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魔法少女と終末の獣  作者: 小夏雅彦
死者の舞踏
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白と黒の輪舞

 ゾンビの相手は簡単だった。武装を展開するまでもなく、拳で、蹴りで、ゾンビの頭は吹っ飛んで行った。元々が脆弱な死体であったから、当たり前だろう。数分の交戦で、辺りを埋め尽くさんばかりの勢いで現れたゾンビの群れは一掃されていた。


「やれやれ、口ほどにもねえなあ。大丈夫か、ショウ。噛まれてないか?」


 軽口を叩きながら悟志は変身を解除した。しかし、正清は天を仰いだまま固まっていた。悟志は彼の視線の先を見てみるが、そこには何もなかった。


「どうしたんだ、本当に。ラステイターどもは全部倒しただろう?」

「あそこに何かがいた気がするんだ。それに、あれは……ラステイターじゃない」


 正清は自分たちが打ち倒したラステイターたちの方を見た。

 グズグズの肉片になり、それは風に吹かれて消えて行った。

 しかし、マギウス・コアは見当たらない。


「これは……どういうことだ? ラステイターは全部……」

「マギウス・コアを持っているはずだ。それがなければ魔力を発動させることが出来ない。

 多分、これはラステイターが放った兵隊なんだ。本体が別にいるはずだ」

「あれだけの数のゾンビを一気に展開できる力……それって、まるで」


 魔王(ロード)級ラステイターめいた力。

 新たな敵が現れたのだろうか。


「ま、いいか。取り敢えず敵は見当たらない。俺たちも帰ろう、ショウ」


 いずれにしろ、ここでやるべきことはすべて終わった。

 正清は頷き、歩き出した。栗田夫妻に話を伺えなかったことだけは残念だな、と思いながら。


 ところが、寺の入り口の辺りで栗田夫妻は立ち尽くしていた。


「こんなところに……いや、そんな。有り得るはずがない。ないんだ……」


 呆然自失というのが正しいだろう。体は小刻みに震え、目の焦点も合っていない。何か恐ろしい、信じられないものを見たかのような状態だった。さすがに気がかりになり、正清は栗田夫妻に声をかけた。


「あの、いったいどうしたんですか? 何かあったんですか?」

「蓮華、あの子は……いや、そんなはずはない。あの子は私たちの命と引き換えに……」


 夫の方はブツブツと何か意味のない言葉を吐き続けるだけだった。


「蓮華が……ウソよ、あの子がこんなところにいるはずがない。いるなら、どうして」


 妻の方も忘我状態だが、かろうじで蓮華がここにいたということだけは分かる。何らかの理由でここを通りすがった蓮華を見て二人はこんな状態になっているのだ。気持ちはわからないでもない、死んだと思っていた子供が目の前に現れたのだから。


「行こう、ショウ。もしかしたら、蓮華ちゃんって子をまだ見つけられるかもしれない」

「あ、ああ。分かったよ、悟志。それじゃあ、行ってみよう」


 道の真ん中で立ち尽くす栗田夫妻を尻目に、二人は蓮華の姿を探して歩き出した。

 視線の方向から、競艇場の方角に向かって行ったことが分かる。

 その先はT字路になっているが、分岐点に彼女の姿は見当たらなかった。


「手分けして探そう。写真の状態とそう変わってはいないんだよな?」


 栗田夫妻は不用心にも近況をネットに上げており、そこに蓮華の写真も含まれていた。

 そこに掲示されていた蓮華と、いまの蓮華とそう変わらない。


「それにしても、死んでいた娘が現れてあれだけ驚くなんて……」


 受け入れてあげてもいいのに、と正清は思った。二人の様子は、生き返ったことが信じられないというだけではない。どこか恐怖と否定の感情が含まれているように思えた。


「蓮華ちゃんが死んでから一年経ってるんだろ?

 彼女はもう死んでいるものと思って、それを受け入れて生活をしていたんだろう。

 いきなり目の前に現れたら、気持ちの整理がつかないのも当たり前じゃないか……と思う」

「そうだね。悟志の言っていることは、きっと正しいよ。でも、僕は……」


 それでも、親子なのだ。なら、生き返ったことを喜んでほしいと思った。


「きっと蓮華ちゃんは親とコンタクトを取ってこなかったんだろう。

 だから受け入れられなかったんだ。

 時間さえかければ、ちゃんと元通りの関係になるさ」


 ニッと笑って、悟志は大通りに向かって走って行った。なら、自分は反対側だ。下り坂を降りて行って、千葉公園の方向に走り出した。蓮華を探すが、見つからない。


「いったいどこに……あの子の足なら、そんな遠くに行ってないと思うんだけど」


 辺りにはまるで人気がない。既視感。

 警戒し、正清は反射的にディアフォンを取った。


 冷たい風が吹き抜けて来た。まるで木枯らし、夏には相応しくない風だ。

 普通ならば心地がいいはずなのに、正清は底冷えするような恐ろしいものを感じた。


 それは、右手にあった坂から吹いて来た。正清は反射的にそちらを見上げた。


 一人の女が下りて来た。真っ白なローブで身を包んだ、白髪の少女。

 彼女の爪先が触れる度、彼女の足元が白く凍った。異様な風体、だがそれよりも。


(どこかで見たことがあるような……あれは、いったいどこだった?)


 逆光で顔はよく見えない。

 記憶を探る正清に向けて、少女は掌を突き出した。


 反射的に正清は飛びずさった。彼の背後にあったコンクリートの壁が凍結し、弾けた。

 魔力の流れが見て取れる。正清は少女に向けて叫んだ。


「何をする! キミも、魔法少女なんだろ! 人を襲う理由はないはずだ!」


 彼女は返事をしない。その代わり、ニィと唇を吊り上げた。三日月のような恐ろし気な形。

 正清は背筋に冷たいものを感じ、反射的に変身を行った。そしてそれは正しかった。


 彼女の足元が氷結していった。百メートル圏内が白の世界に取り込まれていった。

 一瞬変身が遅ければ、正清もそれに取り込まれていただろう。

 そして、砕けていただろう。辺りに散らばる木の葉のように。

 正清は凍る足場を踏みしめ、彼女に跳びかかった。


「何をしようとしているのかは知らないけど、邪魔をするならばッ!」


 足元の氷は完全に凍結しており、滑ることはなかった。

 正清が放ったジャンプパンチを、白の少女は受け止めた。彼女の腕はクリスタルめいた氷に包まれていた。正清のパンチを受けてなお、氷には傷一つ付いていなかった。少女は逆の手で正清の腹に触れる。


 そして、正清が吹っ飛んだ。五メートルほど吹き飛ばされ、正清は背中から地面に転がった。打たれた腹を見てみると、装甲が破裂していた。断面は凍結している。恐らく腹部の装甲を凍結させ、脆弱化させたのだろう。その後能力を解除、膨張によって装甲は自然に破砕する。その衝撃で正清は吹っ飛ばされたのだ。


「強い……! キミはいったい、何者なんだ!」


 白の魔法少女は腕を振った。

 すると、彼女の眼前にキラキラと輝くダイヤモンドダストめいた飛沫が現れた。

 それは正清の方に向かって、ゆっくりと迫って来る。


魔王(ロード)の邪魔はさせない。やってもらわなきゃいけないことがあるから」


 ダイヤモンドダストは正清に当たると、炸裂した。

 ロード・アリエスのそれと同じような魔力攻撃だが、その威力はアリエスのそれよりも高い。その分スピードは遅いが、対応し切れない攻撃であることに変わりはない。吹き飛ばされ、再び転がった。


 立ち上がった時には、すでに白の少女はいなかった。

 白の世界も元通りになっている。


「いったいあいつは……いや、それよりもあいつの言っていたことは」


 やってもらわなければならないことがある。

 魔王級のラステイターを生かしておく意味とはいったい何なのだろうか。

 極上の獲物であるはずなのに。


 とにもかくにも、蓮華を探さなければ。正清は立ち上がり、再び走り出した。

 だが、白の魔法少女と戦ったせいかは分からないが、蓮華は見つからなかった。

 彼女は正清の手の届かないところまで離れ、結局捕まえることは出来なかったのだ。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 追跡の手を振り切り、蓮華は息を吐いた。

 西千葉駅のロータリーのベンチに彼女は腰かけた。薄汚れた衣服を着ているが、彼女の姿を見咎めるものはいない。うっすらと展開しているマギウス・フィールドが、彼女を現実世界から隔絶したのだ。


(失敗したなぁ。お墓になんて行かなければよかった……)


 郷愁に囚われ、自分の墓など見に行ったから親と会ってしまった。

 二度と会わないと決めていたのに。

 蓮華はしゅんとして、自分の足元に視線を向けた。


『二人を助けられただけでよかったと思いなさい。それよりも先を求めるのならば……

 断言するわ。あなたはあなたの両手では抱えきれないほどの不幸に見舞われるわ』


 ザクロがそう言ったのを、蓮華は覚えている。

 それがどういう意味なのか、正直なところ蓮華には分からない。

 それでも、きっとそういうものなのだと納得することにした。

 それなのに、彼女は求めてしまった。両親の愛を。


(私は……どうしたいんだろう。元の生活に戻りたいのか、それとも……)


 戻ることは出来ない、と彼女は自分の考えを打ち消した。

 生きて帰って来た自分の姿を見て、両親は心底驚いて、恐怖していた。


 自分は恐怖をばら撒く存在なのだ。

 ならば、そんな化け物が戻って行って出来ることなど何一つとしてありはしないのだ。


「ねえ、お嬢さん。こんなところ何をしているのかなぁ? ご両親はどうしたんだい?」


 ふいに声をかけられ、蓮華は跳び上がるほど驚いた。

 自分が展開していたマギウス・フィールドが弱まっているのだろうか?

 そう思ったが、違った。


 その時、蓮華は初めてロータリーに人影がないことに気が付いた。


「なあ、聞いているんだぜ? 聞かれたら応えるのが礼儀じゃないのかなぁ、嬢ちゃん」


 骨張った、否、骨そのものの手が蓮華の顎を持ち上げた。

 驚くほど強い力に、蓮華は抵抗することさえ出来ない。

 ぽっかりと開いた眼孔が彼女の顔を見据えた。


 襤褸(ボロ)布に身を包んでいたのは、単なる骨だった。

 ヤニ色に汚れた歯、陥没した右側頭部。

 この世に有り得ない怪物が、蓮華の目の前に立っていた。


「お父さんとお母さんを見たよ、お嬢ちゃん。二人のところに連れて行ってあげようか」

「ッ……! ダメです、二人には手を出さないで下さい!」


 この怪物が二人の前に現れれば、いったい何をするか?

 火を見るよりも明らかだ。


「俺はなぁ、いいことがしたいんだ。

 キミはお父さんとお母さんのところに戻れて、ご両親はキミを見つけられてハッピー。

 そして俺は、それをぶっ壊せてハッピー。だろ?」


 骨がカタカタと揺れた。笑っているのだろう、と蓮華は思った。


「いいことが出来ねえなら、悪い子にはやってもらわなきゃならねえことがある。

 手伝ってくれるなら、お前の家出を手伝ってやるよ。さあ、どうするんだい?」


 空っぽの眼孔が蓮華を睨んだ。

 彼女に選択肢など、一つもなかった。


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