど大人は純粋じゃない。

 それに、僕たちにはその暇もない。やるなら好きにしたまえ、ただし――」


 須田はエレベーターに乗り込んだ。正清を跳ね除けて。


「その道を選ぶには責任が伴うよ。この世界の命運を担う責任がね。

 キミにはその重みを理解し、背負うだけの知性と覚悟があるか?

 もしあるならばその道は選ばないだろう」


 それだけ言って、須田は消えた。

 どこまでも突き放されるような感覚があった。


「この世界を救って……数多も助ける。その、覚悟……」


 もし失敗したら、どうなる?

 世界中の人々が死に、後に残るのはラステイターだけ。この世の終わりだ。

 そんなリスクを背負ってまで、苦しい選択をする必要があるのか?


「……あるだろう。数多は友達なんだ、だったら助けないと……!」


 とにかく、まずは知らなければならない。

 魔帝(アークロード)級ラステイターについて。

 彼らがどんな存在であるのか知れば、突破口もきっと見つかるはずだ。


 それを知るのは何者か?

 ザクロ。


 どこに彼女がいるかは分からない、だが探さなければ。

 数多を探しているのならば、彼女もきっとまだ近くにいるはずだ。


 不確かな希望を信じて、正清は走り出した。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 降りしきる大きな雨粒が人を、建物を叩いた。

 何かに責め立てられているようで、綾乃は雨が嫌いだった。

 玄斎は雨の日外を歩くことを好む、だから付き合っていた。


「数多くんのことは残念だったな、綾乃くん。まさかこんなことになるとは……」

「ううん、大丈夫だよお爺ちゃん。死ぬことはあるって分かってた、けど……」

「このようなことになるとは、我々も想像していなかった。あまりに(むご)すぎる」


 玄斎は苦渋の表情を浮かべた。そこには数多への申し訳なさも含まれている気がした。それだけでも、少しは救われた気分になる。綾乃は数多のことを思い、顔を上げた。


 数多は自分の母親を助けるため魔法少女となり、戦ってきた。それは自分と同じ。彼女が戦う理由を聞いて、シンパシーを感じたりもした。自分は助けられなかったが、もし目の前にプレゼンターが現れていたなら同じことを考えていただろう。もしそうなったら……数多とも争っていたかもしれない。大切な人を助けるために。


「どうしてこんなことになっちゃったんだろうね。

 数多お姉ちゃんは、ただ大切な人を助けたいって、ただそれだけを願っていたはずなのに……」

「露悪的な人間なら、自分の領分を超えた願いを持った報いとでも言うのだろうな」

「報い? それって……数多お姉ちゃんが悪いってこと?」

「親を、子を、どうしようもない別れに苦しんでいる人々は、この世界に大勢いる。

 その誰もが叶わぬ願いを背負い、苦しみながら生きている。

 人の身では到底叶えられぬ、切実なる願いを。

 美味い話には裏がある、何かを願うならばそれと同じ代償が必要だ」

「それは、それじゃああまりにも救われなさすぎるよ。だって……」

「私もそう思うよ。だがある意味で、彼女は現実から逃れていたとも言える」


 玄斎は歩みを止めた。

 坂を上って行けば家に着く。

 彼は綾乃を真っ直ぐ見た。


「この辺りが潮時だと思う、綾乃くん。これ以上戦うな。

 これ以上魔法少女として戦えば、キミも数多くんと同じ末路を辿るだろう。

 それを分かっていながらやらせられん」

「お爺ちゃん……でも、あたしは」


 自分のことを救い上げてくれた玄斎のことを、何としても助けたい。

 そう思ってこれまで戦ってきた。それでも、恐怖があることは否定出来ない。

 自分が辿る末路を知って。そして、自分が撒き散らしてしまう恐怖と絶望とを知って。


「普通に暮らそう、綾乃くん。キミさえよければ、私はキミを養子に迎えてもいい」

「養子に、って……それは、つまり、お爺ちゃんの子供になるってこと?」

「キミをこの世の残酷さから守りたい。キミは十分、苦しんできたのだから」


 綾乃の胸を駆け巡るのは充足感、そして罪悪感。

 自分なんかが(・・・・)こんな幸せに浸っていいのかという思い。

 彼女は長い間逡巡し、そして答えを返そうとした。


「幸せそうだね、綾乃ちゃん。お母さんとは違うね」


 純粋な殺意。

 それを感じて、綾乃は振り向いた。

 坂の上に、数多がいた。


「九児河くん……!? こんなところにどうして。いや、そんなことはいい、キミは」

「悪いけど、少しだけ黙っていた欲しいな。玄斎さん。これはあたしと彼女の問題だ」


 幻想的な光に包まれ、数多は青い甲冑を纏う。

 アークロード・テュルフィング、顕現。


 放出された圧倒的な魔力に苛まれ、玄斎は呻いた。

 老体に魔力が染み入り、汚染する。


「このまま放っておけば、玄斎さんは死ぬわ。大人しく着いて来なさい、綾乃」


 綾乃は焦燥感を帯びた視線を数多に向け、そして頷いた。

 玄斎の視界から数多が消えた。数多はマギウス・コアを取り出し、変身。

 『拳鬼の魔法少女』へと変わった。


「止すんだ、綾乃くん……! 彼女は、正気を失っている!

 キミ一人で、どうにかなる相手ではない!

 味方を、呼ぶ。行くんじゃない、行くな……! 行くな、綾乃!」


 玄斎は苦しげな顔で呻くように言った。

 それが綾乃の心に火を付け、突き動かした。

 彼女は玄斎の知覚能力を遥かに上回るスピードで跳んだ。

 玄斎は膝を折った。


「ぐっ……! 陽太郎! 私だ、そちらでも反応を検知しているのだろう!?

 いま綾乃くんが一人で応戦している! 応援を送ってくれ、早くッ!」




 千葉公園の高台で、二人は対峙した。

 降り注ぐ雨の音だけが二人の間で響く。


「数多お姉ちゃん……あなたのことは好きだよ。本当に。

 一緒にいて楽しかったし、尊敬もしてた。

 出来ることなら、あたしだってこんなことしたくない……けど!」


 ぐっ、と綾乃は拳を突き出した。

 数多はそれに対して、反応を返さない。


「あたしにも守りたい人がいる。

 その人を傷つけるなら、あなただって倒して見せる!」


 数多は視線を向けた。

 殺意に満ちた視線を。


「そう、あなたは殺すんだ。お婆ちゃんを殺したように、あたしも殺すんだ」

「え――」


 綾乃の心臓がおかしな拍動を打った。

 何故、どうしてそんなことが。


「一年前、あなたは私の家に押し入った。

 金目のものを、食べられるものを探すため。マギウス・フィールドを展開すれば誰にも気付かれなかったけど、あなたは魔力の消費を抑えるためにあえてそれを展開せずに家に立ち入った」


 数多は一歩足を踏み出した。

 綾乃は一歩後退した。

 恐怖ゆえに。


「あなたはお母さんと鉢合わせになった。だから、殺した。躊躇いもなく」


 あんなところに人がいるとは思ってもみなかった。

 だって当時電灯は殆ど切られていたのだから。

 誰もいないと思って立ち入った、それなのにあの場には老婆がいた。


 恐怖に駆られ、綾乃は彼女を気絶させた。何も盗らずに逃げ出した。

 健常な人間が相手だったなら、何の問題もなかっただろう。

 だが相手は心臓の悪い老婆だった。


「母さんを殺した仇が……こんなところで、のうのうと生きていたなんて。

 自分一人だけが幸せになろうとしてるなんて……

 そんなの、許せるわけがないだろうがァーッ!」


 数多は魔剣を抜き、切っ先を向けた。

 綾乃は両目に涙を浮かべ、頭を振った。

 襲い掛かってきた現実を、必死で否定するように。


 だが、過去は何者にも変えることが出来ない。


 数多は踏み込み、断罪の刃を振り下ろした。

 綾乃の悲鳴が、闇に木霊した。


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