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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
青の魔法少女
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初めての『味方』

 目を覚ました正清は、薄暗い部屋の中にいた。

 辺りを見回してみると、何台ものモニターとアルミラックが並んでいる。ラックの中にはファイルケースや段ボールと言ったものが雑多に積み重なっている。そこがバンクスター第三社史編纂室だとすぐ気付いた。


「ああ、目を覚ましたか。高崎くん。

 すぐに起き上がらない方がいい、転倒した時に頭を打っているかも知れないからね。

 水を持って来よう、ゆっくりしていてくれ」


 彼が目を覚ましたことに、玄斎はすぐ気付いた。

 優し気な笑みを浮かべ、正清のことを気遣い飲み物を持って来ようと部屋を出た。

 須田は辛辣な態度だったが。


「やあ、寝坊助さん。キミが寝ている間にリザード君はどこかに行ってしまったよ」

「あっ、うっ……僕は、いったいどうなったんですか? あれは……」

「何も覚えてない、か。気楽なもんだねぇ、キミ。死んでてもおかしくなかったのに」


 須田はため息を吐きながら立ち上がり、正清が寝るソファに近付いて来た。


「救難信号をキャッチして僕が迎えに行ったら、キミは道路に転がっていた。

 幸いドライバーは損傷してなかったからよかったけどね。

 で、キミを背負ってここまで来た」

「……ドライバーが無事ならいいって、僕はどうだっていいってことですか?」

「優先順位を考えろよ。キミがすべきことは生き残ることじゃない、敵を倒すことだ」


 須田の言葉は厳しいが正論だ。

 正清が選んだことなので、反論することも出来ない。


「やはりキミを選んだのは失敗だったかな。

 あの程度のラステイター、桐沢さんなら問題なく倒せていただろう。

 それに比べると、キミはあまりにも弱すぎる」

「仕方がないでしょう! こっちはあんな姿になって、初めて戦ったんですよ!」

「正論だね、正清。是非ともラステイターにそれを聞かせてやってくれ」


 須田はため息をついて自分の席へと戻って行った。噛み付いてやろうか、とも思ったがちょうどそのタイミングで玄斎が戻って来た。彼は小さなテーブルの上にペットボトルを置いた。そして椅子を引き寄せ、正清のところまで来た。


「大変な目に遭ったな、高崎くん。簡単な道でないことは、分かってくれただろう?」

「……はい。でも、ここで終わりにする気はありませんから」


 その言葉を聞くと、玄斎は少し寂しげな表情をした。

 気遣ってくれる人がいるんだと分かると、正清は少しだけ嬉しくなった。

 その時、あの時見たことを思い出した。


「そう言えば……あの時、僕を助けてくれた人がいるんです。誰か知りませんか?」

「キミを助けた人? だが、ラステイターがあの場にはいたんだぞ?」

「そうですね。助けてくれた人がいるとするなら、いまは多分腹の中さ」


 正清の言葉は満場一致で否定されたが、少なくとも二人の興味を引いたようだった。


「参考までに聞いておくが、どんな人だったんだい? キミを助けてくれたのは」

「えっと……青いパステル調のスカートを履いていたと思います。

 裾のところにレースがひらひらついた。

 ハイソックスを履いていました。

 上半身は見えなかったんですけど」


 覚えている限りのことを、正清はつらつらと吐き出した。


「スカート、ねえ。で、年齢はキミと同じくらいの子だったんだろう?」

「はい。寝転がっていたので正確なところまでは分からないでしょうけど、身長は多分僕よりも高かったと思います。やたらとヒラヒラした格好をしていて……」


 玄斎は正清の発言から一枚の絵を描いた。特徴を捉えた上手い絵だった。


「……名を冠するなら、魔法少女ってところでしょうかね?」

「確かに。孫が好きだったアニメみたいな感じの格好だな、これは」


 非常に格好はアニメチックだ。

 いっそ、現実感がないほどに。


「僕が見間違えたんでしょうか? そうとしか考えられないんですけど」

「もし見間違いなら、キミがこうして生き残っている理由が分からないんだ。

 それなら、この仮称魔法少女が助けてくれた、と考える方が説得力がある。

 そうでしょう?」


 須田に意見を求められた玄斎も首を縦に振った。

 ならば、ある程度信憑性があると認められたということだろう、と正清は理解した。


「しかし、そうなると疑問があります。この仮称魔法少女は何故彼を助けたのか?」


 大の大人の話に、大真面目な感じで『魔法少女』という単語が出るのはおかしかったが、正清は笑いをこらえて会話の中に加わって行った。


「僕たちと同じように、ラステイターと戦っている人がいるんでしょうか?」

「ううむ、我々は確認できなかったが、そういうこともあるかもしれないな」

「そうですね。ラステイター被害者は非常に多い、復讐者が他にいても不思議ではない」

「ならば問題は、かの『魔法少女』がどういう存在であるか、ということだな」


 そんな風に話し合っている時、内線が鳴った。

 玄斎は『失礼』と言って席を立ち、電話を受けた。

 数度頷き、『こちらに連れて来てくれ』とだけ言って通話を切った。


「あれ、どうしたんですか先生? ちょっとお疲れのようですけど……」

「マズい事態が発生した。陽太郎、お前つけられているの気付かなかったのか?」

「追跡してくる車両については気を付けていましたが、はて。どういうことでしょう?」

「高崎くんの級友が、キミを追ってここまで来てしまったようだ」


 まさか、と須田は言ったが理解出来ないこともないな、と正清は思った。一方通行の道も多く、ある程度先回りは可能だし、市街地を通らなければならないから必然的に止まらなければならない箇所も多い。誰かは分からないが、徒歩での追跡も可能だろう。


「取り敢えずこちらに通してくれるよう頼んだ。言い含めておかないとな」

「参ったなあ、キミもキミだよ。ばれないように気を付けてくれたまえ」

「そんなこと言われたって、僕だって何が何だか。だいたい誰が?」


 そこまで言って、可能性は一人だけだと思った。

 扉を潜って来たのは、想像通りの人物だった。

 すなわち、悟志。彼は正清の顔を見て、心底驚いたようだった。


「……あそこにお前のカバンがあったんだ。お前も襲われたのかと思ったけど……」

「立ち話もなんだ、座りなさい。ちょっとお菓子も持ってこようか」


 玄斎は機嫌よく悟志を招いた。そして奥の事務所へと引っ込んで行った。気難し気な外見とは裏腹に、人をもてなすのが好きな人なのかもしれないな、と正清は思った。




「……ということだ。

 我々の仕事の危険性、そして重要性については分かってもらえたと思う。

 キミにはこの件について、口を閉ざしてもらいたい。それだけが望みだよ」

「確かにこんなこと、誰も信じちゃくれないと思います。口は閉ざします、が」


 悟志には正清が聞いたようなことが、噛み砕かれて伝えられた。

 それほど成績の悪くない悟志は彼らの言葉を聞き、十分に咀嚼して飲み込んだようだ。


「ですが忘れられはしません。もちろん口外もしません。

 ですが、手伝わせて貰いたい」

「手伝う、ねえ。悪いけど一般人の手は必要ないよ、むしろ邪魔なだけじゃないかな」


 須田はにべもなくそれを拒もうとするが、しかし悟志の方は食い下がった。


「本当に必要ないんですか? それなりに顔は利く、役に立つとは思いますけどね」

「ラステイターを発見することは人間には出来ない。いくら顔の広い人間でもね」

「そうでしょうか? あなたたちはラステイターを発見出来るという。

 ですが、それは確実なものなんですか? あなたたちが対抗措置を取った現在にあっても、怪物の被害は消えないんでしょう? それは単に手が足りないだけではなく、その姿を上手く見つけられないことに原因があるのではないでしょうか?」


 悟志は年上の人間にも怯まずに切り込んでいく。

 それも、正清が気付けなかった点についてズバズバと。

 二人とも悟志のことを感心したように見る。

 怯むことなく進んで行く悟志を、正清は頼もし気に見上げた。


「どういう方法で、キミはラステイターを探そうというんだね?」

「姿形が見えなくても、きっと噂になっているはずです。

 人が消える、あるいは人気がまったくない。

 兆候だとか、傷跡だとか、そんなものがあるはずです。それを探します」

「だがそれは気が遠くなるほどもどかしい道のりだと思う。耐えられるかな?」

「はい。俺の弟分が必死で頑張っているんです、俺も何か力になりたいんですよ」


 そう言って悟志は正清の肩に手を回し、引き寄せて来た。


「あの、僕からもお願いします。悟志は色々なところに顔が利きます、彼なら……」

「それに、学生の間にしか出回らないような下らない話も多いですからね。

 あなたたちが手に入れられる情報と、俺が手に入る情報。

 活用する方法はあると思います」


 悟志は熱意に満ちた目で二人を見た。

 須田などは既に聞いていないようだが。


「キミの熱意は分かった。

 守秘契約を結んでくれるならば、私としては文句はない。

 ともにラステイターの脅威からこの世界を守るため、戦おうではないか」

「ありがとうございます。川上先生。こちらこそ、よろしくお願いします」


 悟志と玄斎は固い握手を交わし、簡単な書類を書き、その日は解散した。




 バンクスター社、エントランス。解放された二人は帰路についていた。


「しかし、お前がこんなことをやっていたなんて知らなかったよ。正清」

「僕も昨日からここに来たんだ。ごめん、悟志。キミに隠し事を作ることになった」

「気にするなよ、正清。こんなことをやってるなら、仕方ねえだろ」


 悟志は肩を叩き、正清を慰めた。

 ずっと昔から、悟志はみんなの兄貴分として慕われていた。

 裏表のない性格で、誰にも分け隔てなく接する。


 そんな立場にあっても、彼は傲慢さとは無縁だった。

 慢心することなく、常に内省し、人にも自分にも厳しかった。

 そんな実直で、誠実な人間を好く人は多い。

 彼の周りには多くの人が集まった。


「悟志の助けを得ることが出来て、よかったよ。僕だけじゃ、何も出来ないから」

「何言ってんだよ、ショウ。俺はお前に出来ないことをやってるじゃないか」


 えっ、と正清は思わず驚きの声を上げた。彼の目を悟志は真っ直ぐ見た。


「あの化け物と戦ったんだろ?

 俺があれに会ったのは一度だけだけど、足がすくんで戦おうなんて少しも思えなかった。確かに、あの変な力はあるだろう。けどそれでも、あの化け物と戦おうって決意できるだけで、お前は俺よりも凄い奴だよ」


 尊敬する悟志にそんなことを言われて、正清はしばしの間呆気に取られてしまった。


「ほら、行こうぜ。そろそろ日が暮れる、さっさと帰らないとな」

「……うん、そうだね。これからもよろしく、悟志」

「ああ、よろしくなショウ。俺とお前で、この街の平和を守ろうぜ」


 正清と悟志は、燃えるような夕日が照らす中で力強い握手を交わした。


 どこまでやれるかは分からない。

 立ちはだかる壁は高いし、正体さえも分からない相手もいる。


 それでも、この瞬間だけは希望に満ち溢れていた。


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