彼女と家族について
数多は極めて用心深く逃走した。
そうとしか考えられない、ありとあらゆる捜索の手を振り切ってあの場から消えたのだから。
「須田さん! 数多がどこに逃げたのか、まだ分からないんですか!?」
正清は部屋に飛び込んで行くなり怒鳴った。須田は首を横に振った。
「周辺の監視カメラの映像も取り寄せてもらったんですけど、ダメですねー。
数多ちゃん、綺麗にそのすべてを避けて移動しているみたいです」
「彼女は地元民だ。大まかなカメラの位置ならば把握しているのだろう。
マギウス・レーダーも併用して彼女を探しているが、果たして見つかるかどうか……」
「見つからない方が都合がいいんじゃないですか、須田さんにとっては」
正清は須田に向かって詰め寄って行った。
その意図が分からず、須田は困惑する。
「なにを言っているんだ、正清。そんなことあるわけが……」
「これ以上誤魔化さないで下さいよ! すべて知っていたんでしょう!?
人間はラステイターにはならない、けど魔法少女はラステイターになりえるってことを!」
須田は正清の言葉を聞いて、本気で驚いたような表情を浮かべていた。
「バカな、いや、しかし……そんなことが、そんなことがあるはずないだろうが!」
「ザクロさんから聞いた。何故魔法少女が誕生したのか。
魔法少女は人間をラステイターにするための準備だったんだ!
気付いていなかったわけがないでしょう!」
「待ってくれ、高崎くん。我々は魔法少女の存在を予見はしていたが、それが本当に存在するとは知らなかった。それに、あのご魔法少女たちの精密検査も行っていない。我々は本当に知らない。魔法少女がラステイターになると、それは本当のことなのか?」
玄斎のゆっくりとした説得に、正清もやっと心を落ち着けた。
「本当に……本当に知らなかったんですか? 須田さん、あなたも」
「知るわけがないだろう! 魔法少女、ラステイター、魔力!
そのどれもが僕たちにとって未知の領域だ!
手探りで探して行くしかなかったんだ、分かるだろう!」
正清とて、戦いの最初期から第三社史編纂室と分かって来た人間の一人だ。
本当に彼らが手探りで情報を集めていたことは分かる。
ようやくまともな思考が戻る。
「驚くべき事態だよ、本当に。数多を早々に呼び戻さなければならない。
美耶、マギウス・レーダーの感度を高めてくれ。恐らくそう遠くへは行っていないだろう。
それから警察との連絡は密に取るように。僕も現場へと向かう、ここは頼んだぞ」
「ラジャーです、須田さん! それじゃあ、頑張って来てください!」
頷き、正清を一瞥すると、須田は駆け出して行った。
「少し早計だったかもしれないな。
我々がそれだけの信頼を得られていなかったのも、その原因の一つだと言えるだろうが」
「いえ、すみません玄斎さん。飛躍した発想だって、少し考えれば分かったはずなのに」
言ってしまってから、後悔がにじみ出て来る。
ここ一か月の戦いで、第三社史編纂室が信頼に足る味方だということは分かっていたはずだ。だがザクロの言葉がきっかけとなって、疑問が噴出して来た。それは陰謀という形になって発露した。
(数多をラステイターにして、彼らにいったいどんな得があるって言うんだ?
そんなことは有り得ない。冷静になれ、正清。でなければ数多を見つけられない……!)
やるべきことは、友達を助け出すこと。
彼女の様子は尋常ではなかった、下手をすればクラッシャーと相打ちになってでも彼を仕留めようとするだろう。それだけは絶対に避けなければならない。もう犠牲になる人を見るのはまっぴらごめんだった。
「それにしても……クラッシャー。あいつはいったい何者なんでしょうか?」
「数多ちゃん、相当キレてたみたいですね。お知り合いなんでしょうか?」
クラッシャーの素体となった人間と、数多は浅からぬ因縁を持っているのかもしれない。
数多は彼のことを『中西正二』と呼んでいた。いったい何者だ?
「玄斎さん、中西って名前に聞き覚えはありますか? 彼女はあいつのことを……」
「相当に憎んでいるのだろうな。当たり前だ、自分を捨てて逃げた男の名なのだから」
「知っているんですか、玄斎さん!?」
驚く正清に、玄斎は首を縦に振った。
「数多くんが第三社史編纂室に加入するにあたって、事前に身辺調査を行って来たんだ。
あの頃はまだ『魔所のお茶会』などもいなかったが、念のためにな。
危険思想の持主であった場合、我々にまで危険が及ぶ可能性がある。
その中で、我々は彼女を知ったんだ」
「数多が両親からネグレクトを受けていた、ということも……」
「もちろん調べている。だが、それを行ったのが誰かということは知らないようだね。
あの子の母は九児河祥子、父は九児河正二。旧姓中西正二だ」
「まさか、クラッシャーは数多の父親なんですか……!?」
正清は事実に驚いたが、玄斎の話にはまだ続きがあった。
「どうやらそれだけではないようだ。彼女の祖母が危篤に陥ったことは知っているね?」
「え、ええ。それが原因で数多は魔法少女になったんですよね」
「その通りだ。だが発端となったあの事故、もしかしたら事故ではないかもしれない。
その当夜、コンビニの防犯カメラに中西正二が映っていたんだ」
「それはまさか……でも、持病が発症したせいで夏美さんは死にかけたんでしょう?」
「だがその遠因になったかもしれないんだ。
九児河家の庭には、いくつかの足跡が残されていたからね。
正二が押し込み強盗に入ったのではないかと目されていたそうだ」
数多失踪から六時間ほどが経った、その日の夜。
相変わらず見つからない数多を探し、面々は街を走り回っていた。
そんな中、正清は九児河家を訪れた。
「あっ……高崎さん。あなたもこちらに用が?」
「綾乃ちゃん。いや、数多がこっちに戻っていないかと思ってね……」
綾乃は不安げに家の中を見た。そこに数多の姿はなかった。
「ここにも帰っていないとなると、あいつはまだクラッシャーを追っているんだな」
「相手は魔王級ラステイターなんでしょう? 数多のお姉ちゃんだけじゃ」
綾乃は不安げな声を上げた。その懸念は正清も抱いていたものだが、しかしどうなるものでもない。彼女のも、クラッシャーのも逃走経路が分からない以上足で稼がなければならないだろう。そう思い、正清はその場から立ち去ろうとした。その時。
「あら、あなたは……数多ちゃんのお友達ね? どうしたの?」
夏美に声をかけられた。相変わらず優し気な雰囲気を放っている。
「あの、私、数多のお姉ちゃんを探しているんです。帰って来ませんでしたか?」
「数多ちゃんを? あら、どうしたのかしら。特に連絡はないけれど」
夏美の言葉は予想していたことではあるので、あまり落胆はなかった。
「どこか、数多が行きそうな場所で心当たりはありませんか?」
「ごめんなさい、あまり役に立てそうにはないわね。こんな状態だもの」
夏美の容態はそれほどよくないようで、杖を突き歩いている。
正清は更に突っ込んだ。
「ご両親と、正二さんと祥子さんとの思い出の場所なんかはありませんか?」
「あの男の話はしないでちょうだい!」
老婆は激しく否定した。
数か月前話した時も、こんな調子だったように思う。
「中西正二がまた現れたんです、数多の前に。もしかしたら、数多は」
「あの男が? そんな、はずは……でも、どうして」
「何か、何か知っているなら教えて! お婆ちゃん! あたしはお姉ちゃんを……!」
綾乃の必な叫びが通じたのか、夏美はゆっくりと口を開いた。
「昔、数多たちは東金街道沿いにあるアパートに住んでいたの。でも、そんな……」
「どうしたんですか、夏美さん?」
彼女の様子はあからさまにおかしかった。先ほどまでの激しさはなくなっており、代わりに困惑と不安が彼女を支配しているように見えた。少し、正清は心配になった。
「中西のことは心配しないで下さい、夏美さん。警察の人も探してくれています。
仮に中西が数多に何かをしようとしたって、手は出せっこありませんから」
本当のところ、警察は中西に対して何ら有効な対策とはならない。
だが、彼女は納得してくれるだろうと思った。だが、そうはならなかった。
「そう、警察。そうよ。だからおかしいのよ。だってね、あの男は……」
老婆が放った言葉。それはより一層、二人を混乱させるものだった。
「中西は、殺人で指名手配されているんだもの。ここに戻ってくるはずがないわ」




